E-128 親書が2つ
レイニーさんから手渡された書状に、軽く頭を下げて開いた。
読みだして、直ぐにレイニーさんが驚いたわけが理解できた。
まるで他の王国に宛てた親書そのものじゃないか!
美辞麗句が少ないのは対等であるとの意思表示かもしれないな。
俺達の名前が分からないから、宛先はマーベル国最高責任者殿となっているのが面白いところだな。
対等であるとの明言をした後に、国交の樹立を願っているのが先ほどとの大きな違いだ。
関税の撤廃と商人の出入り自由、そして魔族討伐軍に対する有償補給等の条件が付くが、これならそれほど問題はあるまい。
あるとするなら、魔族討伐軍という言葉と、補給内容について確認するぐらいで十分に思える。
「なるほど……。先ほどとはだいぶ異なりますね。最初からこちらを出していただけたらと思います」
「私もそうは思ったんだが、有能な貴族の意見も聞かねばならない立場でもあるからなぁ。ある意味、試してみたかったんだけど、……合格だよ。自国の将来をそこまで考えているのなら、長い付き合いをしても問題は無いだろうね。エクドラル王国から引き連れてきた戦力は3個大隊。サドリナス王国との争いと先の戦で今では2個大隊にも満たない。レオン殿の采配で戦を仕掛けられたなら、せっかく手に入れた領土を手放すことになってしまいそうだ」
苦笑いを浮かべながら王子の話を聞いていた俺に、騎士が問いかけてきた。
「もし、先程の書状だけで我等が押し通したなら、レオン殿はどのように戦を始めようと為されたか……。私も中隊を率いる身であれば、ご教授して頂くわけにはいきませんか?」
先ほどとだいぶ態度が変わったぞ。演技だったのかな?
とはいえ、再び態度が変わらないとも限らない。テーブルの下の釘はそのままにしておこう。
「誤解があるかもしれませんが、オリガン家は武門の家柄です。兄上や姉上なら大軍を目の前にしても落ち着いて兵を動かせるでしょう。ですが俺の場合は、風評通りの落ちこぼれ、長剣はブリガンディ王国の検定で2級ですからね。そんな男が大軍を相手にするとなれば、命が惜しいですから正面でぶつかるようなことにはなりません。先ほど考えていたのは、魔族を誘導してエクドラル王国軍にぶつけることです」
今度は王子が苦笑いを浮かべて俺を見てるんだけど、貴族と騎士は絶句して顔を青くしている。
「そうなったら、なすすべが無さそうだね。魔族1個大隊をエクドラル軍は跳ね返せるかな?」
「何とか王都を守れるでしょうが……。その後の対応が難しく思われます」
「王都だけではありませんぞ! 周辺の町や村が襲われますから税収が落ちて施しが増えることになります。本国に援助を乞えば王子の評判が落ちかねません」
「私の評判はどうでも良いけど、民衆が路頭に迷うには避けたいね。となると、やはり父王陛下の書状は役に立ったということになる……」
部下を冷ややかに見ていた王子が、俺に顔を向けてきた。
先ほどの表情とはまるで違って真剣な目で俺を見ている。
「こちらの要求は、その書状通りとしたい。私は争いを好まない。それよりは民が働く姿や子供達の笑みを見ている方が楽しい。その内容で、手を握ってくれるとありがたいのだが」
「2つ確認したいところです。1つは、魔族討伐軍。2つ目は有償での補給。ご説明願えませんか?」
「魔族討伐軍とは、旧サドリナス王国軍の残存兵士とエクドラル王国軍で作る部隊だ。エクドラル王国軍はエクドラル領内で生まれた者だけが成ることが出来る。そういうことで名称を変えることにしたのだが、規模は1個大隊となる。街道の北を遊弋しながら魔族を迎撃することが任務と言える」
構想的には問題は無いだろう。とは言っても拠点が欲しいところだ。
「補給は、飼葉と食料それに嗜好品となる。商人に頼んであらかじめ用意させておくので、それを出して貰えれば良いだろう。ここから略奪しようという考えは持っておらんぞ」
エクドラル国王の書状の内容は、あらかじめ知っていたのだろう。俺の問いに、騎士が即答してくれた。
有償と言うからには、俺達から買い込むことを考えていると思ったんだが、用意した品に不足がある時の用心ということらしい。
不足分は町で手に入れる値段の2割増しで狩ってくれるとの事だから、それほど問題にはならないだろう。在庫を少し増やすぐらいで十分かもしれないな。
「街道の北に目を付けたのはさすがだと思います。かつては何か所か砦があったようですから、それを魔族討伐軍の拠点として使えるでしょう。ところで、俺から1つ提案があるんですが、聞いて頂けますか?」
「提案はありがたい話です。先ずは相手の言うことを良く聞くことだと、父王よりいつも聞かされているぐらいです」
王子の言葉を聞いて、ナナちゃんに用意していたマーベル共和国の地図を広げて貰った。
さすがにこの辺りの地図は無いだろうから、興味深々に眺めている。
「この囲いがマーデル王国ということになります。とはいえ将来は城壁の南も開墾したいところですから、版図は少し大きいと考えて頂ければ幸いです。この地図にあるこの尾根に俺達は石垣を組んでいます。魔族への備えですね。一度魔族と矛を交えましたが急峻な尾根が俺達に味方をしてくれました。この終えの1つ西の先にある谷は毎年のように魔族の焚火の煙が上がっています……」
魔族対策は、治政の基本ともなるからな。王子達が席を立って地図を眺めながら俺の話を聞いている。
「この位置に、砦を作って頂きたい。もし、エクドラル王国で砦を作ることが難しいのであれば、俺達がここに砦を作ることを許可願いたいというのが、俺からの提案になります」
「この位置に砦を作るとなると……」
騎士が難しい顔をしているけど、俺に顔を向けた王子の表情には笑みが浮かんでいる。
「さすがにこの位置にマーベル国が砦を作るのは考えてしまいます。やはり私達が作るべきでしょう。砦の狙いは、魔族の襲撃方向を変えることにあるようですね」
兄上と変わらない年齢に見えるけど、その戦略眼はかなりなものだ。
俺の狙いを正確に理解している。
気を付けないと、マーベル共和国がいつの間にかエクドラル王国に飲み込まれてしまいそうだ。
「さすがですね。となれば、それによる効果も推定できるでしょう?」
「王都にいる難民への開拓事業への参加。それは穀倉地帯の拡大に繋がり、貧困からの脱出、そして商取引の拡大と繋がるということですか……。それほど、大きな砦を作らなくとも済むでしょう。2個中隊規模の守備隊で十分に思えます。それに、この位置であるなら魔族討伐軍の拠点としても使えますね」
「その位置に砦を作るだけで、それほどの効果があると?」
「ありますよ。やはり地図は必要ですね。軍の方に頼んでください。私としては、この位置よりも、少し西に作りたいですがレオン殿はそれでも満足頂けますか?」
王子が指先で示した位置は、西の尾根の1つ先の尾根の南端だ。
目の付け所はさすがと言いたいところだが、西の尾根の南端に作る見張り台から魔族の動きを監視できるかが問題になりそうだ。それと、連絡手段についても考えねばなるまい。
「この位置を提案したのは、マーベル共和国の制南端に見張り台を設ける予定だからです。魔族の動きをいち早く確認できますから、新たに作る砦に狼煙を使うことで知らせることが出来ると考えました」
「連携するということですか……。確かに、有効ですね。……マーベル国の提案は、私達にとっても利があることですから、基本的に受け入れることにします。とはいえ、位置については少し考えさせてください」
「了解です。俺達もまだ見張り台を築いてはおりませんから、今後の方策の1つとして考えて頂けるとありがたいです」
これで、マーベル共和国はエクドラル王国が承認したということになる。
さすがに大使の交換はできないけど、商人達やレンジャーが大勢やってくるんじゃないかな。
ギルドにはレンジャーの数を制限して貰うことになっているが、何時までも続けることは出来ないだろう。
状況を見ながら、少しずつ枠を広げて行き、西の尾根の南に砦が出来た段階で枠を撤去すれば良さそうだ。
そのころには、この町の店も充実するに違いない。
「ところで、我等の大型クロスボウを破壊した兵器を開示して貰うわけにはいくまいか?」
2杯目のワインが配られて雑談に興じていた時に、騎士が真剣な表情で俺に問いかけてきた。
やはり通常兵器とは異なると考えたようだ。
効果は中級魔法の火炎弾の炸裂と言ったところだが、魔法で作る火炎弾は飛距離が30ユーデ程らしいからなぁ。それに大きな火の玉が飛んでいくから、直ぐにそれと分かってしまう。
「無理です。あの兵器を作ったからこそ、魔族の勢力下に建国できたようなものですからね。万が一、同じ兵器をエクドラル王国が持った場合は、この国が亡ぶ可能性が出てきます」
「バクレム、あまり無理は言わんほうが良い。それだけの知恵を持っている人物がこの国にいるということが分かれば、それなりの付き合いが出来る。それに、レオン殿は覇王を目指すつもりは無いようだ」
「ですが……」
食い下がろうと口を開こうとしたけど、押し留まったようだ。
エクドラル王国がさらに領土拡大を望むなら、確かに有効な兵器だろう。城壁内にフイフイ砲を使って爆弾を投げ入れていけば、無理に攻め込まずとも軍門に下るに違いない。
だが、エクドラル王国内で技術を独占できるだろうか?
そんな兵器を使えば技術がたちまち拡散しかねない。
防衛戦で使うなら、技術の拡散をある程度遅らせることも出来るだろう。
いずれは拡散してしまう技術だが、今すぐに技術提供を行うのは考えものだ。
「ところで、共和国という意味合いを教えていただけますか。初めて聞く言葉でもありますので」
問いかけてきたのは護民官だった。
まだ若い女性だから、その能力をこの地で発揮してもらうつもりなのだろう。
「そうですねぇ……。一言で言うなら、国王のいない統治国ということでしょうか。俺達が俺達による俺達の為の国を作りましたから、共和国には国王や貴族はおりません。俺もブリガンディでは貴族の末端となるようですが、ここでは皆と同じ民衆の1人になります。さすがに国家を代表する人物がいないと問題ですから、隣のレイニーさんが大統領、すなわち共和国の最高責任者になって頂きました。とはいえ、終身大統領でいることはありません。共和国の誰もが最高責任者になる資格はありますから、周辺状況が安定したならば住民による投票で次の大統領を選出するつもりです」
「民衆を纏められるなら、誰もが国王と同じ権力を持てると?」
「さすがに、そこまで任せることは出来ません。そんなことをすれば、任期期間中に、自分を終身大統領に任じることが可能ですからね。そのために、国王の持つ大きな権力を3つに分割してあります。治政、立法、司法の3つです。これを独立させておくなら、独裁にはならないでしょう」
ポカンとした表情を浮かべているのは、あまりにも異質な政治だと思っているのだろうか?
王侯貴族による政治よりは、遥かに先進的だと思っているんだけどなぁ……。




