E-134 どうやら大軍のようだ
槍を手に指揮所前の広場で待っていると、エニル達銃兵2個小隊がやって来た。その後に荷車を曳いてくる1団は民兵のクロスボウ兵達のようだ。
民兵は魔法の袋を持っていないから、予備のボルトや短槍、それに屯所で過ごすための毛布等が積み込まれているのだろう。
尾根まで荷揚げしないといけないのが面倒なんだよなあ……。
「魔族との事でしたが?」
「かなりの数らしい。とりあえず状況を見ないとね。ドワーフの連中も民兵と一緒なんだな」
「ガラハウ殿が数人を出してくれました」
ガラハウさんは此処に残ってくれるらしい。
尾根にはカタパルトがあるだけだから、ガラハウさんがいなくても何とかなりそうだ。
エニル達に直ぐに出発するように指示していると、ティーナさんが副官と一緒に馬を曳いてきた。
馬は1頭だけのようだ。さすがに尾根ではねぇ……。
「ユリアンを伝令に使ってくれ。西の村からでは距離がある。少年を走らせるのも気の毒だ」
「助かります。それでは俺達も出掛けますか。すでに部隊を出発させている最中です」
ティーナさん達は薄手の革の上下なんだが、しっかりと長剣を下げて俺よりも少し長めの槍を手に持っている。
チェーンメイルのような鎧は、幅広のベルトに下げている魔法の袋に入っているのだろう。
4人で歩き出したんだけど、直ぐにティーナさんがナナちゃんを馬の鞍に載せてくれた。ナナちゃんの歩く速度は俺達よりも遅いからね。
いつも元気に俺の前を歩いているんだけど、直ぐに疲れてしまう。遠くに行く時には荷車に載せて貰っているんだが、今回はエニル達が先行してしまっているからなあ。
「とりあえずは銃兵2個小隊、クロスボウ兵1個小隊ほどで様子を見ることにします。でも、レイニーさんの事ですから、1個中隊を明日には派遣してくれるでしょう」
「尾根の監視は1個小隊と聞いているが?」
「そうです。それにレンジャー達が数人ですね。今回のような異変があった場合には麓の村から1個小隊の民兵がクロスボウ兵として動員します」
「開拓民を民兵として使うということか……。だが魔族相手に戦えるのか?」
「操作は面倒ですし1射ごとに時間が掛かりますが、民兵には一番扱いやすい武器ですよ。弓ではそれなりの練習が必要です」
半日ほど歩くから、村に到着するのは日暮れになってしまうだろう。
ティーナさんと話をしながら、早歩きで先を急ぐ。
光球を入れるランタンを用意しているはずだけど、尾根の斜面は結構急だからなぁ。
九十九折の道は作ってはいるが、足元に注意しないと転げ落ちてしまいそうだ。
指揮所を出て1時間ほど経ったところで小休止を取る。
足の筋肉をほぐしながら、水筒の水を飲む。
「馬を使えばそれほど遠くとは思えなかったが、歩くとなるとやはり遠いな」
「荷馬車を使えば良いんでしょうが、道が整っていませんからね。課題の1つではあるんです」
即応部隊を迅速に移動するとなると、荷馬車10台では足りなさそうだ。
やはり歩くのが一番に思えるけど、数台用意して往復させるぐらいしか出来なさそうだな。
1個小隊の移動を念頭に少し考えてみるか。
2回目の小休止を終える頃には、夕暮れが始まっていた。
夕闇を西に歩いていくと、遠くに焚火が見える。
村の入り口に松明を掲げてくれたのかな? 村まではもう少しだ……。
村に到着すると、馬を門の警備兵に預けて村の通りを進んでいく。
まだ50世帯にはなっていないようだが、この村があることで尾根の守りが強化できる。
尾根に上る山道の門を警備している連中に、軽く手を上げて挨拶する。
初老に達した村人や少年達なんだけど、クロスボウを装備している。
尾根を抜けることがあっても、この村を蹂躙することは出来ないだろう。
真っ直ぐに登れば尾根に設けた指揮所までは500ユーデも無いんだが、九十九折りの道は長く感じる。
道が折れる場所は少し広くなっているから、斜面に松明が突きさして周囲を照らしているけれど、それ以外は真っ暗だ。
こんな道でもヴァイスさん達は見ることが出来るんだから、獣人族の能力は凄いものだと感心してしまう。
ランタンの明かりを頼りに、どうにか指揮所に辿り付いた。
すでに、小隊長達が集まっている。
ティーナさんを見て少し驚いているようだけど、トラ族の騎士だからなぁ。頼りにさせて貰おう。
テーブルに着くと、直ぐに熱いお茶が出てきた。ナナちゃんは指揮所の片隅にある素焼きのストーブで体を温めている。
尾根の地図はすでに広げてあるな……。待機所にはいくつかの駒が置かれているけど、分隊の駒を使っている。俺達が来て、どうにか1個中隊だからなぁ。
とりあえずは、これで急場をしのぐことになる。
「それで、状況は?」
「昼頃に、焚火の煙が北西方向に上がった。尾根の1つ先と2つ先になる。2つ先の方はかなり規模が大きかったな。尾根1つ先は3か所に煙が上がったが、魔族の姿は確認していない」
トレムさんがテーブルの地図に指先で概略位置を教えてくれた。
焚火の数が分からないほどの煙というのが気になるな。
「ここから、焚火の明かりが見えますか?」
「2つ先の谷全体が明るくなってます。いったいどれだけの魔族が終結しているのか……」
「半数を待機させて、残りは休ませてくれ。さすがにここで夜襲はしないだろう。明日の夜明けが心配だが、装備を付けても眠れるだろう」
「了解です。直ぐに伝令を走らせます」
明日の朝には、1個中隊の増援が来るはずだ。
急峻な尾根はそれだけで天然の要害ではあるんだが、敵の数が多ければ安心もしていられない。
パイプを取り出し、席を立ってストーブの焚き木で火を点ける。
相変わらず俺だけ面倒なんだよなぁ。皆は生活魔法で小さな炎を作ってパイプに火を点けているから、羨ましくなってしまう。
「斥候の姿も確認されていないんだな?」
「監視はネコ族の連中にお願いしてますから、今のところは心配ないかと」
「なら、ちょっと見て来るよ」
谷が明るいと言ってたからなあ。どんな光景なのか、一度見ておかねばなるまい。
指揮所の屋根は弓兵達の射点でもある。15ユーデ四方ほどあるから、東側にさらに背丈ほどの高さの見張り台を設けている。周囲を板で囲ってあるし、中に炭の入ったコンロを持ち込めばネコ族の連中だって、満足できるんじゃないかな。
擁壁に体を預けて、西を眺める。
直ぐ西の尾根が黒々と見えるけど、その先にぼんやりとした明りがあるのが、2つ先の谷ということなんだろう。かなりの規模だな。1個大隊を越えてるんじゃないか?
「凄い眺めだな……。あの軍団が南に向かうということか」
「まだ分かりませんよ。魔族にとっては、この共和国は目障りな存在です。直ぐ先の尾根の谷辺りにも何か所か明かりが見えますから、偵察部隊を先行させているようにも思えます」
「どれぐらいだと推定している?」
「およそ1個大隊……、あるいはそれを越えるのではないかと」
「震えが来るな。やはり大使役を拝命して正解だった。軍ではこれほどの数を相手には出来ないだろう」
ちらりとティーナさんを見ると、笑みを浮かべて西を見ている。
俺には人選ミスだとしか思えないんだけどなあ。
「偵察といっても、我等の小隊規模を越えるのだろう?」
「魔族の編成は、1個小隊が100体ですからねぇ。中隊で1千体。大隊では1万になります」
俺達は小隊でも40人だし、中隊でも200人を超えることが無い。
その上、俺達が戦えるように後方支援の部隊がいる。軍属の小母さんやドワーフ族の連中なんだけど、案外強いんだよね。
砦時代にも、エクドラさん達は弓を持って戦ったらしい。
だけど、本来の後方部隊はそんなことはしないはずだ。2個中隊が守る砦だったからだろうな。
「気を付けるべきはオーガということだったな?」
「オーガ対策は出来てますよ。それよりは数を頼りに力攻めを行うゴブリンの方が厄介な存在です」
「一番弱そうに思えるが?」
「弱さを数で補うということなんでしょうね。矢筒の矢がたちまち底を尽きますから」
ティーナさんの顔がだんだん崩れてくる。
とうとう笑い声を上げて西を見ているぞ。
「ハハハ……。やはり、ここは良いな。父上が聞いたら羨ましがるに違いない。少し規模を少なく報告せねば父上が単騎馳せてきそうだ」
一家揃って軍人ってことか。そうなると、母上も案外……。
「場合によっては母上も来るかもしれん。父上だけでやって来たなら、館内で長剣が振るわれかねん。兄上にはまだ荷が重いだろうなあ」
とんでもない一家だ。オリガン家の方がまだマシに思えるぞ。
だけど、ティーナさんはオリガン家に憧れているようにも思える。なぜ、武技をそれほど求めるんだろうと考えてしまうな。
「さて、そろそろ戻りましょう」
このままティーナさんが笑い続けていたら、監視兵達が気味が悪くなりそうだからね。
指揮所に戻ったティーナさんは、さすがに笑いを押えているんだけど笑みを浮かべたままなんだよなあ。
大使なんだから、こんなところには来ないで後方にいて欲しいところだ。
「見て来たよ。先ほどの報告通りだが、やはり1個大隊は超えていそうだ。矢とボルトはどれぐらいあるんだ?」
「矢の予備は500、ボルトは1千ほどです」
「エニル、持参した数は?」
「矢、ボルト共に1千本です」
弓兵達は矢筒に12本の矢を入れて、予備を矢筒1個分を持つから24本になる。クロスボウ兵はボルトケースに10本、予備が10本だ。どちらも1個小隊だから、960本に800本ということになる。
やはり白兵戦は避けられないな。
「白兵戦に備えてくれよ。全て一矢で葬っても半数が残ってしまう」
「槍を研いでおきます。エルド殿達が来るでしょうから、少しは矢の補充が出来るとは思うんですが」
爆弾もあるし、投石だって馬鹿には出来ない。
だが、矢不足には違いない。それにエニル達の銃弾は十数発分だろうからなぁ。
槍を訓練していると言っていたから、それなりに活躍してくれるだろう。




