E-149 腕木信号台を作ろう
敵を見つけたなら、その軍勢と移動方向が一番最初に知りたいところだ。
それを考えると、単なる狼煙では不足することになる。2時間後には早馬で伝令が詳細を知らせてくれるだろうが、それではここから部隊を出すのに手間取ってしまうだろう。
狼煙の上げ方にいくつかのパターンを作れば良いのかもしれないが、そうなるとそのパターンの数はどれぐらいになるんだろう?
それに、俺達に敵対する勢力が必ずしも魔族とは限らない。ブルガンディ王国とは現在も敵対関係にあるし、エクドラル王国は有効条約を交わしてはいるが、あまり安心してもいられないだろう。
敵が人間かそれとも魔族か……、その勢力は1個大隊を超えるのか否か。さらに移動しているのか、止まっているのか。その移動方向は東か南か……。
8種類は必要ってことだな。それ以外の報告もあるだろうから、10種類を考えないといけない。やはり単純な狼煙では不足だろう。
指揮所で一人悩んでいると、ナナちゃんがお茶を入れてくれた。
ありがとうと言って頭を撫でると、いつものよう頭を振ってイヤイヤをするんだよなあ……。その時、ふとナナちゃんの腕の動きに気が付いた。
腕も一緒に振っていたんだ。その動きを見ていると、良い考えが浮かんできた。
「ナナちゃんのおかげで良い考えが浮かんだよ。ありがとう!」
「ジッと指揮所に座っているからエルドさんが心配してたにゃ。雪が深くなってきたけど、たまには釣りをしてみると良いにゃ」
釣りねぇ……。思わずナナちゃんに笑みを返した。
食べたいのかな?
小さい方の池に秋口にだいぶ魚を入れたからなぁ。少し小ぶりだからもう少し育てようとしていた魚達だ。
たまに釣竿を出す連中がいるんだけど、あの池ならナナちゃん達も許しているらしい。
「そうだね。ちょっと出かけて来るか。数匹釣れたら帰ってくるよ」
笑みを浮かべたナナちゃんに手を振って、指揮所を出る。
さて、魚でも釣りながら先ほどの案の具体化を考えてみよう。
ちょっと寒かったけど、4匹釣れたからナナちゃんも喜んでくれるだろう。
指揮所に戻ると、獲物をナナちゃんに預けて直ぐにメモ帳に形を描き始めた。
高さ6ユーデほどの三角に組んだ柱の上に3ユーデの横木を取り付ける。その横木の左右の先端に上下に動く腕木を取り着けれればいい。
腕木の先端は黄色の塗料を塗っておけば視認性も良いだろう。夜間は横木と腕木の先端部分にランタンを付ける。
これで腕木の動きでいくつかのパターンを作ることができる。
予め伝えたい情報を腕木の動きでどう示すかを決めておけば、立派な情報伝達手段になるはずだ。
前に考えた伝達する情報を腕期の動きのパターンに合わせてみると、腕木の動きの方が多いぐらいだ。これなら問題ない。
後は、腕木をどうやって下から動かす方法なんだが、腕木の先端に紐をつけて柱の先端に滑車を付ければ下から動かせそうだ。ランタンは竿を使って腕木の先端のフックに掛ければ良いだろう。
さて、これを尾根の見張り所に作って、西の楼門から見ることができるだろうか?
情報伝達をする前に狼煙を上げれば、異変があったことを知ることができる。西の楼門で狼煙を確認したところで、この腕木を使った情報伝達を行えば良いと思うんだが……。
「なるほど……。確かに狼煙では異変だけの知らせになりますね。それで、その次にこれを使って詳細な情報を伝達するということですか」
「それによって、脅威の程度を知ることができます。即応部隊は1個中隊ですからね。その人員で対応が出来れば良いのですが、この前の様に2個大隊規模での襲撃も考えないといけません」
「即応部隊を動かした後に速やかに次の増援を送るのだな? その増援がどれぐらい必要かも分かるということか……」
「伝令の知らせは2時間以上後になるからのう。その後で増援部隊を集めるとなればさらに遅れてしまうじゃろう」
必要性は皆も利かしてくれたのだが、果たしてその情報伝達が上手く行くかどうか
試すことになってしまった。
まあ、いざという時に使えないんでは話のほかだからなあ。
俺の描いた略図を元に、エルドさんとガラハウさんが頭を突き合わせて相談を始めたようだ。
後は任せてもだいじょうぶかな?
「それで、例の友好条約に関わるエクドラル王国軍との共闘になるのですが、俺達の作った見張り台から、エクドラル王国軍の砦へ同じような情報伝達ができるかどうかを確認したいと思っています」
「さすがに一緒に戦うのはまだ早そうだが、脅威の有無をいち早く教える分なら問題はあるまい。少しは我等の存在をありがたく思ってくれるやもしれんな」
「少しは協力してあげたいところですね。尾根の南西に作られた砦が抜かれなければ、サドリナス領の東はかなり安全になります。住民の開拓も軌道に乗せられるでしょう」
俺の話に皆が頷いているのは、それによってサドリナス領内の獣人族達が安心して開拓を始められると考えたのだろう。
「砦方向に向かって、もう1つこの信号台を作りましょう。出来たところで砦で確認できるかどうかを確かめねばなりませんよ」
「ティーナさんに頼んでみようと思ってます。俺達が出掛けるのは考えてしまいます」
エルドさんが頷いているから、これで尾根の見張り台に2つの腕木の信号台が出来そうだな。
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冬の最中に2度ほど窯を焚いた。
最初に釉薬と粘土の配合比率の試験を行い、2度目でエディンさんに渡すための陶器を焼く。
陶器と言っても、案外磁器に近いのかもしれないな。
指で弾くと、ガラスのような音がする、光をぼんやりと通すくらいだからね。
窯の温度が高すぎるのかもしれない。まあ、結果としては問題はないんだけど……。
「骨の粉を入れたのはかなり白くなりますね」
「その分、粘土が少なくなったから割れた物も多いんだよなぁ。まあ、高級品ということにしようか。こっちは全く割れなかったからね」
高級品の方は3割ほど割れてしまった。まあ、これは我慢するしかなさそうだな。
青と緑に黄色の釉薬は見つけたんだが、赤は見つけられなかった。鉄分を含んだ石ということなんだろうから、その内に見つかるだろう。
ナナちゃんに画才があるとは思わなかったんだよなぁ。皿に小さく黄色の野草が描かれていたのには驚いてしまった。真ん中にエクドラル王家の紋章が浮かんでいるから、この茶器のセットは王子殿下も喜んでくれるんじゃないかな。
「この木箱に割れないように入れるんですね?」
「たくさん木屑を貰ってきたから、食器を布に包んだ上に木屑を間に入れれば荷馬車で運んでもだいじょうぶだろう。もっともエディンさんの事だから魔法の袋に入れて運ぶんじゃないかな」
「こっちが一般品ですか……。かなり扱いに違いがありますけど」
「たくさん作れたからなあ。それでも間に木屑を挟んでくれよ。重ねて運ぶと直ぐに割れてしまいそうだ」
少年達と窯から取り出した陶器の選別と荷づくりをする。
これもかなりの手間になりそうだ。
少年達には別途給与を上乗せしないといけないだろう。
俺達の準備が終わる頃、ガラハウさんが細長い布包みを持って指揮所に現れた。
例の剣ってことかな?
「何とか出来たわい。刀身だけじゃから後は王都のドワーフの仕事じゃな。代金はエディン殿に託して貰えば良いが、最初にワインを5樽程頼んでおいてくれぬか」
「了解です。ワイン5樽を代金から引いて貰いますよ。それではお預かりします」
さすがに、未払いということにはならないだろう。
だが、どれほどの剣になるのか、気になるところだ。
「それと、これはレオンにやろう。レオンはあまり剣を使わんが、ワシの作を持たぬというのも問題じゃ」
もう1本の布包みを渡してくれたから、ちょっと嬉しくなってしまうな。
笑みを浮かべて包みを解くと、この世界ではお目に掛かれない長剣が出てきた。
「まったく、反っている長剣など初めて作ったわい。それに片刃というのも面白いな。幅は狭いが、背の厚さは通常の長剣よりも厚いぞ。それに鞘は言われた通りに木製じゃ。じゃが、さすがに強度が足りんから銅の帯で要所を補強してある。それで殴りつけることも出来るじゃろう」
ガラハウさんとワインを飲んでいる時に、どんな長剣が欲しいと聞かれて答えたんだが、しっかりと形になったのを見ると、かなりの違和感がある。
だけど記憶の中の『刀』と呼ばれる武器は正しくこれになる。
握りは両手持ちよりやや短い感じだな。鞘から抜いてみると、1ユーデ半ほどの刃渡りだ。切っ先は少し鈍角だが、反った刀身にさざ波のような波紋が見える。
「ありがとうございます。大事に使いますよ」
「刃先を研ぐのに、回転と石を使うなと言うから苦労したぞ。だが、それによって波紋が際立つようじゃな。そっちの長剣も同じように研いでみた。ワシが作る長剣は回転砥石を使うことは無いじゃろう」
「それで、どの程度作れますか?」
「年間に3本というところじゃろう。小隊長の連中に順次装備させればいい。とはいえ、毎年1本は他国からの受注に応じるぞ」
思わずガラハウさんと顔を見合わせて笑みを浮かべる。
これも立派な産業になるだろうな。砂金が採れなくなっても、それなりの収入が得られそうだ。
エルドさん達が雪解けが始まったので、早速信号台を見張り台の傍に立ててくれた。
早速試験をしてみたのだが、西の楼門の上からなら、望遠鏡を使えばかなり良く見えるらしい。
「あれなら、問題なく使えるでしょう。夜それに雨の日に再度試してみれば良いと思います。尾根の南西にある砦方向への信号台は現在作っていますから、出來次第ティーナ殿に確認をお願いして欲しいですね」
「直ぐに砦に向かいそうだね。教えるのは出来てからで良さそうだ。それと、長屋の方は?」
「25棟を作りましたよ。いつでも入居可能です。エクドラ殿も避難者への支給品は常時200人分を用意していると言ってましたから、心配は無用かと」
俺の問い掛けに、ちょっと心配そうな表情をしていたレイニーさんが、エルドさんの言葉に笑みを浮かべてくれた。
住民の暮らしを何時でも心配しているんだから、やはり良い大統領ということになるんだろうな。次の冬には2代目を選ぶことになりそうだけど、やはりレイニーさんになりそうな気がするんだよねぇ……。




