E-131 大使はトラ族の女性軍人
「エクドラル王国サドリナス領防衛軍第二大隊付きのティーナ・オルバス。アドリナス王子殿下のよりマーベル共和国大使を任じられ、ただいま着任いたしました。隣は副官のユリアン、右が私の侍女エルンゼです」
騎士の1人が俺達に1歩足を踏み出し、きれいな騎士の礼をしたのちに大声で口上を述べてくれた。
生粋の軍人ってことかな?
美人なんだけど、将来の旦那さんも軍人でないと大変だろうな。
「よくいらっしゃいました。隣が共和国の大統領、レイニー殿です。俺は副官のレオン・デラ・オリガン。右は従者のナナです」
「長旅で疲れたでしょう。どうぞお座りください。見ての通りの田舎ですから、あまり歓待はできませんが、夕食後に共和国の主だった人物との歓談の場を設けるつもりです」
ティーナさんが再度騎士の礼をすると、ゆっくりと席に座る。俺達も合わせるようにして腰を下ろすと、少し遅れてティーナさんの後ろの2人が椅子についてくれた。
頃合いを見計らって、エニルが冷たいお茶を運んでくれた。この季節はやはり冷たいお茶が一番だな。
「まさか、軍人だとは思いませんでした」
「私も大使を任されるとは思いませんでした。マーベル共和国で魔族との戦を学べとの言葉を父上より言いつかりましたので、機会があれば助力するつもりです」
トラ族の娘さんだからなぁ。きっと俺より強いに違いない。
それを考えると西の尾根の守りになるんだろうが、頑張り過ぎて怪我でもされても困ってしまう。
ここはガイネルさんに助けてもらおう。同じトラ族だからティーナさんも安心できるに違いない。
「さすがに長屋とはいきませんから、いくらかマシなところに住んで頂きます」
「いや、それには及びません。戦ではテント暮らしがつきもの。館ではなく長屋で十分。それでも過ぎた住まいと言えます」
思わずレイニーさんと顔を見合わせてしまった。良いのかな?
後でエニルに案内させれば良いだろう。3人が顔を見合わせるようなら迎賓館に案内すれば良い。
「マーベル共和国は、魔族と周辺の王国軍との戦に備えて防備を固めている最中です。エクドラル王国軍とは1戦しておりますが、アドリナス王子殿自らがこの地を訪れ、我等と国交を結んでくれましたので、現在はブリガンディ王国軍と敵対している最中になります」
「先の戦の話は軍議で何度も聞かされました。さすがはオリガン家の身内が守る砦であると皆が頷いておりましたが、レオン殿を見る限り私でも相手に出来るように思えてなりません」
正しくその通りだ。噂で判断は難しいが自分の目で見た判断は案外正しいからね。
試合を申し込まれたら、全力で拒否しよう。
やはりトラ族の娘さんだけのことはあるな。大使よりも前線指揮官にすべきだと思うぞ。
「最初の一撃で俺の長剣が空に舞うでしょう。ブリガンディ王国での技量は長剣2級ですからね。幼少より父上や兄上から手ほどきを受けたのですが……、才能のない者は努力しても伸びることはありませんでした」
俺の言葉にティーナさんが目を丸くしている。
オリガン家という言葉が先行しているみたいだな。それだけ先祖達の活躍は周辺諸国に知れ渡っているということなんだろうけど、その家名を背中に背負っている俺の立場が無いんだよなぁ。
「代々に渡って長剣S級を誇ると聞いていたのですが……」
「兄上は長剣S級ですよ。その兄上が長く俺を指導してくれても、延びることはありませんでした。成人して『デラ』を頂きましたが、兄上を手助けできるだけの技量が無いことを恥じ入るばかりです」
「だが、3個大隊近い軍勢を退けたことは確か。長剣だけを誇る家系では無いことを我等は知ることができました」
やはり、俺達を探ることが目的なんだろう。だけど、獣人族の中では一番その役に適さない種族を選んだことになるのかな。
トラ族は勇猛果敢で信義に厚い種族だ。内偵するなら何にでも興味を持つネコ族辺りが一番だと思うんだけどなぁ。
パイプを取り出してティーナさんに見せると、軽く頷いてくれた。
一服を始めると、レイニーさんがエニルにネコ族のエルンゼさんに住まいを確認してもらうように指示を出した。2人が出て行ったところで雑談を続ける。
先の戦にティーナさんも参加したかったようだけど、父上に反対されたらしい。
ブリガンディとの話し合いで、どうも腑に落ちないことがあったようだ。
「領土の話し合いを終えた後に、改めてサドリナス領の北にこの国があることを我等に告げるのを不審に感じたらしい。そこまでして、欲しがる国なのかと。敗退して商会、それにレンジャーギルドと話し合うことでブリガンディの意図が分かったと言っていたぞ。金に銅、それに鉄が産出する国であるとな」
「銅はともかく、金は先細りですよ。鉄は自分達で使うぐらいの量ですね。ともあれ俺達がこの地で暮らせるのはこの地にやって来た早い段階で砂金を採掘できたからではあるんですが」
軍人にしては丁寧な言い方をしていると思っていたのだが、やはり付け焼刃だったようでだんだんと軍人の口調になって来た。
俺達も、元を正せば軍人だから別に気にはならない。
興味深く俺の話を聞いているけど、果たしてどこまで共和国の状況を教えて良い物やら……。楼門や城壁に設けているフイフイ砲やカタパルトは布を被せたままだから、しばらくはそのままにしておこう。
「砂金なのか……。金山があると思っていたのだが」
「鉱山は銅だけです。鉄は川から採るんですが、まあ、砂金の副産物のような感じですね。砂金が採れなくなっても鉄は長く採れるでしょう」
「鉄鉱石が川に転がっていると?」
「それなら良いんですけどね。けっこう手間を掛けて採っていますが、ドワーフ族には喜んで貰ってます」
ガラハウさんが絶賛していたからなぁ。
鉄の質がかなり良いとの事だ。俺の別の記憶では鋼という言葉になるらしいのだが、鉄に種類があるとは知らなかったな。
「エクドラルの王都には大規模な製鉄所があるのだが、この国に買ってもらうことは出来ぬようだな」
「先の戦でだいぶ武具を手に入れましたから、しばらくは鉄を購入しなくとも問題は無いでしょう。鍛冶屋も出来ましたので農具に打ち直して貰っています」
武具を農具に変えるという言葉に、ちょっと驚いているようだ。
槍や片手剣なら研ぎなおして民兵達に装備させられるけど、鎧や兜、それに長剣は使わないのが俺達の兵装だ。強いて言うならガイネルさん達、元重装歩兵の連中だ。ガイネルさん達も長剣は持ってはいるけど、防衛戦は短槍が一番だと言っているぐらいだから今の長剣を変えることは無いんじゃないかな。
「長剣は使わんのか?」
「魔族相手なら、長剣より短槍の方が有効です。投げて使うことだってできますから。それに鏃は鉄ではなく青銅を使っています。錆には強いですし、魔族の鎧も貫通できます。とは言っても、戦で回収できた鏃は研ぎなおして使ってますよ。その中には鉄の鏃もかなり混じっているはずです」
苦笑いをしているのは、かなりの矢を俺達が戦で手に入れたと思っての事だろう。
だけど、回収してそのまま使える矢は三分の一ほどだ。残りは多少に修理が必要になってしまう。
「魔族の矢も回収すると?」
「こちらに放ってくれたんですから、御返ししないといけません」
俺の冗談に、笑みを浮かべてくれた。
少しは緊張が解れたかな。
俺達の暮らしについてしばらく雑談をしていると、エニルとエルンゼさんが戻って来た。長屋と迎賓館の両方に行ったはずなんだが……。さて、どちらを選ぶんだろう。
エルンゼさんがティーナさんに小声で耳打ちしているんだけど、ティーナさんは俺達に顔を向けて小さく頷いている。表情が変わらないのは、予想していた通りということなんだろう。
アドリナス王子は迎賓館に二泊しているから、俺達が迎賓館と言っているログハウスがどんなものかぐらいは聞いているに違いない。
「レオン殿。我等の宿舎だが、長屋で十分だ。小さなリビングに2つの部屋なら、3人で生活するには十分に思える。それで食事だが、この国の3つの食堂で住民は食事を取るとのこと。我等も食堂を使わせて貰って構わぬか? もちろん食事代は負担するつもりだ」
「それほど良い食事ではありません。食事代は結構です。御口に合わない場合には、自炊して頂けると助かります」
「さすがにタダで食事は出来ん。友好の証として持参した品以外に、ワインを毎月1タルを治めることにしたい。それで足りるかな?」
思わずレイニーさんと顔を見合わせてしまった。
ワイン1樽と言えば銀貨10枚になるんじゃないか? 俺達の食事代なんて毎月銀貨1枚にも達しないはずだ。
「さすがにそれは、不当な代金と思えるのですが?」
「足りぬか?」
「いや、倍以上の報酬になると思います」
「なら問題はあるまい。今月分は、ギルドを通して直ぐに持ってこさせるつもりだ」
一方的に、決められてしまった。
軍人だから、集団で食事を取るのに慣れているのかな?
エルンゼさんなら食事位作れるだろうけど、エルンゼさんになるべく楽をさせたいのかもしれない。
もしそんな配慮を考えたなら、少女時代に散々エルンゼさんを困らせていたに違いない。
「さて、それではこれで失礼する。夕食後は何時頃出頭すればよいだろう?」
「使いを出しますから、それまではごゆっくりお過ごしください。食堂は鐘の合図で始まるのですが、最初は混んでいますから今夜は俺達と一緒に行きましょう。頃合いを見て訪ねることにします」
「済まぬが、それでお願いしたい。それでは、後程……」
3人が席を立って、指揮所を出て行った。
大使らしからぬ大使だな。軍隊から無理やり連れだした感じだ。
レイニーさんが俺に顔を向けて溜息を吐いている。
緊張してたのかな? だけど軍人同志、案外付き合いやすいかもしれない。
「やはり、我々の偵察ということでしょうか?」
「それ以外の何物でもないと思います。でも彼女を通してエクドラル王国の情報を得ることも可能です。それに商人達もエディンさん以外にやって来るかもしれません。マーベル共和国に出入りするのはエディンさんやオビールさん以外は獣人族だけになるでしょうから、今まで以上に情報を得ることも出来るでしょう」
城壁の内に籠ることだけを考えては駄目だ。それでは共和国の発展が止まってしまうに違いない。
それに、技術の発展はある日突然にやってくるからなぁ。
取り残されるようでは、共和国の存亡にも繋がりかねない。




