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オリガン家の落ちこぼれ  作者: paiちゃん
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E-138 オーガとイエティ


 唐突にゴブリンの姿が消える。

 柵をよじ登るゴブリンが全くいない。

 擁壁の柵越しに谷を覗き込むと。おびただしいゴブリンの亡骸だけが転がっている。

 まだ動いている奴もいるようだが、かなりの重症らしいから放っておけばその内に死んでくれるだろう。

 それにしても、かなりの爆弾を放ったようだ。谷底が未だに煙って見通しが利かない。


「終わったのか?」

「そのようですが、しばらくは様子を見ないといけないですね……。伝令! 直ぐに南北の待機所に向かって被害状況を確認してくれ。それと矢がどれほど残っているかもだ」


 後方の盾から数人の少年が立ち上がると、すぐに下りて行った。

 主力がここに来ていたようだから、それほど被害は出ていないと思うんだが……。


 ナナちゃん達がお茶を入れたカップを配ってくれたので、とりあえず喉の渇きを癒す。

 これで終わりなんだろうか?

 ゴブリンだけで攻めて来るとはなぁ……。ティーナさんの言う通り陽動と見るべきかもしれない。

 魔族にはマーベル協和国とブリガンディやエクドラル王国が同じに見えるのかもしれないな。

 だとすれば、今回の襲撃は大掛かりな陽動ということも言えそうだ。

 主力が狙うのは、この尾根の南西に建造中の砦ということになる。

 

「全く知恵の回る奴らだ。だが、マーベル共和国とエクドラル王国が同じ国ではないとは思っていないようだな」

「おかげで陽動ということにはなりません。同時に2つの国に攻撃を仕掛けたことになるんですが、南西の砦に攻撃を仕掛けるのは今夜か明日になるでしょうね」

「やはり、エクドラル王国より伝令兵を何人か用意しておくべきかもしれん。この戦が終わった時に、一度王都に戻ることにする。王子殿下や父上とも相談せねばなるまい」


 マーベル共和国に、あまり兵を置いて欲しくないんだよなぁ。

 とはいえ、その必要性も理解できるから獣人族限定で許可することになりそうだ。


「ん? 見張り台の連中に動きがあるぞ!」


 ティーナさんの言葉に、上を見上げると望遠鏡で尾根の先を身を乗り出して見入っている。何か見つけたのかな?


「魔族の大軍が再び終結しているにゃ! ゴブリンの数とコボルトの数が同じに見えるにゃ。その後ろにいろんな魔族がいるにゃ」

「オーガやホブじゃないのか?」

「見たことがないのもいるにゃ!」


 思わずティーナさんと顔を見合わせる。

 ヴァイスさんが見張り台から降りてきたので詳しく聞いてみることにした。


「毛深い奴にゃ。最初はクマかと思ったにゃ」

「話に聞くイエティ族かもしれんぞ。私より一回り大きくて力が強いと父上に聞いたことがある。特徴は体中を白い体毛で覆われているということだ。エクドラル王国の北西で何度か確認されたそうだ」


「弱点はあるんですか?」

「弱点は火のようだ。魔導士が何発もの火炎弾を放って退けたらしい」


 密に生えた太い体毛が、鎧の様な役目をするらしい。

 矢は深く刺さらないし、槍も突きさすことが難しい。その上、長剣で切りつければ体毛が邪魔をして深く切りつけることができないようだ。

 そういえば、『退けた……』と言っていたな。倒せなかったということに違いない。


「ヴァイスさん。その熊みたいな魔族はたくさんいたんですか?」

「オーガよりも少ないにゃ。十数体位にゃ」


 さて、どうする?

 少なくとも、次の襲撃があるまで1時間ほどの間があるはずだ。

 その間に対策を考えないといけない。

                ・

                ・

                ・

「すると、バリスタで火矢を撃ちこむということですか?」


 イエティ対策について、小隊長達を指揮所に集めて説明することにした。

 一通りの説明を終えたところで、エルドさんが確認するように再度俺の指示を口にした。


「基本はオーガ対策と同じだ。オーガの皮膚もかなり厚いからね。イエティの体毛も似た働きをすると考えれば良いだろう。ティーナさんがエクドラル王国で用いたイエティ対策は火炎弾だったようだが、俺達はそれほど大きな火炎弾を何発も放つことができない。油をたっぷりと染み込ませた大型の火矢を放てば同じ効果が得られるだろう。爆弾を使う手もあるが、次はコボルトの弓兵が出てきそうだ。爆弾は敵の長距離攻撃部隊に使ってくれ」


「了解です。話を聞いてどうしようかと迷っていましたが、それなら効果がありそうですね」

「それともう1つ。イエティの顔ならボルトが使えるかもしれない。試してくれないか」


 エルドさんが笑みを浮かべているけど、ヴァイスさんは残念そうだな。

 顔なら体よりも体毛が少ないはずだ。

 上手く目に当たったなら、それで絶命させることもできるだろう。

 指示を終えたところで、カップ半分のワインを皆で頂く。

 一気にワインを飲みこんで小隊長達が持ち場に帰って行ったけど……、さてどうなるかは俺にも分からない。


 屋根の上の方でガタガタと音がするのは、バリスタを組み上げているのだろう。

 細身の槍のようなボルトは10本ほどあるらしいから、全てを火矢に改造しているはずだ。


「クロスボウで火矢を放つのか?」

「ボルトが投槍ほどありますからね。元々はオーガ用なんですが、火矢にすれば少しは効果がありそうです」


「私も、火炎弾は使えるのだが、生憎と数を撃てぬ」

「弱点を教えて頂いただけで十分です。とはいえ、牽制はお願いしますよ」

「もちろんだ。オーガよりも上等の獲物だからな」


 なんとか1体を葬って貰わないと、満足できないかもしれないな。

 その辺を上手くやらないといけないだろう。


 スープでビスケットを頂きながら、魔族が動くのを待つ。

 受け身の戦の辛いところだ。向こうの尾根に届くような武器が作れれば良いのだが、少し考えてみるか。

 

 やはりロケット弾ということになるんだろう。もう1つの記憶が不思議な形の武器を俺の脳裏に映し出す。

 金属製のパイプの後方に穴を開けて、火薬の燃焼によって勢いよくガスが噴き出る。

 その力で飛ばす武器のようだが、筒の中の火薬は2種類になるようだ。木で両者を隔て、木の真ん中に小さな穴を開けて、そこに導火線を通す……。勢いのなくなったロケットが落ちたところで爆発するってことかな?

 記憶が薄れない内にバッグからメモ帳を取り出して素早く要点を描いておく。後でガラハウさんと相談してみよう。


 突然、甲高い笛の音が聞こえてきた。

 急いで身支度を整え、傍らの槍を持つ。


「いよいよ、ですよ。南に向かったわけでは無いようですね」

「やはりオーガを倒したいところだな。場合によっては下に下りるが、構わぬか?」

「無茶しないなら、ということで……。よろしくお願いします」


 俺の言葉に笑みを浮かべる。隣のユリアンさんは呆れた表情でティーナさんを眺めているが、きっと一緒に屋根の上から飛び降りるに違いない。

 俺の隠し手を見られずに済むかもしれない。

 やってきたなら、手裏剣や手甲に忍ばせた釘を使うつもりだからね。

 オリガン家の人物が、暗器使いということになれば兄上達の評判にも関わる。

 使い時が難しくはあるが、戦の最中でそんなことには構ってもいられないだろう。その時に俺の近くにいなければ、最後まで分からないで終わりになるはずだ。


「遅かったにゃ! ほら、もう谷間で下りてるにゃ」

「確かに……。でも最初はゴブリンだけだね。ヤバい連中が来たなら教えてくれない?」

「オーガ達が来たなら教えるにゃ。まだ谷に下りてないけどコボルト弓兵は下りているにゃ。今度は矢が飛んでくるにゃ」


 思わずナナちゃんの姿を探してしまった。

 ちゃんとテーブルの下に隠れてる。なら問題は無いだろう。


「だいぶ盾が並んでいると思っていたのだが、矢対策ということだな?」

「そうです。笛が聞こえたならすぐに隠れてください。雨のように降ってくるはずです」

「了解だ。擁壁に引っ付けば、大丈夫だろう。ユリアン、聞いてたな?」

「私は大丈夫です。ティーナ様こそ、ちゃんと動いてくださいよ」


 俺はちゃんと注意したからね。当たっても俺を恨まないで欲しいところだ。


「上がってきたにゃ! 持ち場に着くにゃ!!」


 ヴァイスさんの言葉に、槍を持って擁壁に立つ。

 先ずはゴブリンだ。なるべく体力を温存しながら戦わねばならない。

 先ほどと同じことの繰り返しになるとも限らない。コボルトの弓は下から撃つから飛距離は俺達より短い。だが弓兵の数は3倍程いるんじゃないか?

 さらに厄介なのがオーガになる。

 オーガに構い続ければ、ゴブリンが柵を乗り越えて白兵戦を挑んでくる。

 そこまでは砦時代に経験したが、今回はイエティが混じってるんだよなぁ。

 バリスタで放つ火矢が効いてくれれば良いんだけど……。


 嬌声を上げてゴブリン達が斜面を跳ねるように上がってくる。

 柵にやってきたところで、上手くタイミングを合わせて槍を突きだす。

 甲高く叫んだゴブリンの腹から槍を引き抜き、次のゴブリンに突き刺す……。

 鋭い笛の音が聞こえてきた。

 急いで盾の後ろに隠れると、間を置かずにタンタンと矢が盾に突き刺さる。

 コボルトの体力は人間より低いようだ。矢に勢いがない。

 それともここに近寄れずに矢を放ったのかな?


 再び笛が長く伸びて聞こえてきた。

 矢が途切れたということだな。盾から飛び出した勢いで、柵を乗り越えてきたゴブリンを串刺しにする。

 槍をえぐるようにしてゴブリンから引き抜き、次のゴブリンを柵越しに突き刺した。

 

 また笛が聞こえる。

 中々忙しいな。しばらくはこの繰り返しになりそうだ。


 何度擁壁と盾を往復しただろう。

 笛の合図で盾から顔を出した俺を、ヴァイスさんが呼び止めた。


「やってきたにゃ。オーガと毛玉にゃ!」

「どこを目指している?」

「ここにゃ! 真っ直ぐに登って来るにゃ!!」


 ティーナさんとユリアンさんが顔を見合わせている。小さく頷くと、今度は俺に顔を向けてきた。


「1体ずつ倒していくぞ。レオン殿も期待させて貰うぞ」

「槍ではなく弓を使います。敵をひるませますから、仕留めるのは任せますよ!」

「了解だ! だが矢は効かぬと聞いたぞ」

「体を狙うのではありません。目を狙います!」


 ティーナさんが驚く顔を見せてくれたのは始めただな。

 隣のユリアンさんも驚いている。あまり感情的な表情を見せないユリアンさんだが、そんなに驚くことかな?


「本気で言ってるのか?」

「本気ですし、俺には可能です。ですがどこまで矢が深く刺さるかは分かりませんからね」


 さすがはオリガン! なんて呟いているのが聞こえてきたけど、ゴブリン相手に槍を繰り出しながらだからなぁ……。

 さて、俺も準備して待つことにしよう。


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