E-140 フイフイ砲を越える兵器
「ご苦労様でした。それにしてもイエティとは……、魔族は種族がたくさんいるようですね」
「弱点をティーナさんに教えて頂いたのでどうにか、倒すことができました。それに、ガラハウさんの失敗作にあんな効果があるとは想像できませんでした」
尾根には1個小隊だけの守備兵を残して、引き上げてきた。
さっそく中隊長達を集めての防衛会議が始まる。
戦の概要を伝えたところでワインを飲みながら雑談になったのだが、ティーナさん達は急遽旧サドリナス王国の王都に向かって行った。
俺達と魔族の戦の状況報告ということだろう。ある意味観戦武官としての立場も持っているようだし、俺の隣で奮戦してくれたからなぁ。
再び戻ってくるのは雪解け後と話してくれたから、どんな要求を持ち帰ってくるかを考えると、ちょっと怖くもある。
「爆弾はまた作れば良いじゃろう。だいぶ使ったようじゃからなぁ。だが、失敗作とは言わせんぞ。そんな使い方が出来るならそれは完成品と見るべきじゃな」
「咳き込んで、その場に倒れ込む魔族がかなりおりました。毒ガスということなんでしょうか?」
「かなり強力な毒です。火山近くで地中から噴き出すことがあると、文献で読んだことがあるガスと同じではないかと」
防ぐには硫黄成分を吸着する物質を通してろ過しないといけないだろう。そんな物質を簡単に作れそうも無いから、現状では西の尾根の谷に使うだけになってしまうが、魔族相手なら問題もあるまい。それに尾根は谷底から200ユーデ程高い位置にあるから、異臭がするぐらいで済みそうだ。
「西の尾根限定で50個で良いな。それぐらいなら造作もないし、尾根の指揮所に保管しておけばいい」
「爆弾もたくさんいるにゃ。それに爆裂矢がイエティには効かなかったにゃ」
オーガには有効だったらしい。突き刺さって爆ぜるから鏃が深く体をえぐることになるのだろう。
「残念じゃが、あれ以上火薬を詰めると飛距離が得られんぞ。バリスタ用のボルトに少し大きい奴を付けてやる。それで諦めるんじゃな」
苦笑いを浮かべたガラハウさんが何とかして欲しいと訴えていたヴァイスさんに諭すように言葉を掛けている。
「そのことですが……。こんな武器を作れませんか?」
バッグからメモ帳を取り出して、ガラハウさんに手渡した。
どれどれ? という感じで俺が描いた図を見ていたんだが、やおらメモ帳からその部分を破ると、自分のバッグに詰め込んだ。
メモ帳は返してくれたけど、破らなくても良いんじゃないかな。
「この冬に作ってやろう。だが……、これは防衛だけというわけでもなさそうじゃな」
「城攻めにも使えるでしょうね。俺の思った通りの性能であるならフイフイ砲は時代遅れになります」
「まあ、あれはあれで面白い兵器ではあるんじゃがなぁ」
300ユーデ以上離れた場所に爆弾や大きな石を飛ばせるんだからねぇ。火薬を使うわけでは無いから、大量の火薬を必要としないのが最大の利点だ。だけど大仕掛け過ぎるんだよなあ。移動するのが結構難しい。
「この兵器が上手く作れたなら、フイフイ砲の秘密を交渉に使うつもりじゃな?」
「対抗兵器があればの話です。とは言えカタパルトは開示しませんよ。あれはフイフイ砲よりも発射間隔が短いですし、何といっても小さいですからね」
「フイフイ砲を教えるのですか!」
「教えても我等の脅威にはならんということが前提じゃな。レオンの考えた兵器が使えるならフイフイ砲を遥かに凌ぐ武器が出来る。じゃが、かなり使うのは面倒なことになるぞ」
「大勢でロープを引くことになるのか? フイフイ砲はそうだったからなぁ。1つの兵器に分隊では足りなかったぞ」
「そうではない。相手との距離をある程度正確に測らねばならん。レオンの推測では飛距離が1コルム程になるらしい。少なくとも数百ユーデと見るべきじゃな」
「フイフイ砲の飛距離より遠くに飛ぶと?」
「それだけではない。準備するのも1個分隊も必要とせんじゃろうし、発射は1人で可能じゃ。ドワーフ族もいらんぞ。一般兵士が容易に使える。じゃが、それだけ飛ぶとなればある程度敵との距離を明確に知る必要が出てくる。その距離の推定が面倒なんじゃ」
目測では無理ということなんだろうか?
まあ、冬は雪に閉ざされる共和国だからなぁ。じっくりとその方法を考えてみよう。
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尾根から戻って数日後に、母上達の住む長屋を訪問した。
嬉しそうな顔をしている隣のナナちゃんは、マリアンのクッキーが目当てかな?
扉を叩くと、直ぐにマリアンが出迎えてくれた。
リビングの素焼きのストーブには、ポットが湯気を上げている。
暖かく暮らしているようだな。ちょっと安心して笑みを浮かべる。
「立ってないで、此方に座りなさい。ナナちゃんも良く来てくれたわね。尾根では活躍していたとマリアンがどこからか聞いて話してくれたわよ」
「お姉さんが教えてくれた魔法を使ってみたにゃ!」
「ん?」と疑問を浮かべた母上の顔が、ストーブ傍のベンチに腰を下ろした俺に向けられた。
「炎の壁でした。おかげで指揮所に近づいた敵を斜面に落とすことが出来ました」
俺の言葉に納得したのか、今度はナナちゃんに向かって笑みを見せている。
姉上で満足できないのかな? さすがにもう1人子供を作るとなれば、かなり歳の離れた兄弟が出来てしまうんだけど……。
「やってみたのね? それなら次を教えないといけないわね。ライズは火の魔法が得意なんだけど、私は水野魔法が得意なの。何を教えてあげましょうか……」
どんな魔法でも吸収できるんじゃないかな。何といっても精霊族だからね。
姉上を越える大魔導師になると女神様が言っていたぐらいだからなぁ。
「芸は身を助けるという言葉がありますが、今回は弓の腕で助かりました。イエティというトラ族より二回りほど大きな魔族がやってきたんですが……」
戦の概要を伝えると、母上の後ろでマリアンまでもが聞き入っている。
お茶とクッキーが出てきたから、それを摘まみながらの話だ。
「本当に目に射込んだのですか! お館様が聞いたら驚くに違いありません。イエティという魔族を目にしたことはありませんが、王宮の書庫で記録を読んだことがあります。剣も槍も効かないと書かれていましたが……、確かに目に矢を射こめば倒せるでしょう。レオンが兄達と比べられるのを見て気の毒に思っていましたが、神はそれなりの腕を授けてくれたのですね」
「オリガン家の名がさらに上がりそうです。お館様もお喜びになるでしょう」
まるで自分の子供を自慢するような口調で、マリアンが母上に話しかけている。
ブリガンディでは決して身分の高い貴族では無いんだが、皆から羨ましがられる貴族であるのはこんな家族的な雰囲気もあるからだろう。
俺の話が終わったところで、母上がオリガン領の様子を父上からの手紙で教えてくれた。
やはり、ブリガンディ王国は人間族の選民意識で染まってしまったらしい。その結果、魔族との戦が苦戦続きであるのは頷ける話だ。
オリガン家や辺境の貴族が獣人族を保護していることは周知の事実らしいけど、王国軍が表立って動くことは無いらしい。その代わりに領地を接する貴族の私兵が略奪まがいの行動をすることが多くなったということだ。
だが貴族同士の争いに関わらないというのが王家の立場らしいから、見て見ぬ振りをしているとのことだった。
「そうなると、父上や兄上は領地を離れられなくなりますね?」
「都合が良いと書いてありましたよ。良い言い訳が出来ますからね。それに、干し魚を多く王都に送ることで、領内の徴兵も見合わせているようです。とは言っても、王国軍の一部がオリガン家に攻め入った経緯があるのですから、王国としても強く出ることが出来ないのが本音だと思います」
選民思想は問題だけど、それなりに王国内が治まってきているということなんだろう。あれから大分経つからなぁ。
だが、その影響で虐殺された住民達の恨みは残された連中が忘れることは無いだろう。表面上は繕えても、その奥底でいつまでも恨みが燻り続けるに違いない。
人間族だけで軍を作ることが出来ても、魔族の多種にわたる種族と上手く渡り合えるのだろうか?
北に砦を並べて、魔族の南下をどうにか防いでいる状況なんじゃないかな。
となると、かつての領地が実際には小さくなったということになりそうだ。
それに先のエクドラル軍との連合を組んでの俺達との戦で、俺達の存在がブリガンディ王国と異なる存在であったことがエクドラルの連中に知られたからなぁ。
税収の一部を貰えるはずの協定が、そのまま維持されているとも思えない。
王国としての存在自体がかなり危なくなっているようにも思えてくる。
「もう1年ほど、ここに住まわせて貰います。現状なら問題ないと伝えてくれていますが、それが続くかを見極める必要があるということでした」
「1年でも5年でもここに住んでください。永住するとなると問題ですが、そうでなければ問題にはなりません。オリガン領から避難してきた獣人族の連中も多いですからね。首を傾げる連中には、その理由をきちんと説明してくれているようです」
「『良いことをされれば、それにこたえる心が生まれる……』正しく、神官様の言う通りですね。やはり神様は私達をしっかりと見ていてくれています」
マリアンが神妙な顔つきで祈りの言葉を呟いている。
それは神様がそうしてくれるのではなく、満たされた状態なら人は親切に慣れるということのようにも思える。
迫害から逃れてきた人達ばかりだからなぁ。ここでの暮らしは天国にも思えるとマクランさんが言っていたぐらいだ。
「ティーナさん達は雪解けの頃に戻ってくるでしょう。中々面白いご令嬢ですね」
「お館様にも合わせてあげたいぐらいの人物です。貴族のご令嬢ですからいずれは有力貴族の妻に収まるのでしょうが、本人はそれを望んでいないようでしたね」
「『一生涯独身で剣の道を究める』なんて言ってましたね。あれでは当主様も頭を悩ませているに違いありません」
母上とマリアンが顔を見合わせて笑みを浮かべている。
案外気に入ったらしいけど、母上としてはきちんとしたテーブルマナーで午後のお茶を頂く相手が見つかったのが嬉しいのかもしれないな。




