E-133 心配事が現実に
秋の取入れが終わると、マーベル共和国最大のお祭りである収穫祭が行われる。
着飾った娘さんや若者が焚火の周りを踊るのを見て、ナナちゃんと一緒に輪に加わった。
焚火の反対側にヴァイスさん達の姿も見える。
賑やかなのが大好きだからなぁ。1周したところで輪を抜けたんだけど、俺の代わりに輪に入ってきたのはフレーンさんだった。
いつもの神官服だけど、気にせずに笑顔でナナちゃんと手を繋いで踊っている。
広場の周りには、有志の小母さん達が屋台を出している。
串焼きを1つ戴いて、ワインの入ったカップを手にベンチに腰を下ろした。
「今年も収穫を祝えましたね。向こうでガラハウさん達が手製のワインを配ってましたよ」
「ガラハウさんなら、配る以上に自分達が飲んでいるんだろうね。その光景が目に浮かびますよ」
隣に腰を下ろしエルドさんと一緒に笑い声を上げる。
戦などせずに、こうして楽しむことばかりが出来れば良いんだが……。
「それより、今年は音楽付きですね。楽器を使える者がいたんですか?」
「笛やラッパは買い込んだようですけど、太鼓や弦楽器は自作したらしいですよ。それにやはり素人集団ですからねぇ……。結構音が外れてます」
賑やかな音楽を提供してくれているだけで、俺には素晴らしく思えるんだけどねぇ。
音楽好きの耳で聞くと、いろいろと問題があるらしい。
だが、継続は力ということもあるし、努力は報われるに違いない。俺の場合は努力してもダメだったけど、音楽と武技は違うんじゃないかな。
「来年には、エルドさんも満足できるんじゃないですか? 何はともあれ、先ずはやってみることが大事ですからね」
「確かに……。そういう意味では、自発的な楽団結成は私達にとって良いことだと思いますよ」
2人で頑張っている楽団に、「「乾杯!」」とワインのカップを捧げる。
「最初はびっくりしましたけど、大使殿も色々と頑張っているようですね」
「トラ族の連中に交じって長剣の訓練は想定してたけど、まさか子供達の文字を教えるのを手伝ってくれるとは思いませんでした」
「この頃は、道で行き合うと大使殿に片手を上げて挨拶する住民も増えて来てます。やはり獣人族であるということに安心があるんでしょう」
「あの裏に、マーベル共和国の内偵が隠されているとしたら、かなり有能な人物に思えるんだけど……。どうやら、本人も人選ミスだと思っているところがあるからなぁ」
「獣人族は正直者ばかり、ましてやトラ族は義を重んじる種族ですからねぇ……」
2人で顔を見合わせて苦笑いを浮かべる。
やはり融和策ということになるんだろう。その意味でティーナさんを大使に選んだのは間違ってはいなかったということになる。
カップのワインを飲み終えたところで、踊りの輪からナナちゃんを回収して、指揮所へと戻る。
まだまだ騒ぎたいようだけど、子供は早く寝た方が良いはずだ。
でも、今でもネコ族の子供の姿をしているけど、ネコ族の子供であるならすでに成人を過ぎているはずだ。
精霊族であるケットシー族が、エルフ並みに大人になるのが遅いということを実感してしまう。
暖炉の火でポットのお茶を沸かして、パイプを楽しむ。
ナナちゃんはすでにベッドの中だ。夢の中で焚火を囲んで踊っているのかもしれないな。
テーブルの地図を眺めると、工事がかなり進んでいる。
すでに空堀は尾根に達しているし、尾根を東西に大きく削って切通のような崖まで作ってある。
道のようにも見えるが途中に柵が幾重にも作ってあるし、そのまま進めば、周囲を高い丸太塀で囲まれた広場に出るだけだからね。魔族が知らずに通ったなら大損害どころか全滅させることも出来るんじゃないか?
ここまで、何年掛ったのかな……。5年以上は過ぎているように思えるんだが、それほど経っているんだろうか? ほんの1、2年にも思えて仕方がない。
来年には、尾根の石垣も南端に達するだろう。南端に作る見張り台は、ガラハウさんが考えていると言っていたが、どんな代物になるのか楽しみだ。
ドワーフ族の見張り台と言っていたから、堅固な石壁になるんだろうけどね。
扉が開き、レイニーさんが帰って来た。
だいぶ顔が赤いけど、かなり飲んできたのかな?
ふらふらしながらも自分の部屋に入って行ったから、俺もそろそろ横になろう。
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「だいぶ寒くなってきましたね。エルド達は出掛けたんですか?」
「今年最後の砂金取りですからね。砂鉄もだいぶ取れたようですし、今回は魚の卵を得るのが主になると言ってましたよ」
「周囲の監視はヴァイス達が行うと言ってましたけど……」
ヴァイスさん達は、卵を取った残りの魚を美味しく頂くつもりなんだろうな。
食べきれない魚は軽く炙ってエクドラさん達に届けるということだから、魚切り身の入ったスープが数日後には頂けるに違いない。
この季節ならではのご馳走だ。干物の魚のスープはたまに出るんだけど、やはり地元産は美味しく思えてしまう。
「ティーナさんは西の尾根に向かったんですか?」
「ガイネルさんの部下と共に出掛けたようです。10日ほど状況を見てくると言ってましたが……」
まったく大使が最前線を見に行くんだから、感心してしまう。
指揮官室と副官室が尾根の指揮所にもあるから、その1つで寝泊まりすることになるんだろう。トラ族の連中が1個分隊程いるはずだから、それほど心配はいらないかな?
砂金も、以前のような採取方法ではあまり採れなくなったが、砂鉄を水流で流しながら比重選別をする過程で砂金が結構取れるらしい。
まだまだ砂金は採れ続けるだろう。もっとも、毎年の採取量が小袋で数個、金貨に換算して30枚程度だからなぁ。
無駄遣いをしないで将来に備えておかねばなるまい。
「たまに魔族の焚火の煙が見えるとトレム殿が言ってましたが、東に来ることは無いようです」
「油断はできませんよ。サドリナス領内が安定したなら、魔族への対応に主眼を置けます。魔族を南から押し上げるとなれば、東西に分散する可能性も出てきます」
それを防ぐ目的が尾根の南に作る砦なんだけど、オビールさんから伝わった話によるとようやく基礎工事が始まったところらしい。
どんな砦になるか分からないが、かなり堅固に築くつもりに違いない。
だが砦完成前に、魔族相手の戦をどのように進めるかによっては、案外早く魔族の進撃進路が東に変わりかねない。
周辺状を見据えて慎重に戦を行って欲しいところだな。
後半月もすれば初雪が降るんじゃないかと、昼食を終えて空を見上げる。
どんよりとした垂れ下がった雲が、北風で南へと流れていく。
どうにか今年も魔族の襲撃を受けずに終わりそうだ。
だいぶ南の城壁が西の尾根に近づいたから、来年には城壁も尾根に繋ぐことが出来るだろう。
広い原野が開拓を待っているんじゃないか?
原野のあちこちに小さな森が点在しているから、また切り株を掘り出すのに苦労しそうだけどね。
しばらく空を見上げていたが、やはり体が冷えてきた。
早めに指揮所に戻って、暖炉で温まろう。
指揮所には、レイニーさん達の外にティーナさん達も暖炉傍でお茶を飲んでいた。
女性達の中にずうずうしく入るわけにもいかないから、いつものテーブル席に座り、パイプを咥えながら地図を眺める。
やはり歩いて半日の距離はかなり広い。オリガン領には町が1つに村が2つあったけど、獣人族を保護しているから開拓村がいくつか出来たんじゃないかな。
来年も開拓を進めて、俺達の自給自足体制を築いていこう。
「さすがにこう寒くなっては戦にはなるまい。ブリガンディもあれから何も言ってこんし、魔族の方も街道から1日ほどの距離まで押し上げることが出来た。来春は奪われた砦の奪還が始まるとのことだ」
「それを少し心配してたんです。サドリナス領の西はエクドラル王国の本国ですから魔族に対しても十分な備えをしているでしょう。ですが、西はそうでもありません。東の川沿いに何度か魔族が南下していますから、マーベル共和国だけを見逃すとも思えないんです」
ティーナさんは楽天家でもある。物事全て前向きに考えるのはヴァイスさんに似たところがあるな。
多分、副官のユリアンさんは正反対の性格なんだろう。
そうでもないと2人で暴走してしまいそうだ。
パイプを楽しみながら、3人に俺の考える状況分析を説明する。
魔族への反攻作戦は王都周辺から行われるはずだ。魔族を北に追いやれば、それだけ東西に魔族が動きだしかねない。
西はエクドラル王国の本国だが、東は何もないからなぁ。だがサドリナス領で一番大きな港が南にはある。街道からかなり南だということだからと安心はできないだろう。
東に回り込んだ魔族を上手く退けられない時には、ブリガンディ王国が食指を伸ばすこともあり得るんじゃないか?
貿易港を占拠してしまえば、エクドラル王国としても奪回するのに苦労しそうだ。
「そうですね……。それを見据えての、あの提案だったということですか」
俺の説明を聞いて、レイニーさんが小さく呟いた。
「言われてみればその通り。私もあの提案はこの国を利する為だと思っていたのだが……。そこまで読むということか」
どうやら2人とも、かなり危険な時期にあることを理解してくれたようだ。
ここは雪がかなり降るけど、砦の建設場所はどれほど積もるのだろう? 場合によっては、簡単な丸太塀を早めに作っておいた方が良いのかもしれないな。
ナナちゃんが分けてくれたクッキーを食べながらお茶を頂く。
先ほどのおしゃべりがピタリと止んで、テーブル席にレイニーさん達が戻って来た。
俺がまだ地図を睨んでいるのが気になるのかな?
今のところ抜けは無いと思っているんだけど、ジッと眺めていれば何か気付くかもしれないと思って見ているだけなんだけど……。
ちょっと気まずい空気になってしまった。
他の話題を考えようとしていると、走ってくる足音が近づいて来るのに気が付いた。
地図から顔を放して扉を見る。
直ぐに、バタンと乱暴に扉が開かれ伝令の少年が飛び込んできた。
息を調えると、大声を上げる。
「西の尾根からの緊急連絡です。『尾根2つ先に煙が多数。1つ先の尾根に3つの焚火が見える』以上です!」
「ご苦労! ゆっくり休んでくれ。ナナちゃん外の伝令を呼んでくれないか」
ナナちゃんが直ぐに席から離れていく。
隣のレイニーさんに顔を向けると、俺に向かって大きく頷いた。
「『警戒態勢2』を発令します。レオンは至急尾根に向かって状況を確認してください」
「了解です!」
俺が席を立つと、ティーナさんが慌てて席を立つ。
「私も同行して構わぬか? 副官を連れていけば状況を馬で知らせることが出来るぞ」
「お願いできますか?」
「任せておけ、友好国の危機を座して見ていたとなれば、父上に叱責されるのがおちだからな」
「準備もあるでしょう。俺の部隊を集合させねばなりませんから、指揮所前に集合ということでお願いします」
ナナちゃんが少年達を連れてきたから、今度はエニルに完全武装で全員集合するように伝えて貰う。
俺とナナちゃんの準備は殆ど終わっているから、部屋から槍を持ってくるだけで済みそうだ。




