E-014 出城を築くだと
屋根の上の雪掻きは、かなりの重労働だ。
ナナちゃんに焚き火の番をして貰ってお茶をいつでも飲めるようにしているんだけど、兵士達が直ぐに集まってしまうんだよなぁ。
元気なのは俺とエルドさんの配下のイヌ族の連中だ。
エルドさんも分かっているらしく、怒ることもない。最初だけでも手伝って貰えることに満足しているようだ。
1辺が1フィルト半もありそうな板を棒の先に取り付けた道具で、雪を一カ所に集めては城壁の外に放り出す。
このままだと積もった雪を使って城壁を上ることができるんじゃないか、と心配していたんだが雪の中を魔族が進軍してきたことは無いそうだ。
魔族も寒がりが多いということなんだろうか?
まあ、来ない分には問題は無いんだけどね。
砦中の雪掻きが終わると、食堂でワインが振舞われる。
カップに半分のワインでも、兵士達にはありがたいに違いない。
「これで、何度目ですかねぇ。だいぶ日も伸びてきましたから、もう1度ぐらいで終わりになれば良いのですが」
「春分を過ぎたにゃ、これが最後かもしれないにゃ」
確かに雪が降る間隔が延びたようにも思える。
最初の頃はナナちゃんと一緒に作った雪ダルマが、埋まってしまうと思うぐらい降り続けたからなあ。
「春になれば砦の守備隊の再編が始まるんですよね」
「温かくなるのは良いんだけど、それを考えると憂鬱になるわ」
俺達の分隊は3つだから1つ増えるんだろう。新人分隊だけど弓隊なら軽装歩兵よりはだいぶマシに思える。
矢を前に飛ばせるなら遮蔽物の後ろから適当に放っていても、敵には脅威となるはずだ。
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4月に入ると、暖かな日ざしが続く。
たまに冷たい雨が降る時があるが、砦の周辺に積もった雪は急速に無くなっていき、黒い土が顔を出した。
ナナちゃんは崩れた雪ダルマを残念そうに見ていたから、次の冬にはまた一緒に作ってあげよう。
ぬかるんでいた砦内の広場がだんだんと乾いてくると、各部隊の訓練が始まる。
冬の間もそれなりに訓練はしていたのだろうが、弓兵となると訓練の幅が狭いことも確かだ。
俺が大きな石を持ち上げたり、梁にぶら下がって屈伸をしているのを見て、レイニーさんが不思議そうな顔をしていた。ちゃんと訓練を続けていないと、体は直ぐに鈍ってしまうと思うんだが、砦の連中は兵舎に閉じこもっている連中が多いんだよなぁ……。
そんなある日のこと。
指揮所に集まった俺達に衝撃の発表が行われた。
「出城を築くと?」
「王宮軍令部からの要求だ。場所は北の森から、20ヤーベル先だ。西にレンデル川が流れているから西の防衛は余り考えなくても良いだろう。
レイニーを中尉に昇格して中隊長にする。レオンは準尉のまま補佐をしてくれ。魔族の攻撃も激しいものになるだろう。
通常なら中隊は4個小隊だが、5個小隊を預ける。新たな小隊が砦に到着後に出発して欲しい」
無理を押し付けられた感じだ。
中隊長は何も言わないし、他の小隊長も黙ったままだ。
これは困ったぞ。
一方的な通告が終わったところで解散になった。
中隊長が俺を手招きしているので、ナナちゃんと残ることになったのだが……。
「私の補佐に付かないか? 指揮官の通告は王宮から出城となる砦を築くことまでの筈だ。オリガン殿に私が顔向けできん」
「ありがたいお話ですが、北に向かうことにします。オリガン家の者として、父上や兄上達の評判を傷つけたくはありません。分家の辛いところですが、役目をこなして見せますよ」
俺の言葉に笑みを浮かべて、俺の肩を叩いてくれた。
「さすがはオリガン殿の息子だ。だが1つだけ、約束してくれ。絶対に死ぬんじゃないぞ」
「もとよりです!」
騎士の礼をして、部屋を出た。
さて、ヴァイスさん達はどんな反応を示すかな?
兵舎に戻ると、下士官室からヴァイスさんの怒鳴り声が聞こえてきた。
まあ、そうなるよなぁ。でもレイニーさんに怒鳴ってもどうなるものでもない。
「戻りました。さて、皆で少し考えないと……」
「レオン殿は落ち着いてますね。ある意味、死刑を宣告されたようなものですよ」
「そうにゃ!! 部隊が増えるのは良いけど、新人なら魔族を見て怯えてしまうにゃ」
暖炉からお茶のポットを取って全員のカップに注いであげる。
先ずは少し頭を冷やさないといけないだろう。
「遅れた理由は、中隊長から転属を勧められたんだ。断ったけど、中隊長もヴァイスさんと同じ考えだな」
「貴族をみすみす死地に向かわせることが無いようにとのことでしょう。なぜに断ったのですか?」
エルドさんが興味深げに問い掛けてきた。
「武門の貴族の出だからなあ。このような任務を放棄したとなれば、恥も良いところだ。俺だけなら良いんだが、兄上や姉上は王宮で仕事をしている。不出来な弟のせいで悪評足を引かれないようにしないと……」
「レオンにも事情があるのね。私達は徴募兵出身だから、兵役期間が10年。まだ半分以上残ってるわ。脱走したら、それこそ打ち首よ」
「従う外ないってことか……。なら、少しでも俺達に有利になるよう交渉ができるんじゃないかな?」
そもそも出城なんて急に作れるものではないだろう。
柵を作るぐらいは手伝って貰いたいところだ。柵の丸太を埋める穴だって掘らねばならないし、冬場は全く資材の搬送ができないだろうから、大きな食料倉庫だって必要だ。
矢や予備の武器はいくらあっても足りない気がする。
「なるほど、駐屯するのは構わないが、頑丈な砦を築く手間を低減するということですな?」
「およそ200人というところでしょう。小さくとも頑丈な砦を作れば何とか守れるそうに思える。さすがに、この砦の大きさでは人数的に無理だろうけどね」
「準備次第では、十分に新たな砦を守れると?」
エルドさんの問いに、小さく頷いた。
レイニーさんが溜息を吐いているし、ヴァイスさんはまだ怒った顔をしている。
リットンさんは俺に顔を向けたままだな。何かおかしなことを言ったかな?
「武器は私とヴァイスで考える。どんな砦にするかはレオンが考えてくれるんでしょう?」
「俺には、砦の位置や周囲の状況がまるで分からないよ」
「私が知ってるわ。配属された時に何度か出掛けた場所なの。私を中隊長にしたのもそれを指揮官の副官が知ってたんでしょうね」
「そうなると私は、食料の確保ですな。厨房の小母さん方と相談してみます」
役割分担ができたかな?
3人の分隊長が下士官室を出て行ったところで、レイニーさんに砦を作る場所の簡単な地図を描いてもらうことにした。
何度かペンを止めて考えているのは、数年前の記憶を思い出そうとしているのだろう。
その地図を元に、砦の大まかな縄張りを考えてみる。
基本は小さく頑丈にだが、200人を収容するとなると兵舎が大きくなってしまうな。
何度か書き直して、数枚の図面を描くことになりそうだ。
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数日後には、北西に作る出城の話で砦の中が賑わいだした。
毎夜の下士官室での話し合いで、どうにか全員の合意が取れたのは、1辺の長さが50ユーデの真四角な丸太の塀で囲んだ砦だった。
塀となる丸太は5ユーデの長さに揃えて、半ユーデほどを埋め込む。
兵舎や指揮所は丸太の塀を壁として使えるように塀に沿って作られる。
兵舎は東側に作ることにした。長屋のように並べ、奥行きは6ユーデほどだが横幅は8ユーデもある。北側には指揮所と倉庫、それに士官室を設ける。西側は食堂と工房を作ることになった。ドワーフ族と軍属の小母さん達も俺達に同行してくれるらしい。
さらに、砦の礼拝所の神官の1人も来てくれると知らせてくれた。見習い神官と言っていたけど、神官であるなら問題は無いだろう。
「指揮所の建物は、見張り台を兼ねるということかしら?」
「その方が作りやすいでしょう? それに、全ての建物の屋根に横木を並べて行き来できるようにします。この砦の指揮所の屋根と同じになりますから、魔族の濃い場所に部隊を直ぐに移動できますよ」
問題があるとすれば大量の丸太になるが、この砦から軽装歩兵1個中隊を動員して森から切り出してくれるらしい。
残材は冬越しの焚き木にもできるだろう。
砦の図面を見せて、指揮官に承認を貰えば問題は無いはずだ。
「食料の運び入れは、倉庫がある程度形になってからになりますね。それまでは荷車の上にテントを広げておくことになるでしょう。2か月分を申請してください」
「武器は手持ちを持って行くにゃ。槍は半分しか持って行けないにゃ。穂先を作って貰って現地で柄を付けられるようにするにゃ」
「手持ちでは矢が足りませんよ」
「この兵舎にある分は持っていけるにゃ。3会戦分あるにゃ」
1会戦分の矢の数は、矢筒に入る12本だ。都合36本ということになる。やはり足りないだろうな。
「矢の値段はどれぐらいになるんですか?」
「矢筒分で60ドラムにゃ」
銀貨が余っているから、少し買い込んでおこうか……。
「指揮官から新たな砦の費用として銀貨50枚を預かってるわ。その使い道も考えないといけないわね」
レイニーさんが、ドサリと銀貨の詰まった革袋をテーブルに乗せた。
「その銀貨の使い道は?」
「砦の維持費よ。これを使いましょう」
「食料は、それで購入することになりそうですね。1か月分の食糧費がどの程度になるか明日にでも聞いてきます」
エルドさんが言ってくれたけど、俺には200人が1か月に必要とする食糧費なんて皆目見当がつかない。
ノコギリやスコップだって必要だろう。
できれば、曲がった鏃も修理したいところだ。
砦を維持するためには、案外必要な品が多くなりそうだな。
そんな会議で色々と持って行く品が増えてくる頃に、砦の新たな住人が到着した。
砦内にテントを張ってとりあえず収容したんだが、そうなると俺達は早く出ていかねばならなくなってしまう。
数日後に、指揮所の会議室で、出発を指揮官に言い渡されると、荷車に荷物を1日掛かって乗せることになった。
12台の荷馬車には当座の食料2か月分と、武器や衣食住に必要な資材が積み込まれた。毛布も1人2枚分を支給されているからそれだけでも荷馬車の荷が増えてしまう。
仮住まいのテントに穴を掘るスコップ……、本当に何でもありだな。
さすがに個人の荷物は魔法の袋に入れているようだ。
翌日。長い隊列を組んで北へと向かう。
軍属の小母さん達が同行してくれたから、自分達で食事を作るという冒険はしないで済むみたいだ。
とは言え、気になることが1つある。
俺を除いて、全て獣人族の部隊なのだ。それ以外にドワーフ族とハーフエルフの神官がいるが、人間族は俺1人だけだ。
やはりこの国の連中は、獣人族を下に見ているのかもしれないな。




