E-132 母家達の存在を知られてしまった
夏が過ぎ、秋分が早くもやってくる。
エディンさん達が荷馬車を連ねて訪ねてきたけど、エディンさん以外の商人達もやって来たようだ。
行商人はまだやっては来ないのはサドリナス領内の治安が良くなったためだろう。
俺達の国にも雑貨屋が2つもできたし、西の村には定期的に行商に向かっているようだから住民に不満はないようだな。
「荷馬車が15台とは……。それほどの商いになるということか」
「まだ15台ですよ。エクドラル王国内の交易は、その100倍を超えるでしょう。どうにか町の暮らしが出来つつあるという状況ですからね」
ティーナさんが頻繁に指揮所を訪ねてくる。
まあ、大使ということなんだから通常なら王宮に出入りして、貴族達との交流を深めるのが仕事なんだろうけどね。
共和国には貴族はいないから、ある意味行政府でもある指揮所に出入りすることになるんだろう。
午前中はガイネルさんの中隊に行って、トラ族の兵士と長剣の訓練をしていたらしい。
ガイネルさんが「良い講師が来てくれた!」と言っていたぐらいだから、トラ族軽装歩兵の長剣の技量が上がるかもしれないな。
「エルンゼの話では、かなりの食料を購入していると聞いているが開拓しても生産が乏しいということなのか?」
「開拓すればすぐに小麦やライ麦を育てられるわけではないんです。それに麦は畑を疲弊させますから毎年同じ場所に作れません。マーベル共和国への移住者は毎年のようにあります。住民を食べさせることに苦労してますよ。採掘した金や銅鉱石と食料を交換する交易はまだまだ続くことになるでしょうね」
「開拓現場を見せてもらっても良いだろうか?」
「案内させますが、今から出掛けますか?」
「そうだな……。ゆっくり見させてもらいたいから明日の昼食後にお願いしたい」
「了解です。開拓現場は西になるんですが、にその尾根に向かって進めている連中と、西の尾根周辺を開拓している連中の2つになります」
たぶん興味があるのは、西の尾根だろうけどあそこに行くとなると往復で1日掛かってしまいそうだ。
「案外退屈でしょう? ここは田舎も良いところですからね」
「長剣の腕も磨けるから問題はないぞ。それにここなら面倒な連中が来ないからな。エルンゼはお菓子作りが楽しめると言っていたが……、そうだ! 1つ教えて欲しい。エルンゼが食堂で人間族を見たと言っていた。人間族はレオン殿だけだと思っていたのだが、他にも何人か住んでいるのか?」
見られてしまったか……。
3人とも国作りには協力してもらっているからなぁ。その内に知られることだとは思っていたが、案外早かった。
「俺は、人間族ではなくハーフエルフのようです。神の恩寵ということなんでしょうけど、種族が変わってしまいました。エルンゼさんが食堂で見たという人間は、マリアンだと思います。俺の家族と一緒にブリガンディ王国より一時的に避難してきました。
オリガン領は、ブルガンディ王国と対立している状況ですので、負傷した姉上、それに母上が侍女のマリアンと一緒に暮らしています」
「オリガン家の御息女! 是非とも会いたいものだが……」
悪い人間ではないようだから、姉上に相談してみるか。エルンゼさんの趣味が御菓子作りならマリアンと案外仲良くできるかもしれないな。
「都合を聞いておきます。母上や姉上は魔導師ですから、長剣の話は出来ないと思いますよ。兄上なら俺を相手にしてくれるぐらいですから……」
「魔法の心得はあまりないのだが、まったくないわけでは無い。是非とも教えを受けたいものだ」
ちょっと意外な感じがしてしまった。
トラ族なら武技を誇る種族なんだけどなぁ。魔法はひ弱な種族が使うものというのがトラ族の人達の考え方にも思えていたんだが、どうやらブリガンディとエクドラルでは同じ種族でも少し考え方が異なるのかもしれない。
そんなことがあって、数日後に母上達の長屋にティーナさんと副官のユリアンさんを連れて訪ねることになった。
お菓子が食べられるかもしれないと思っているのか、ナナちゃんが嬉しそうに俺達の先を歩いていく。
母上の住む長屋に到着すると、ナナちゃんが振り返って俺に視線を向けてきた。
軽く手を振ると、大きく頷いて扉を叩いている。
直ぐに扉が開き、マリアンがナナちゃんを部屋に招き入れると俺達に頭を下げてくれた。
「お待ちしておりましたよ。どうぞ中へ」
「済まぬ。お邪魔するぞ」
ティーナさんの挨拶は、軍人だからかぶっきらぼうなんだよなぁ。もう少し女性らしい言葉がつかえないのかと考えてしまう。
部屋に入ると、椅子が少し増えている。
いつもは4つなんだが、今日は5つあるぞ。どこからか借りてきたんだろう。
ナナちゃんは、魔法の師匠である姉上の隣で、母上達と並んで立っている。
「オリガン家とブリガンディ王国の間で何度か小競り合いがありましたので、レオンを頼って避難しておりますエミリア・オリガンです。隣は長女のライズベル。外に侍女のマリアンがおります」
「エクドラル王国のティーナ・オルバスという。隣は副官のユリアン・アーネスト、侍女を1人連れて来ているが、さすがに侍女を連れて来ることは出来ぬ。エルンゼという名のネコ族だ」
「どうぞ、お座り下さい。今冷たい物をご用意いたします」
とりあえずは互いの境遇を話題に話が始まる。
たまに俺の話が出るんだが、いかにオリガン家らしくないか心配していたようだ。
「長剣がダメなら、魔法ということもあるのですが……。まるで魔法が使えないんですから、将来が心配でした」
「生活魔法ですら、魔道具を頼っているんですよ。母上と兄上は訓練すれば上達するのではないかと話していましたけど」
「だが、この共和国での重鎮に間違いない。サドリナス領の総督であるアドリナス王子殿下でさえ、レオン殿を傍に置きたいと言われているぐらいだ」
「そこまでの能力は無いですよ。それに元来が怠け者と来てますからね。俺には王宮勤めは無理です」
「小さい頃から、大きくなったらレンジャーになるんだと言ってたわね。確かに弓は名人といっても良いでしょうけど、やはり長剣の腕が欲しいわね」
姉上は俺の小さい頃の願望を覚えていてくれたようだ。
自分が暮らして行けるだけの狩りをして暮らせるなら、どんなに気が楽だろう。
大型の獣は無理でも、野ウサギぐらいなら俺にでも狩れるからね。武技が全くダメでも、弓で獣を狩るぐらいなら俺にでも出来ると思っていたからなあ……。
「長剣2級と聞いていたが、弓の腕は聞いていなかった……。姉上が名人と呼ぶなら軍でも十分に活躍できるだろう」
「それで、辺境の砦に志願したんです。辺境で数年の実績があれば、それなりに認められそうですから」
たまに練習をしているんだが、俺の場合はズルをしているようなところがあるからなあ。狙った的を外すことは無い。だが練習をさぼると腕の筋力が直ぐに落ちてしまう。
俺の練習は矢を的に当てることではなく、弓を引く筋力を維持するために行うようなものだ。
「魔族相手に12本を放って、全て絶命させたにゃ」
「そういうナナちゃんだって魔族の喉に何本も当てていたじゃないか」
ナナちゃんが兵士用の弓が引けるなら、素晴らしい働きをするに違いない。
今でも子供用の弓を使っているから、十数ユーデ先の敵を狙うよう常に言い聞かせているんだよなあ。
「ほう! ナナ殿もそれなりか。なら明日は是非とも腕を見せて欲しいところだ」
「恥ずかしくないようにしないといけませんね」
俺の言葉に笑みを浮かべる。
ひょっとして、ティーナさんは弓もそれなりに使えるってことかな?
マリアンお手製のクッキーを頂きながら、話が弾む。
母上も久しぶりの貴族の令嬢ということで、嬉しそうな表情をしているんだけど、ティーナさんは騎士なんだよなぁ。
そんな話の中で、エクドラル王国の中には、ネコ族の騎馬兵がいると話してくれた。
ヴァイスさんが馬に乗って弓を射る光景が一瞬脳裏に浮かんだけれど、それって少し無理に思えるなぁ。ネコ族は小柄だからね。馬に乗るだけでも大変なんじゃないかな?
「ボニールという種類の馬がいるのだ。成体でも仔馬より少し大きいだけだから、ネコ族はそれに乗って弓を射るのだ。一撃離脱で矢を降らせるから、我等騎兵にとっては得難い戦友でもある」
「その馬は足が速いだけなんですか?」
「案外力もあるぞ。ロバではなくボニールを使って荷車を曳かせる行商人もいるのだからなあ」
行商の荷車を曳けるなら結構力があるんじゃないか?
馬とロバの中間的な使い方が出来るということかもしれない。西の尾根の指揮所で魔族の動きを確認しても、ここまで来るには3時間ほどかかってしまうからなぁ。
ボニールを何頭か手に入れて、伝令の少年達に使ってもらおうか。
「ティーナさんの伝手で数頭手に入りませんか? もちろん馬具込みの話ですけど」
「それぐらいは容易いことだ。色々と迷惑を掛けていることだから、私の名で頼んでみよう」
これで、情報伝達の速度が速まるかもしれない。馬に乗れない時には農耕馬として活躍して貰おう。小さな鋤なら曳けるんじゃないか。
ティーナさんは姉上と案外話が合うようだ。
礼拝所近くの小さな集会場で子供達に読み書きを教えていると聞いて、直ぐに見学を申し出ている。
「私も子供達なら教えることが出来そうだ。だが、教科書はどこで手に入れているのだ?」
「文字の読み書きだけです。それと簡単な計算を教えています。それだけできれば将来困ることは無いでしょう」
「帳簿塀の中には全くできないものも多いのだ。それだけ子供に仕事をやらせているのが王国を支える底辺の民衆だと思うと、情けなくなる時がある」
誰でも入学できる学校が無いということなんだろう。
ブリガンディ王国にしても、王侯貴族や裕福層は家庭教師を雇うし、教会の神官が定期的に子供達を集めて、読み書きを教えている。
だが教会に通える子供達は半数以下にもならないだろう。多くは親の手伝いをしているからね。
成人しても、読み書きが出来なければ良い就職先がみつからないと言われているけど、それを無くそうとするのは中々難しだろう。子供の労働力さえも貧しい住民には重要な収入源になっているのが現状だ。
だからこそマーベル共和国では、子供達全員に読み書きを教えている。
それに、教育は国家防衛にも役立つに違いない。




