E-146 窯業を始めよう (2)
少年達に取ってきて貰った粘土を適当に砕いて天日干しにする。
白い石の粉と混ぜるためにこれも砕かないといけないんだよなぁ。面倒だが仕方がない。その間に直径半ユーデ満たない土鍋を粘土で作り始めた。上手くできたら少年達に上げると言ったので、伝令の少年達が退屈凌ぎにたくさん作ってくれた。
俺より手先が器用なんだよなぁ。自分の作った土鍋と見比べて溜息を吐く。
「出来ましたよ。どこに置きましょうか?」
エルドさんが荷車を曳いてやってきた。とりあえず伝令の少年達の待機所の脇に置いて貰う。上に屋根が張り出しているから雨に濡れることは無いし、後ろには3段ほどの棚を作って貰っているからね。
ここでゆっくりロクロを回してみよう。
「木工細工用なら、横置きに方が良いと言ってましたが、これで何を?」
「ここに粘土を乗せるんだ。こうやって回して、形を整えると……。ほら、カップが出来る……」
外そうとして手に持ったら、グニャリとカップが歪んでしまった。出来た品の外し方も考えないといけないようだ。
「下の台にくっ付いてますからねぇ。針金で台から切り離してはどうです?」
「それだ!」
次に作ったカップは、台の表面を滑らせるようにぴんと張った針金を使って切り取ると、簡単に台から外すことができた。
「ありがとうございます。上手く取れました」
「レオンさんにも、考えが回らないことがあるんですねぇ……」
笑みを浮かべて、エルドさんが頷いている。
目を輝かせている少年達にも練習をして貰おう。準備が整ったら大量の食器を作らないといけない。俺1人では時間が掛かりそうだ。
夏の日差しを浴びて粘土がカラカラに乾いたところで、粘土を細かく臼で砕く。
白い石とどれぐらいの混合率にするかが問題だけど、まったくの素人だからなあ。
粘土の比率を4割、5割、それと6割にして試験してみるか。
記憶の中に、釉薬という言葉が浮かんでくる。どうやら窯で焼く前に釉薬を表面に塗って焼くらしい。
一番簡単な釉薬は灰らしいが、あの白い石を塗っても良さそうだ。どろどろの液体のようだから、養魚場の池の底に沈んだ泥も使ってみようかな?
最初だからねぇ。色々と試してみよう。
夏もそろそろ終わろうとする頃。少年達がいろんな食器を作り始めた。
皿だけでも50枚を越えそうだ。材料の比率を3種類にしてあるから、皿の裏に付けた丸い輪に入れた切れ目の数で比率が分かるようにしている。
釉薬の種類は切れ目の形だ。三角と丸、それに四角だから、9種類の皿ができることになる。各々5枚もあれば比較できるだろう。
カップは余った粘土で作ったし、釉薬も適当だ。どんな品になるのかこれも楽しみなんだよね。
「スプーンも作ったんですけど……。フォークはさすがに」
「無理はしないで良いよ。カップができたんだから、小さな蓋つきの壺も作ってくれないかな」
お茶に砂糖を入れる習慣が貴族にはあると、ティーナさんが言ってたからなぁ。オリガン家ではそんな習慣は無いんだが、決して裕福な貴族では無いからだろう。砂糖はこの世界では贅沢品だからね。
「そっちは、花瓶かい? もう少し大きくしても良いかもしれないよ」
1輪挿しでは、テーブルが寂しいだろう。ナナちゃんがワインのボトルを半分に切って貰って花瓶にしているんだけど、あれぐらいがちょうど良さそうだ。
出来た代物を棚に置いて乾燥させる。少し余分に作ったのは、次の素焼きの工程で割れてしまうことを考慮してのことだ。
「このまま5日ほど、乾燥させる。その後は少し面倒だけど窯に入れてしまえば後は焼くだけだからね」
少年達が待ち遠しそうな表情で頷いてくれた。
5日目に、3種類の釉薬を樽に準備して釉薬に漬け込むようにして皿やカップの全体に釉薬を塗る。
塗り終えた品を再び棚に戻して3日ほど乾燥させることにした。
乾燥を待つばかりだから、その間に窯の準備を始める。
いきなり高温で焼いたら、全部割れてしまいそうだ。
先ずは素焼き程度の温度でしばらく焼いて水分を蒸発させないといけないだろう。
焚き木を用意して、これでゆっくり1日掛けて素焼きをしてから温度を上げることにした。
ガンガン焚火を焚く必要は無い。反射した熱でゆっくりと水分の蒸発を待てば良い。
「これは、窯の横から入れれば良いんですか?」
「そうしてくれ。横長の列にすれば全部入るんじゃないかな?」
「最初にレンガを横に並べます。その上に皿を並べていきますよ」
熱風の通り道ってことかな?
そんなことをしないでも、窯の中全体が熱くなるんだけどなぁ。でも、ここは少年達の意見を尊重しよう。
1日掛かりで作った皿やカップを炉の中に納めたところで横の入り口をレンガで閉ざし粘土でしっかりと塞いだ。
小さな穴が開いているのは、中の状態を確認するためのものだ。穴から覗いた先に、鉄と銅、それに青銅で作った小指ほどの棒が立っている。その赤熱を見て温度を知ろうというのがガラハウさんの考えだ。
普段はレンガの蓋で塞いでおくから、炉の性能には問題は無いだろう。
「明日から、始めるんですよね?」
「先ずは炉の温度を上げるだけだよ。焚火のような感じでこの焚口で火を焚く。何日も焚き続けるから手伝って欲しいな」
「もちろんです!」
後は焚くだけだ。
夕食後にいつもの連中が集まってきたところで、新たな産業の始まりを皆に告げることにした。
「例の土器ですね? エディンさんに鑑定してもらえば良いでしょう。エディンさんが引き取らなくとも、俺達で使えるなら問題はありません」
「上手く出来ん時には、ワシが窯を貰うぞ。あれなら青銅の鋳造ができるかもしれんからな」
かなり懐疑的なんだよなぁ。もう少し励ましてくれても良いように思うんだけどねぇ。
翌日。昼食を終えると、手伝ってもらった伝令の少年達を引き連れて窯に向かったのだが、到着すると大勢が集まっている。
あれだけ疑っていたんだから、誰も来ないと思っていたんだけどね。
やはり、ちょっとした変化は皆の興味を引くらしい。
「ようやく来たにゃ。早く始めるにゃ」
「ヴァイスさんまで見に来たんですか? 今日は此処で薪を燃やすだけですよ」
「あれだけ石炭を買い込んだんじゃろうが! 景気よく燃やさんかい」
俺の言葉を聞いて、ガラハウさんが怒りだした。
そうは言ってもねぇ……。
「一気に温度を上げると、せっかく作った食器が割れてしまいます。だいぶ前に皿を焚火で焼いた時だって、結構割れましたからね。ゆっくり温度を上げれば割れる物も少なくなるんじゃないかと……」
「そういう事か。確かに温度は大切じゃからなぁ。これだけ大きい窯じゃから、暖炉の火ぐらいで様子を見て、明日は焚火ほどに大きくするんじゃな。石炭を使うのは3日目ぐらいになりそうじゃな」
それぐらいなら、確かにゆっくりと温度を上げられそうだな。
焚口に粗朶を積んで、火を点けた。メラメラと燃え出したところに少し太めの枝を投げ込んでおく。俺の背の2倍ほどの高さの煙突から、煙が昇り始めたからこのぐらいの炎にしておこう。
「なんかつまらないにゃ。煙突から炎が噴き出すんじゃないかと思ってたにゃ」
「そんな温度にしたら、全て割れてしまいますよ。シチューと同じです。ゆっくり焚き上げますよ」
炭焼よりも煙が少ないからなぁ。皆は何を期待してたんだろう?
ベンチを用意して、ついでに簡単な日よけも作った。
ナナちゃんがポットを持って来てくれたから焚口近くに置いておく。後は何かつまみたいところだが、雑貨屋で御菓子でも買ってこようかな。
夕食を終えると、今度は焚き木の量を多くして少し温度を上げてみる。
マリアンが作ってくれたクッキーと雑貨屋で買い込んできた焼き菓子を少年達に渡して、今夜一晩中焚いて貰うことにした。
朝方。覗き窓を開けて中の様子を見たけれど、薄暗くてよく見えないな。
窯の温度がまだまだ低いからだろう。今夜が楽しみだ。
窯を焚いて2日目の夜。いよいよ本格的に温度を上げる。
石炭を焚口に放り込むと、フイゴで風を送る。
フイゴの動力が人力なのが問題だけど、足踏み式だからちょっとした運動になるかもしれない。
俺と少年3人が交代でフイゴを踏んで夜を明かす。
「眠気覚ましには丁度良いですね。これで温度が上がるんですか?」
「見てみるか……。ちょっと待ってくれよ」
フイゴを踏む少年を残して、俺達は窯の横に向かうと覗き穴のレンガを外して中を見る。
顔を近づけると熱気で顔がいたくなる。かなりの高温だな。
中は全体が赤く光って見える。青銅に銅と鉄の棒を窯の中に立ててあるんだが、青銅がぐにゃりと曲がってしまっている。銅も少し怪しいな。さすがに鉄はなんともなさそうだ。
「青銅がかなり曲がってますね。銅もこのまま行けば曲がってしまいそうです」
「それだけ温度が高いってことだ。このまま石炭を焚き続けるぞ!」
ここで1つ気になることが出てきた。窯をいつまで焚けば良いんだろう?
少年達に窯を任せてガラハウさんに相談に向かう。
「見せてみろ!」ということで、窯に連れてきたのだが、覗き穴から中を覗いて驚いていた。
「失敗しても、問題ないぞ。ワシがこれを使って銅の食器を色々と作ってやる。それにしてもあれだけ銅が熱せられるのじゃったら、フイゴを改良すれば銅の鋳造が大量にできそうじゃ」
肝心の熱する時間を聞いてみたら、ガラハウさんにも判断できないらしい。
「そもそも考え付いたのは、レオン何じゃから、レオンが分からないことがワシに分かるとも思えん。だが、そうじゃなぁ……。物事を為す時に三日三晩という話があるからのう。この温度で3日間焚き続ければ良かろう。上手く行かん時はさらに増やせば良いんじゃからな」
これも試行錯誤ってことか。
まあ、はじめてには失敗は付き物だからね。
頑張って、今夜も石炭を焚き続けるか。




