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オリガン家の落ちこぼれ  作者: paiちゃん
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E-143 交渉の落としどころ


「あの武器の飛距離を聞いた時には、誰もが耳を疑った。中には虚偽報告で敗戦の責任逃れを図るのではと、考える輩もいるほどだった。だが、士官のいずれもが同じ報告をするとなれば虚偽とも言い切れん。殿下自らがこの国を訪れたのはその真偽を確認するためでもあったのだ」

「城攻めにも使えるとは思いますが、大仕掛けですよ。あまりお勧めはしませんが、防衛用であるなら結構使えると思っています。情報提供の見返り次第ですね」


 俺の言葉に、〇〇さんが少し意外な表情に変わった。普段からトラ族と付き合いが無ければ表情の変化に気が付かなかったかもしれないな。


「性能に偽りないなら、それ相応の見返りは約束するが……、レオン殿達の秘密では無かったのか?」

「工夫は色々としてありますが、しょせんは皆さんが良く知る技術の組み合わせです。一度目にすれば模擬することは容易でしょう。俺の頭ほどの石を数個まとめて300ユーデ以上の距離に落とすことが出来ます。攻撃前に隊列を組んだ魔族相手に使用するなら問題はありませんが……」


 苦笑いを浮かべて、お茶を飲んでいる。

 パイプを見せると、小さく頷いたからテーブルにある小さなコンロの熾火で火を点けた。


「魔法が使えんと聞いてはいたが、不便ではないのか?」

「少しは魔道具で使うことも出来ますし、隣の従者であるナナちゃんが助けてくれます。この歳ですから、魔法が使えないことに諦めも付いてますよ」


「なるほど……。不憫と思うのは、ワシの驕りということになりそうだな。話を戻すぞ。レオン殿があの兵器の存在を隠すのは、それを使って我等がここを攻撃することを恐れてということに思える。一度手痛い負け戦を味わっている……。部隊の中には再戦を進言する者達がいることは確かだ」

「何時でも応じますよ。戦前にはティーナさん達を無事にこの国から出しますから、心起きなく攻撃してください。ただし、今度は前のように部隊を半数が死傷するようなことにはなりません。五体満足に戦場から戻れる兵士は殆どいないでしょう」


「あの爆弾を使うのか? 我等としてはその秘密も教えて貰いたいのだが?」


 ティーナさんの言葉に、グラムさんの顔が強張っている。「余計なことを言うな」と言いたいのかな?


「ティーナ、ワシとレオン殿で話をしている。横から口を出すな……。だが、確かにその要求もあるのだ。ワシ等を信じることが出来るか?」

「エクドラル王国を信じることは出来ませんが、少なくとも王子殿下とティーナさんは信じられると俺達は考えています。俺達が協力できる範囲は、石弾を遠くに飛ばすフイフイ砲の構造をお見せして、その試射に立ち会ってもらうこと。……それだけでは不足ですか?」


「フイフイ砲というのか……。ワシの副官なら図面を描くことは出来るだろう。試作して、その性能が出ない場合には、再度見せて貰いたいが」

「いっその事、1基を分解してお持ちください。荷車が多いですから運べると思うのですが」


「そこまでしてくれるか。午後にも試射を見せて欲しいが?」

「準備させましょう。ナナちゃん。エルドさんに『中央楼門のフイフイ砲の試射を昼食後に行う』と伝えてくれないかな?」

「お昼を食べたら、中央楼門のフイフイ砲を撃つってことにゃ? 直ぐに伝えるにゃ」


 椅子から立ち上がり、トコトコと指揮所を出て行った。

 これで試射を見せることが出来るぞ。その後で、試射したフイフイ砲を分解して持ち去って貰えば良い。

 石火矢の発射装置を据え付けるにも都合が良さそうだ。


「もっと渋るかと思っていたが……。まあ、それはありがたい話になるが、娘の言っていた爆弾とやらの作り方を教えては貰えんのか?」

「さすがにそれを教えたくはありませんね。俺達に使われても困りますが、自分達にそれが使われるということも考えるべきでしょう。簡単に使えるということがどれだけ危険であるかも考えるべきです」


「政争に使われでもしたなら、王宮が破壊されるかもしれんと!」

「政争だけではありませんよ。王政に反対する者がいないとも限りません。そして、王国の版図を広げれば広げるだけ敵も多くなります。彼らに使わせるわけにはいかないと考えますが?」


 少し考える時間が欲しいのか、ポケットからパイプを取り出すと、指先に小さな火を作って火を点ける。

 そんな俺達を見かねたようにレイニーさんが改めてお茶をカップに注いでくれた。


「確かに危険はあるだろう。だが、それほど簡単に作れるものなのか?」

「案外簡単です。それに火薬は直ぐに手に入りますからね」

「我等も思考錯誤で作ることが出来るように思えるのだが?」

「工夫は必要ですよ。でないと、火を点けた途端に爆発します」


 一応注意はしておこう。とは言ってもやるんだろうなぁ……。


「とはいえ魔族相手に使うなら、攻撃魔法よりも使えます。これを毎年20個提供しましょう。辺境の砦の防衛に役立つはずです」


 バッグの魔法の袋から爆弾を1個取り出してテーブルに乗せた。そのまま〇〇さんに押しやると、手に取ってじっくりと眺め始めた。


「石よりは重いな。娘が火を点けた後の投げると言っていたが、この紐の部分に火を点ければ良いのか……。20個は微妙な数字だが、無いよりはまし。これ1つを魔族の群れに投げ込めば10体を越える魔族を葬れるとのことだが」

「父上、我等に作ることが出来るでしょうか?」


「これを見せれば、王宮の工房で働くドワーフ族が直ぐに作ってくれるだろう。だが、果たしてそれが実戦で使えるのかまでは分からんな。レオン殿がワシに注意するように言ったのは、見ただけで同じものを作ることが出来んということだ」


 グラムさんの最後の言葉は、俺に苦笑いを見せながらだ。

 正しく俺の注意を聞いてくれたに違いない。至近距離で何回か爆弾が炸裂することになるだろう。それが何回か続いたなら、さすがに自重してくれると思うんだがなぁ。


「レオン殿の提示してくれた協力内容は、ワシが考えるよりも多い。戦での共闘はしばらく無理なことはワシにも理解できる。今回は来ただけの価値があった」

「納得して頂けたなら、幸いです」

「次はマーデル国からの提供に伴うエクドラル王国からの見返りということになるのだが。……さて、ワシも最初から落としどころを提示した方が良さそうだ。小麦を20袋にワインが5樽。火薬5袋に肥料を10袋ということでどうだろう? 毎年の秋分にそれだけ送ることにするが?」


 今度は俺達が驚く番だった。

 レイニーさんと顔を見合わせて小さく頷く。


「助かります。ところで、エクドラルには大型のクロスボウがあるんですね。飛距離はどれほどでしょうか?」

「およそ200ユーデだ。マーデル国の楼門を破壊したと聞いたが、どうやら破壊したのは楼門の上の見張り台だったようだな」

「それなら、ボルトの先端に爆弾を縛りつけて飛ばせばかなり効果があると思いますよ。もっとも、次に城壁の前に大型クロスボウを移動することは出来ないと思いますが」


「移動時に牽制としてフイフイ砲を使えばよいと思ったが、そうもいかんか……。さても恐ろしきはオリガン家と言うことだな。重々肝に刻むとしよう」


 フイフイ砲を越える兵器の存在をほのめかしたのだが、しっかりと真意を悟ってくれたか。

 これでエクドラル王国は俺達に牙を向けることは無いだろう。

 王制と共和制だから深く付き合うにはかなりの障害があるが、表面上の友好関係が続けられれば十分だろう。さすがに同盟となると制度上の問題が出てきそうだ。


「そうだ! 前回の戦ではティーナさんに色々とたすけて頂きました。あまりお礼が出来ないのが残念ですが、せめてこれぐらいは……、ということで用意した品があります。ちょっとお待ちください」


 ナナちゃんが帰ってこないから自分で部屋に行って布包みを取ってきた。

 席に戻ってティーナさんの前に布包みをスイッと押し出す。


「これは?」

「この国で作った長剣です。まだ2振りしかできていません。ティーナさんなら十分に使えるかと」


 するすると布包みを解いて、鞘から長剣を引き出す。

 まるで美術品を眺めるように、うっとりとした表情でティーナさんが長剣の刃を眺めているんだが、美人は何をしても様になるんだなぁと感心してしまう。


「綺麗だ……。まるでナギサのような波紋が浮かんでいるな。このまま飾っておきたいぐらいだが……、つっ!」


 刃先を指でなぞるんだから困った人だ。指先から血が滲んでいる。


「刃先で切ったのか? まったく長剣は玩具ではないぞ」

「まさか、これほどの切れ味だとは……。今下げている長剣ではこれぐらいで指を切るようなことはありません。この長剣は、切れすぎるのです!」


 鉄ではなく鋼だからねぇ。切り結んだら相手の長剣がノコギリになるんじゃないか。


「何だと! 見せてみよ」

 

 グラムさんが腕を伸ばしたので、仕方なさそうにティーナさんが長剣を鞘に戻して父上に手渡している。

 受け取ったグラムさんが美術品の鑑定をするかのような神妙な表情を見せながらさやから長剣を抜いて刀身を検分し始めた。


「ティーナよ。これがどれ程の品か、まだ分かるまいな……。間違いなく、海を遠く越えた王国の産物である長剣と同じ品に思える。確か、この国で作ったと言っていたが?」

「鍛えるのが結構面倒らしく、どうにか2振りできたところです。俺も注文してはあるんですが順番待ちが後ろなんですよね」

「いつでも構わん。ワシにも1振り譲って欲しい。そうだな……、金貨5枚でどうだろう?」


 思わず俺とレイニーさんが顔を見合わせたのは仕方のないことだろう。

 長剣に金貨を積む話は聞いたことがあるが、それは金銀宝石を柄や鞘にあしらったことで生じる二次的価値によるものだ。長剣そのものはいくら注文を多くしたとしても金貨1枚を超えることはない。


「父上、その長剣にそれほどの価値があると?」

「長剣を使う者なら誰もが欲しがるだろうな。半ば伝説とも言われている斬鉄剣がこれだ」


 再びレイニーさんと顔を見合わせてしまった。

 まあ、確かに鉄と鋼では強度が異なるんだが、斬鉄と言われるとそこまで鉄の性質に違いがあるとも思えないんだがなあ……。


「少し評価が高いように思いますが、そのような長剣がこの世に存在するのでしょうか?」

「まあ、伝説ではあるな。とはいえ、その伝説の長剣の特徴にそっくりだ。ワシの長剣も王都の高名なドワーフが鍛えた品だが、このような波紋を持つことはない。手に入れたとしても、王宮で長剣を抜くことは出来んな。その出所を知ろうと、皆が押し寄せてくるだろう」


 その光景が目に浮かぶのだろうか、長剣を持って笑みがだんだん笑いに変わっている。

 ひとしきり高笑いをしたところで、長剣を鞘に戻しティーナさんに手渡した。


「長剣に恥ずべき行いはするではないぞ。とはいえ、名剣ということになる。銘を付けるべきだな」


 そんなことを言うから、ティーナさんがすがるような目で俺に視線を向けてくるんだよなぁ……。

 ここはもっともらしい銘を適当に付ければ良いってことなんだろうけどね。


「『吹雪』という銘ではどうでしょう? 長剣を鍛えたのは冬の最中。長剣の贈り先であるティーナさんは、尾根の戦場で舞うように魔族を倒した人物ですので」

「吹雪の雪を舞うことに例えたということか……。そこまで娘が活躍したとは思えんが、他者に誇れる逸話が付くというのもおもしろい。『吹雪』……、良い銘だ。ティーナよ。その銘に恥じぬ働きをせねばならぬぞ!」

「肝に銘じて!」


 やはり武人の家系なんだな。

 オリガン家とよく似たところがある。

 さて、そろそろ昼食だ。午後にはフイフイ砲の試射を見せてあげないと。


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