E-135 増援部隊が来てくれた
「来ると思うか?」
「来なくとも、体制は整えないといけません。とはいえ、来ると考えるべきですね。最低でも威力偵察を行うでしょう」
俺の言葉に、うんうんと頷きながら笑みを浮かべている。
暇だから槍の穂先を軽く研いで時間を潰しているんだけど、ティーナさんは長剣の手入れをしているんだろうか?
槍はごついのを持って来ているようだ。俺達の槍は3ユーデほどの長さだが、ティーナさんの槍は4ユーデ程あるんじゃないかな。穂先も俺達は三分の一ユーデなのに対して半ユーデほどの長さがある。
あれを振り回されると、近くに寄れないな。
「報告します。西より松明の列が1つ先の尾根に移動しています」
指揮所に入って来た犬族の兵士が状況報告をしてくれた。
「了解だ! ところで、まだ夜明けにはならないよね?」
「今夜は月も出ていませんから、真っ暗ですよ。まだ夜明けには程遠いかと」
俺が頷くと若い兵士が指揮所を出て行った。
「威力偵察を越えそうだな?」
ティーナさんが笑みを浮かべる。
武人の一家らしく、早く戦闘が始まらないかという表情なんだよなあ。ちょっと呆れてしまう。始まったなら負傷者多数ということになりかねない。
「尾根での戦は斜面を登って来た魔族を矢やボルトで威力を削ぎ、柵を越えようとするものを槍で突き落とすのが基本です。ティーナさんの槍さばきを見せてもらいますよ。でも、柵を超える魔族が出てきたなら長剣の腕を見せてもらいます」
「了解した。とはいえ指揮所の屋根で良いのか?」
「魔族も攻略目標が欲しいんでしょうね。なぜかここを狙って押し寄せてきます」
「なら存分に戦えるな。ユリアンも問題ないな?」
「少しは自重してください。でないと叱られるのは私なんですから」
「ハハハ……。アーネスト卿は相変わらずだな。だからこそ、父上が手放さないわけだ」
ティーナさんとユリアンさんのような関係を2人の父上達も持っているということか。副官であるユリアンさんは幼少時代からの付き合いだったらしい。
ちょっと羨ましくなってしまうな。
俺の副官ともいえる従者は……。ストーブの近くにあるベンチで壁に寄りかかって眠っているようだ。寝る子は育つというからね。早く大きくなって欲しい。
ユリアンさんが淹れてくれたお茶を飲みながら、テーブルの地図の駒を再確認する。
現状では3か所にある待機所に兵士を分散させているが、待機している兵士の数は1個小隊ほどだ。
レイニーさんの事だから、すでに中隊規模の増援を送ってくれているとは思うんだが、だいぶ到着が遅れているなあ……。
「報告します。東よりたくさんの松明が移動してきます。増援部隊だと推察します」
「おお、やっと来てくれたか! 了解だ。到着次第、中隊長小隊長を集合させてくれないか?」
「了解です!」
伝令の兵士が指揮所を出ていくのを、ホッとした表情で見送っていた俺に、ティーナさんが声を掛けてきた。
「心配だったのか?」
「心配を通り越していましたよ。これで少しは肩の荷が軽くなりました。皆が集まったところで部隊の再配置を行います」
これで少なくとも待機所の兵士の数が2倍になる。
状況に応じて分隊単位で兵士を移動できそうだ。
後は……、どれだけ爆弾を用意してきたかだな。尾根に備蓄した数は30個。俺が持ってきた数が50個だから、50個以上持ってきてくれたなら谷に溜まった魔族に大きな被害を与えられるだろう。
ヴァイスさん達が使う爆裂矢は、前回の戦よりも火薬の入った筒を太くしたようだ。遠くに飛ばないと文句を言っていたらしいけど、威力が増したんだから文句は言わないで欲しいんだよね。
外が騒がしくなったかと思ったら、指揮所の扉が開きエルドさんとガイネルさんが入って来た。
やって来たのは第1中隊と第3中隊のトラ族の小隊のようだな。
「色々と準備に手間取りまして、遅くなりました。ここに来る前に上で見てきましたが、だいぶ集まったようですね」
「場合によっては早朝になるかもしれません。それで?」
「私の部隊、それにガイネル殿とマクラン殿のトラ族の軽装歩兵とクロスボウ民兵が1個小隊、投石部隊が2個分隊です。投石部隊は伝令にも使えますよ。爆弾は100個用意しました。3つに分けて待機所に運ぶよう伝えてあります。それと、これはレオン殿の分です」
皮袋を渡してくれたので中を覗くと、握り拳ほどの爆弾が5つ入っていた。
これはありがたい。ティーナさんに爆弾の存在が知られてしまうけど、通常火薬よりも俺達の使う火薬の方が威力は上だ。
通常火薬を使った爆弾もあるんだが、焼夷弾のように周囲に火を放つ物しか出来なかった。まあ、それでも使い道はある。攻城櫓を攻撃するには一番だ。
「最初にカタパルトで爆弾を放ち、谷を火事にすれば少しは敵の勢いを削げるでしょう」
「なるほど……。なら、合図は指揮所前の斜面に大きな火の球を転がすよ」
「あれですな。だいぶ大きな物を作ったと聞きました」
ダレルさんの中隊から尾根に部隊を送る際に教えたんだけど、ちゃんと作ってくれたらしい。
蔦で編んだ籠状の球体に小枝をぎゅうぎゅう詰めにしたと言っていたな。構重くなったらしく、犬族の兵士が2人がかりで柵の西側に吊り下げたらしい。
油をたっぷりと染み込ませて火を点ければ、大きな火の玉が出来上がる。
数個を転がせば、結構おもしろいんじゃないかな。
「矢が足りないんじゃないかと、1千本を運んできました。ボルトも同じです。もっとも鏃の種類は統一されていないんですが」
「回収した矢ってことかな? 前に飛べば当たる程に押し寄せてくると思うよ」
「それは楽しみですね……」エルドさんの言葉に、集まって来た小隊長達が笑みを浮かべる。
いつの間にか揃ったようだな。
さてテーブルの地図を使って、小隊毎の配置を決めていく。
指揮所に弓兵を1個小隊配置したから待機所には2個分隊ほどの数にしかならない。場合によっては指揮所の弓兵を応援に向かわせねばなるまい。
「これで良いでしょう。トレムさんは山を迂回する魔族に注意してください。偵察部隊ならトレムさん達で十分でしょうけど、数が多い時には伝令を頼みます」
「たっぷりと山に罠を仕掛けてある。偵察部隊ならすぐに引き返すだろう。引き返さない時には応援を頼むぞ」
トレムさんが席を立って、俺に片手を振りながら指揮所を出て行った。
いつもと変わらぬ役目なんだが、一番の要所でもある。
レンジャー達は少し増えてはいるが、20名にも達しないからなあ。
エルドさんに顔を向けると、小さく頷いてくれた。クロスボウ民兵を1個分隊ほど派遣して貰えそうだ。
「俺は南の待機所で良いんだな。早めに向かうとしよう」
「南の城壁の空堀が尾根まで来ています。見張り台は来年になるでしょうが、結構な広場になってますから、きちんと柵が整っているか確認してください」
「了解だ。場合によっては俺達で作ることになりそうだな。柵は無理でも逆茂木ならそれほど時間は掛かるまい」
エルドさんも北の待機所に向かって行った。
残ったのはヴァイスさんとエニルだけだが、部下たちが気になるようだな。
しばらく指揮所にいたのだがやはり出て行ったしまった。
エニルは部下達のところだろうけど、ヴァイスさんは絶対に上の見張り台に行ったに違いない。
「先ほど爆弾と言っていたが、マーベル国の新兵器ということか?」
「原理は簡単なものですよ。とは言っても、いくつかの工夫がしてあります。これなんですけどね」
エルドさんから受け取った皮袋から、爆弾を1個取り出してテーブルに乗せる。
少し重くなったように思えるのは、気のせいかな?
「丸い物体だが、どのような効果が得られるのだ?」
「この紐の先に火を点けて投げると、爆発します。魔導士が放つ中級魔法の火炎弾に似た効果が得られますよ。最大の利点は火炎弾よりも遠くに飛ばすことが出来る事です」
フイフイ砲を使えば400ユーデほどにまで飛ばせるからなぁ。小型のカタパルトでも100ユーデ以上飛ばすことが出来る。投げて使うなら20ユーデというところだろう。だけど俺達は尾根の上だ。もっと遠くまで投げられるに違いない。
「エクドラル王国に融通して貰うことはできるか?」
「これが俺達の国に降ることになりかねません。出来兼ねる相談です」
「無理か……。中級魔法は私も見たことがある。だが、あれでは城壁の防衛に使えるだけであろう」
「それを前線で使おうと考えたのがブリガンディ王国です。魔族との戦で敗退続きとなれば、何とかして巻き返したいと思うのは理解できますが……」
「レオン殿の姉上の怪我はそれが原因らしいな。戦に勝っても、それでは魔導士が減るばかりだろう」
「魔導士はいても、彼らを指導する魔導師が減っては将来は明るくは無いでしょうね。姉上は二度と戦場に立たぬと言ってました」
戦場には立たなくとも、城壁には立ちそうだな。
前の戦が終わった後で、なぜ楼門に上げてくれなかったのかと、たっぷり姉上から説教されてしまった。
だけど、兄上だって俺と同じ気持ちに違いない。俺達がいるんだからね。後ろで負傷者の手当てをしてくれるだけでもありがたい。
「爆発……、と言うからには火薬を丸めて火を点けるだけではないのか?」
「それだと直ぐに爆発してしまいますよ。持っている人間も無事では済まないでしょう。試すのは自由ですけど、絶対に傍に人を近づけないでください」
それでも爆発は小規模だろうし、広い範囲に火の粉が飛び散るだけの筈だ。
火薬の適正な調合が行われていないのが不思議に思える。おかげで銃を撃った後のバレル内の掃除が大変だし、威力もそこそこだったからなぁ。
だけど、俺達の火薬は硝石の品質も向上しているし、最適な混合比率を見付けて作っている。
銃の威力も上がったし、何よりバレル内の掃除頻度が減らすことが出来た。
それに、ティーナさんが言うように、火薬を丸めたわけでは無い。銅製の筒内に火薬をきつく突き固め、それを樹脂で封印している。
火薬は密閉することで威力が増すし、何より湿気の影響を受けずに済む。
導火線も、火薬を塗した糸をより合わせて作った品だから、1度火が付けば消えることは無いし、同じ長さの導火線であれば燃焼時間は殆ど同じになる。
それらが出来て、ようやく爆弾として使えるのだ。




