E-147 窯業を始めよう (3) エディンさんが驚いた
さすがに三日三晩窯を焚くと、銅の棒ですら曲がってしまった。青銅はロウソクのように融けてしまったからなあ。ガラハウさんが同じものを作ろうとしているのも理解できる。
「中はまだまだ熱いですよ。もう一晩このままにしましょう」
「そうだね。後は取り出すだけだから一晩と言わずに2日ほどこのままにしておこう」
覗き穴から見た限りでは割れてはいないようだけど、熱いまま陶器を取り出したなら急激な温度変化で割れてしまうかもしれない。
待てば良いだけだから、のんびりと待つことにしよう。
2日経っても、まだまだ窯の温度は下がらない。
少年達がフイゴでたまに風を送って、温度を差が得ることにしたみたいだから、もう2日ほど待ってみるか。
さすがに5日目になるとかなり温度が下がった感じだ。窯の横の入り口を開いて、手を差し込んでみるとそれほど熱気を感じないから、いよいよ取り出してみることにする。
臼の下に敷いていた毛布を広げて、窯の中から取り出した食器を並べていく。食器の下を見れば混合比率と釉薬の種類が分かるから、9つに分類して並べてみた。
最後に土鍋を取り出したんだが、これも中々じゃないかな?
灰の釉薬を塗っておいたんだが、つるつるに仕上がっているから、これなら汁が浸み込むことは無いだろう。
「いくつか割れているのがありますね。全部で100個近い数だったんですが、10個程割れてました」
「それぐらいなら上出来だよ。半数が割れていても俺には成功だと思えるからね。それで、これが分類ってことだね……」
やはり思い付きでやってみた池の泥は良くなかったな。一応形にはなったけど、黒ずんでいるし、艶も良くない。
上手く仕上がったのは白い石を細かく砕いた泥を塗ったものだった。灰の釉薬も良いんだが、少し灰色がかっているな。白い石の釉薬を使ったものも、もっと白さが欲しいところだ。
粘土の混合比率を見てみると、割れた食器の方は粘土が少なかったものばかリだ。だが、白さでは勝っている。
「釉薬は白い粉。粘土の混合は粘土が3に対して白い粉が7だな。次はもう1つやってみよう。エクドラさんのところから骨を貰ってきてよく焼いてくれないかな。骨を砕いて粉にすればまた違った色合いになりそうだ。それと、簡単に崩れる石を探してくれないか? どんな色になるか試してみたい」
「おもしろそうですね。それで、これはどうします?」
「一番よく出来たこの集まりを貰って良いかな? エディンさん達がやって来た時に、商品になるか聞いてみたいんだ。残りは皆で分けて良いよ」
「良いんですか! なら、他の仲間にも分けてあげます!」
良い出来ではないけど、記念品にはなるだろう。
ついでに土鍋をエクドラさんに渡して貰おう。
窯の周りを片付けて、簡単に掃除もしておく。次は何時窯を焚けるかな……。
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「本当に、これが粘土から出来た品なんですか?」
エルドさんが皿を手にして、確認するように問いかけてくる。
夕食後に集まったいつもの連中に皿を披露したんだが、皆一様に驚いていたな。
ランタンの明かりにかざして、ほんのりと光が滲む様子を見て溜息を吐いている。
「皆さんが協力してくれましたから、何とか形に出来ました。でも完成にはまだ時間が掛かりそうです」
「これで完成しておらんだと? 何が不足なんじゃ!」
「もっと白くなるんじゃないかと思ってたんですけど……、まだまだ灰色ですよね。それに、ただ白いのでは面白くないかと思ってます」
「なるほど、意匠じゃな。スタンプを作ってやるぞ。この皿の真ん中に押せば少しは見栄えも良くなるはずじゃ」
「皿に模様を刻んでも良いかもしれません。スタンプはマーベル共和国製であることを示せそうですから、後は芸術性ということでしょうかねぇ」
色々と意見を出してくれている。たぶん次に始める時には、手伝うと言いながら邪魔をしてくれるに違いない。
「とはいえ8割方は完成ですから、これが産業になるかをエディンさんに確認して貰おうと思っています。砂金の採取はやはり先細りになりつつありますから、これで少しは代替できればと考えているんですが」
「砂金を越えることは出来んじゃろうが、数が売れればそれなりに役立つじゃろう。たまにレオンを見ていたんじゃが、結構手間が掛かっておる。大規模にそれを作るとなれば住民の雇用にも繋がるということじゃな」
ガラハウさんの言葉に、笑みを浮かべて頷いた。まさしくその通り。それが窯業の狙いでもある。
「まったく、兵器ばかり考えておると思っておったが、レオン程この国を考える者はおらんぞ。例の長剣は冬前には出来るじゃろう。鞘は革製じゃ。長剣に見合った鞘作りは旧サドリナス王都の工房がしてくれるはずじゃ」
「済みませんでした。断ることができませんでしたので……」
「まあ、よい。金貨5枚を出してくれるなら、ワシも国に寄与できるからのう。税として半額を渡すぞ」
残った金貨で、ワインを樽で買い込むのかな?
それとも材料を沢山買い込むのだろうか?
「出来れば石炭を沢山買い込んでください。俺のところにも必要なんです」
「分かっとる。レオン用に20袋を用意してやるわい」
互いに笑みを浮かべて、頷いた。
これで俺の方で石炭を買い込む手間が省ける。
皆が帰ったところで、レイニーさんとお茶を飲む。
少し大ぶりのカップは、少し灰色がかっているけどお茶を淹れても持ち手が熱くならないからなぁ。木製のカップのように使うことができる。
「中々良いですね。これなら熱いお茶を淹れても直ぐに飲めそうです」
「欠点が1つ。落とすと簡単に割れてしまうんです。ちょっと優雅さが無いのが難点ですが、ガラハウさんやエルドさんが監修してくれると言ってましたから、次はもう少しマシなものができると思いますよ」
「住民の仕事として定着できれば良いのですが……」
「それは、エディンさんの評価ということになります。売れない時には窯をガラハウさんが引き取ってくれますから、無駄にはなりませんよ」
融けた青銅が大量にできるなら、鐘を作って貰おうかな?
オリガン家の近くにあった教会に合った鐘は、朝夕に鐘を鳴らしていたからね。
礼拝所にも鐘があれば、皆が喜んでくれるんじゃないかな。
それに万が一の時には、早鐘を突いて皆に知らせることも出来るだろう。
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秋分にやってきたエディンさんは、前回の事があったからか機嫌が良かった。
元は中規模の商人だったようだけど、今では王都の商人達にも一目置かれる存在にまでなったらしい。
「レオン殿のおかげでオルバス閣下と知り合うことができました。『いつでも尋ねるが良い』とまで言われる始末。他の商人達から羨ましがられております」
「エディンさんの人徳があってのものでしょう。俺達も大変なお世話になっていますからね。その後の王都の様子はどうなんでしょう?」
交易品の残金を受け取り、隣のオビールさんからワインとタバコを受け取る。
雑談が一通り終わったところで、エディンさんが席を立とうとしたところを呼び止めた。
「実は、エディンさんの評価を頂きたい品があるんです」
「何でしょう? さすがに爆弾は私が商うことは出来ませんよ」
「これなんです」
バッグから布包みを取り出して、エディンさんの前に押しやった。
嬉しそうな笑みを浮かべて包みを解いたのだが……。皿を見て、固まってしまった。
やがて、不思議な顔を俺に向ける。
「これは、どこで手に入れました? 遥か遠く南東の王国でこれと似た品が作られております。金貨を積んで手に入れた者が、応接室に飾っているのを見せて貰ったことがあります。まさしくこの光沢でした……」
陶器はこの世界にもあるんだな。
遠くの王国ということだから、あまりこの近辺には伝わっていないらしい。
でも、さすがは商人だ。見たことがあるとは思わなかった。
「砂金の先行きが怪しいので、何とか産業を興そうと考えて作ってみました。最初の作品ですから少しずつ良くなっていくでしょう。これを売ることができるでしょうか?」
「売ってくださるのですか! ですが……、さすがに金貨をたくさん用意しておりません」
「これは試作品ですから、お譲りします。ところで、再度確認しますが、これは売れますか?」
「この場に国王陛下がおられれば直ぐに金貨を積まれるでしょう。買えると知ったなら商人がこぞって押し寄せて来ますよ。そうですね……、これ1枚で金貨数枚は確実です」
エディンさんの話を聞いて、俺達は目を丸くするだけだった。
ひとしきり、笑みを浮かべて皿の出来栄えを褒めていたエディンさんが、ふと真顔のなったかと思うと俺に身を乗り出してきた。
「ところで、これをどれぐらい作られたのですか?」
「まだ試作をしたばかりですから、同じものは少ないですよ。……ナナちゃん、お茶のカップを持って来てくれないかな」
ナナちゃんが持ってきたカップを見て、再びエディンさんが目を見開いた。
大量に作って安くしようと思ってるんだけど、エディンさんは値崩れを気にしているのかな?
「量産が始まれば、どれほどの品が揃うのでしょう?」
「そうですねぇ……。結構手間ですので、製品として出すのは4、5回というところでしょう。数は200を超えるのは難しいかもしれません」
「大量に手に入るとなれば、値を下げられますね。壁の飾りではなく、これに料理を乗せることができるでしょう。とはいえ、最初はかなりの値が付くはずです。当座はどんなに値が下がっても金貨1枚を越えますよ」
「そんなに高いんですか? 落とせば簡単に割れる品ですよ」
「この周辺の王国では手に入れること自体が難しいのです。買い手は安い買い物だと思うでしょうし、奪い合いが起こるでしょう。私が扱ってよいかどうか……」
「そんなに希少な品だということか?」
「はい。分相応という言葉がありますが、明らかにこれを私の店で扱うのは分を越えているんです」
結構面倒なんだな。なら簡単な方法があるぞ。
「俺達からエディンさんが仕入れて、それを大商人に下ろすということで解決すると思うんですが……。大商人同士が対立するようでも困りますから、そんな商人達に順に卸せばエディンさんも大商人との繋がりを持てそうですけど」
「それしかありませんね……。私に利がありそうに思えますが、レオン殿はそれでよろしいので?」
「十分です。住民の仕事を作り、それで暮らしが立てられるなら問題はありません。それにかなりの税を見込めそうです」
互いに笑みを浮かべて、頷いた。
悪徳商人とお代官様という構図だな。まさか自分がそれに当てはまるとは思わないけどね。
「となると、これを私に売って頂けるのは、何時頃からになるのでしょう?」
「まだまだ試作を繰り返すつもりです。作る途中で割れてしまうのを何とかしたいですし、もう少し色を白くしたいんですよねぇ……」
「試作品でも構いません。来春にはいくつか売って頂きたいのですが」
「用意しておきますから、気に入ったものを持って行ってください」
試供品ということになるのかな?
大商人と交渉するうえでも、ある程度の品は必要なんだろう。
とはいえ、これで産業が1つできそうだ。工房を立ち上げても良さそうだな。




