E-148 やはり騒動が始まったらしい
「これが金貨……」
レイニーさんが、陶器のカップを捧げ持っているんだけど、中にお茶が入ってるんだよね。零さないと良いんだけど。
「工房を立ち上げて住民に作り方を教えようかと思ってます。というより、伝令の少年達は最初から手伝ってくれてますから、彼らに任せるのも手でしょう。数を増やすなら20人ほどの工房になるでしょうね。かなりの高値で売れそうですけど、工房の人達だけに大きな収入が生じるのも問題です。国の工房ということでマーベル共和国の財政に組み入れるしかなさそうです。工房の従業員には毎月銀貨数枚程度で十分かと」
「そうなってしまいますね。レオンの話では売値はどんどん下がるということですから、1枚の売値が銀貨1枚程度になった時に、住民に払い下げれば良いということですね」
「最も、買い手次第ですけどね。俺達から買い込んだ食器を、エディンさんや大商人達が割ってしまえば希少価値は継続します。でも、エディンさんならそんなことはしないでしょう」
それを行うとしたなら、大商人、もしくは王侯貴族達だろう。手に入れた品をいつまでも希少価値の高い物として扱いたいはずだからね。
でも、そんな粗末な事をするのだったら王子殿下に告げ口しても良さそうだ。
正義感がやたらと強い大使がここにいるんだから、そのからくりに直ぐに気が付くだろう。
「それで、今度は骨を粉にしていると聞きましたけど……」
「焼いて固まるものは全て試したいところです。このカップも、ちょっと味気ないでしょう? 横に絵があったらと思ってるんです。そうなると、緑や赤、それに黄色になる土を探さないといけません」
「絵ですか……」
再びレイニーさんがカップを眺めている。
少年達があちこちから集めてくれたから、次の窯焚きには発色の試験もできそうだ。
何度か試せば、数種類の色が見つかるんじゃないかな。
急に扉が開いて、ガラハウさんが入ってきた。
テーブル越しの席に座ると、直ぐにバッグから布包みを取り手俺の前に押し出す。
「頼まれてた品じゃ。それにしても酔狂な奴じゃ。オリガン家の家紋が正解じゃろうに」
「オリガン家なら木製の食器で十分です。これはちょっとした友好の印というやつですよ。気に入ってくれれば良いのですが」
「驚くじゃろうな。大小の2種類あるから、食器の大きさに応じて使ってみるがいい。もし、酒を送ってきたなら、半分で良いぞ」
「了解です。ですが期待はしないでくださいよ。何もない時には俺が2樽を届けます」
笑みを浮かべて頷いている。ガラハウさんは悪人にはなれないな。
俺達に手を振って、機嫌よく帰って行った。
「何を頼んだんですか?」
「これです!」
銅製の鋳型だ。しばらく眺めていたけど、何なのか分からなかったようだな。
「エクドラル王家の紋章ですよ。次の作品にこれを使って紋章を刻印します」
「贈答用? ということですか」
「王子殿下であれば、容易に手に入れられるでしょう。でも、俺達の友好の印とするなら、向こうも喜んでくれるはずです」
ポットにカップが5つとカップ用の小皿、小皿に添えるスプーンと砂糖壺。それをセットにして贈れば喜んでくれるに違いない。持っているかもしれないけど、普段使いができる陶器に自分の家紋が描かれているともなれば、どんな評価をしてくれるか楽しみだ。
「一騒動起きるかもしれませんよ?」
「たかが食器ですよ。贈答用に相手の家紋を描くぐらいは問題ないと思いますが?」
「だからこそ、起きる騒動です。たぶん追加を要求してくるんじゃないでしょうか?」
ん? 何のことだ……。
ちょっと考えてしまったが、直ぐにレイニーさんの心配の原因が分かった。
「本国の国王陛下! それに王子殿下の兄弟達ということですか。まあ、それは考えないといけませんね。でも商談としては良いかもしれません。さすがにタダでは受けませんよ」
安くとも良いけど、ただ働きは嫌だからね。エクドラル領の王子殿下であるなら、俺達と友好関係を維持するために贈答としても良いだろうけど、本国で暮らしている王族達とはあまり面識が無いからなぁ。
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初雪が降る頃に、オビールさん達が訪ねてきた。
さすがに新たな住民を伴ってはいないが、エクドラさんに食料をたっぷりと届けてくれたらしい。
その他には……。
「石炭が20袋ですか! それはまたご苦労様でした」
「また面白そうなことを始めたようだな。俺がここへの出入りを許されていると聞いたのだろう。商人達が結構挨拶にやって来る。あまり個人的には付き合いずらい連中ばかりだからなぁ。なるべく町には近寄らないようにしているぐらいだ」
「ご迷惑をおかけします」
とばっちりがオビールさんにまで及んでいるとはねぇ……。
本人は笑みを浮かべているから、騒動を楽しんでいるのかもしれないな。
「本当に大変なのはエディン殿だな。皿を3枚渡したそうだが、その内の1枚を王都の神殿に寄付したらしいぞ。おかげで大勢があの皿の存在を目にしたのが始まりだった気がする」
「案外それが目的だったかもしれませんよ。残りの2枚をめぐっての争いは王子殿下への贈り物で決着しそうですけどね」
俺の言葉に頷いている。たぶんエディンさんから、それに近い話を聞いているのだろう。
「それで、その後はどうなんだ? 俺がここに来た目的はその答えが欲しいとのエディンさんからの依頼を受けたためなんだ」
「春分には、かなりの数を揃えられそうです。とはいえ、まだまだ試行錯誤の最中ですから、作品の中のエディンさんが売り物に出来る品を選んで欲しいところです」
冬の間に2回ほど窯を焚けそうだからね。
200を超える陶器が出来そうだが、半分以上は釉薬や粘土の混合比率を変えた品だ。
最初の窯で、エディンさんに渡した品と同じ混合比率の物なら50個は出来るだろう。それに骨粉を混ぜた品の出来も気になるところだ。上手く白が強調できたなら、2回目は骨粉を混ぜた作品を増やすことだってできる。
「選び放題ってことか。全体の数は? ……それほどできるのか!」
200を超えるかもしれないと言ったら驚いていた。
「新たな産業ですからね。それに売値はそれほど高くはありませんよ。何といっても原料が原料ですから」
「俺のところにやってきた商人は、金貨を積むとまで言ってたんだがなあ。そうなると場合によっては裕福な商人なら少し待てば手に入るということになりそうだな」
「そうです。希少価値ということで最初はかなりの高値になりそうですから、投機目的での購入は控えた方が良いですよ」
俺の言葉の意味が分かったのだろう、苦笑いを浮かべて頷いてくれた。
「まあ、俺達は落としても壊れない真鍮の食器が一番だ。だが、案外欲深い連中もいるだろうな。家業を傾かせないとも限らんぞ」
「それは個人の問題でしょうから、俺達がどうすることも出来ませんよ。将来的にはさらに販売量が増えると最初に言っておけば恨まれることは無いでしょう」
とは言っても、恨むんだろうな。
だけど、それはお門違いも良いところだ。エディンさんが闇討ちされるようなことは無いと思うんだけどねぇ。
「とりあえず聞きたいことはそれだけだ。エクドラル王国の治世はサドリナス時代とは雲泥の差だな。獣人族も少しずつ町に溶け込んでいるようだ。もっとも、大きな町ではまだまだ差別あるらしい。表立っての差別は町の警邏達が動いてくれるが、日常的な小さな差別はそうもいかないからなあ」
「それで上手く行かない時には、『この国に来る』という選択肢がありますからね」
「そういう事だ。とはいえ、来春にはオリガン領からの避難民を連れて来るぞ。オリガン領に田町から避難してくる獣人族がいるようだからな」
「了解です。長屋を作って待っていますよ」
20家族程度になるらしいから、エルドさん達がこの冬の間に作ってくれるだろう。
同じ獣人族、同族意識はかなり高いからなあ。
最後に、タバコの包みとワインを3本置いて行ってくれた。
オビールさんも、伝令のように使われている感じだけど、ちゃんと報酬は貰ってるんだろうか?
帰りにシカを狩っていくなんて言っていたんだよな。
報酬の余禄なら良いんだけど、エディンさんとその辺りの事を来た時に聞いてみよう。
危険と報酬が見合っていなければ、その分上乗せしないといけないだろう。
その夜に皆が集まると、オビールさんから貰ったワインの封を切って皆に振舞う。
これが目当て、なんて連中もいるからいつもより人数が多い。
「そうですか。20家族なら早めに材料を運ばねばなりませんね。来春ということですから、春分に間に合わせますよ」
エルドさんが長屋作りを担当してくれた。
見張りは私が……、なんてヴァイスさんが言ってるけど、見張りをしながら狩りをするのが見え見えだ。それでも狩りの獲物を期待しているのだろう。エクドラさんが笑みを浮かべてヴァイスさんに頷いている。
「そうじゃ! 例の石火矢じゃが100個を作ったぞ。とりあえずここと尾根に半分ずつで良かろう。それに、最初に作った石火矢も50個ほど作ってみた。まあ、混ぜて撃つなら賑やかじゃろうな」
「あの棒を付けた奴ですか?」
「あれでも500ユーデを越えるからのう。柵に立て掛けて一度に放てばそれなりに使えるじゃろう」
確かに使える! 出来ればもっと作って欲しいと頼んでおいた。
何といっても簡単に発射できるからね。それでいて炸裂火薬の量は手持ちの爆弾ほどの量があるそうだ。
それにしても、雪に閉ざされてもやることが多いな。
指揮所の壁の黒板に、冬の間に行う作業と担当を書きだした。
これで、進捗管理が出来るだろう。各作業が来年の春分に終われば良いんだからね。
「ところで尾根の南の見張り台ですが、2個分隊の派遣で良いでしょうか?」
「当座はそれで十分だと思う。一応、石造りだし入り口が2階だからなぁ。尾根に上がってきても監視台に入るのは難しいだろう」
「もし、魔族を見付けたら?」
俺の言葉に頷いていたレイニーさんが、俺に向かって問いかけてくる。
「尾根の指揮所に連絡して、尾根の指揮所は麓の村に常駐している伝令に伝える。伝令はボニールでここに向かうから2時間も掛からずに、異変を知ることができますよ」
「直ぐに即応部隊を送れば良いということですね?」
そんな感じだな。とりあえず1個中隊を急行させれば問題は無いだろう。
待てよ……。必ずしも、俺達を攻めるとも限らないんだよなぁ。
そのまま南進する場合もあるだろう。そうなれば尾根の南に作った砦が強襲されてしまう。
砦への連絡手段も考えねばなるまい。
これが俺の、この冬の宿題になりそうだ。




