E-125 店が増えるぞ
夏至にエディンさん達が荷馬車を連ねて訪ねて来た。
かなりの人数を連れてきたと思っていたら、ギルドの支店の関係者と肉屋と鍛冶屋の家族が一緒だったようだ。さすがに問屋は俺達で運営することになるかもしれないが、とりあえずは新たな店を作れそうだな。
店となるログハウスはどうにか外側が出来たところだ。内装はこれからだと聞いているから、自分達の好みに変えることも出来るだろう。
ギルド支店についてはトレムさんから色々と教えて貰ったらしく、ログハウスだが中は町のギルド並みに仕上がっている。
馬車の列が食堂に向かって行くのを見送ったエディンさん達が指揮所へとやって来た。
いつものようにお茶を飲みながら、話を始める。
「今回は6家族の32人を連れてまいりました。火薬を大量に使ったと聞きましたから、3袋を用意しましたぞ。カートリッジも500個を運んできました」
「ありがとうございます。肥料の方も大丈夫でしょうか? 昨年は豊作でしたから、今年も期待してはいるんですが」
「抜かりはありませんよ。上等な品を海の向こうで見つけました」
これで火薬の目途は立った。
鉄は自分達で消費してる状況だから、銅の地金と食料それにワインが主な取引になる。
「ところで、問屋を始めるとか。私共のところから店員を出したいと思っているのですが」
「獣人族であるなら是非ともお願いします。現在はエクドラさんに任せているんですが、かなり大変な作業になっているようですので」
「それが出来れば十分に商人として通用するでしょう。2家族を送りたいと思います。魔法の袋の木箱版を使えばギルドとの調整も出来ます。定期便を近くの町から往復させることも彼らに任せられるでしょう」
エディンさんの言葉に頭を下げる。
エクドラさんも少しは負担が減るだろう。
「店の様子を見て来ませんと」と言い残してエディンさんは指揮所を出て行ったけど、腰を上げる前に革袋を2つ取り出して、俺達の前に置いてくれた。
前回オビールさんに託した砂金を両替した銀貨と銅貨に違いない。金貨よりは銀貨で、とお願いしたから袋がだいぶ大きくなっているんだよなぁ。
「エクドラル王国の使者は俺が案内してくる。サドリナス領の統治を任されたエクドラル王国の第2王子夫妻と腹心の貴族達だ」
「王族自らがやってくるんですか?」
レイニーさんが驚いて目を見開いている。
第2王子ともなれば、王位継承権の2番目の筈だ。そんな人物がこんな場所にやって来るとはなぁ。しかも警護は1個小隊だけと言っているのも考えてしまうところだ。
「ブリガンディや旧サドリナス王国では考えられないことだが、エクドラル王国は少し違うようだな。俺も最初は驚いたぐらいだ」
「自分の目で見て判断するというのは尊敬できますが、場合によっては自重することも考えて欲しいところですね」
互いに苦笑いを浮かべてしまう。
護衛を多く同行させないということだから、部下を信用しないというわけでもなさそうなんだが、征服地でそれをやることが果たして良いことだとは限らないんじゃないかな。
「王族が宿泊するような宿ではないことを、最初にしっかりと伝えてくださいよ。この地を見れば少しは理解してくれるとは思いますが」
「馬車での寝泊まりをしてくるぐらいだからな。あの迎賓館なら問題はあるまい。エディン殿も、その辺りの話をしているはずだ」
そこまでしてやって来るというのであれば、やはりこの地に興味があるということなんだろう。
マーベル共和国の資源が欲しいだけなら、部下を派遣するだけで十分なはずだ。
「10日後ですね。となるとオビールさんは途中で合流ですか?」
「エディン殿に教えて貰った渡河地点辺りで待つつもりだ。エディン殿はその先の村で出迎えると言っていたな。俺達がいなくとも荷馬車の轍が道になっているから迷うことは無いだろう。だが魔族の動きだす季節でもある。レンジャーが同行した方が間違いは無さそうだ」
「エディンさんの好意ということですか」
笑みを浮かべて頷いている。
これもレンジャーへの依頼となっているのだろう。
オビールさん達が一緒なら、周辺の偵察もこなしながらの道案内となるんだろう。案内人としてはこれ以上の人材は望めないだろうな。
「そういうことで、俺達は明日には帰ることになるはずだ。行商人達が同行するのは、早くとも来年になるだろうな」
「行商人の荷車を買い込みましたから、西の村やこの町の中を巡回させてますよ。商品はオビールさん達が運んでくれますので、住民の不満はありません」
「そういえば、そんな話があったな。細々した品が多かったのはそういうわけだったのか」
これからは問屋と定期便が出来るからオビールさんの荷物運びは少し減るかもしれないな。
オビールさん達も、レンジャーの本来の仕事に戻ることが多くなりそうだ。
「昔のような暮らしに戻れると良いんですけどね」
「少しは譲歩してやったらどうだ?」
「せいぜい魔族に対する抑止というところでしょう。南西の尾根の先に砦が出来れば、マーベル共和国の南は開拓者で賑わうんじゃないですか」
2個中隊を越える部隊が砦を拠点に活動するなら、開拓民も安心して新たな畑を作れるに違いない。
旧サドリナス王国は魔族との戦で配線続きだったからなぁ。街道の安全な通行だって、現状では怪しい限りだ。
「それが出来るならレンジャーも喜ぶに違いない。是非とも交渉して欲しいところだな」
「結局は戦力に余力があるかどうかです。さすがに共同で守るというのは考えてしまいます」
とはいえ、1つ良いアイデアがある。
ブリガンディ王国の元兵士であるなら、1個中隊ぐらいは集められるんじゃないかな。
今はオリガン領内の防衛に尽力してくれているけど、ブリガンディ王国が少し柔軟な態度になったなら、彼らを持て余しかねない。
新たな火種を作るよりは、マーベル共和国の防衛に力を貸して欲しいところだ。
長い目で対応を考えないといけないんだろうが、兄上達もブリガンディ王国が落ち着いてきたなら、彼らをどうするかを考えないといけないだろう。
開拓すると言っても、オリガン領はそれほど広くはない。
元々暮らしていた住民の分家が開拓する話は、マリアン達から聞かされたからなぁ。
「さて、そろそろギルドの支店に行ってみるか。これはいつもの奴だ」
オビールさんがバッグからワインとタバコの包みを出してくれた。
ありがたく受け取ると、オビールさんが席を立ち片手を上げて指揮所を出て行った。
今夜はこのワインを目的に、また皆が集まるに違いない。
ギルドの支店に行くのは、マーベル共和国周辺でのレンジャー活動がいつごろから出来るのかを確かめるのだろう。
どんな連中がやってくるんだろう?
ベテランと、初心者をようやく卒業できたぐらいの人材だとは思うんだけどなぁ。
夕食後、やはりというかこれも恒例行事になるのかな? いつもの連中がやってきてワインのボトルを開ける。
先ずは1杯を味わって、2杯目になる頃に次の大きなイベントでもあるエクドラル王国からやってくる使者についての話が始まる。
「要するに様子見ということでしょうか?」
「それに近いと思うんだけどなぁ。冬に戦をしているけど、早々に軍を引いてくれたのはありがたいんだけどねぇ」
「俺達を配下にしようというのでしょうか?」
「俺達の国を作ったんだから、いまさらですよ。軍門に下ったわけではありませんし、大軍を率いて来るには、エクドラル王国は大きくなり過ぎましたからね」
「大国になったから軍の拡大が可能ではないのか? 俺達に対しても5個大隊ぐらい出すことも可能に思えるのだが……」
ガイネルさんの言葉に皆が頷いているのは、兵士ならともかく皆は仕官なんだから問題だと思うんだよなぁ。
「ブリガンディ王国が魔族相手に戦を行っていた時の戦力はおよそ5個大隊ですよ。エクドラル王国はブリガンディ王国よりも大きな領地だと聞いてます。となれば少なくとも6個大隊は持っていたはずです。サドリナス王国を征服するためには、サドリナス王国の軍隊と同規模の軍隊を揃えたはずですから、兵士を召集して8個大隊程に拡大したと推測します。
エクドラル王国の防衛を5個大隊にしたとなれば、やって来た戦力はおよそ3個大隊。サドリナス王国との戦で死傷者も出ているでしょうし、俺達との戦もありました。現在は2個大隊前後だと思いますよ」
「ブリガンディ王国よりも少ないということか?」
「そうなります。だからブリガンディの策に乗ることになったと思っています」
「ブリガンディ王国は、エクドラル王国軍の規模が分からなかった。だからサドリナス領をエクドラル王国が併合するのを、あの条件で飲むことになったと?」
レイニーさんが確認するように問いかけてきた。
多分、そうだと思っているから小さく頷くことで答えたんだけど、丁度ワインが口に入っていたからなぁ。
「互いに相手の軍を拡大解釈してたってことか! だが、なぜ軍をそれぐらいにしか拡大できなかったのかが問題だな」
「軍は消費するだけで生産を行いませんからね。軍の規模が小さいほど維持費がかからないからです。逆に言えば、軍を拡大するだけの資金が無かったということになるでしょう」
「それで、俺達の資源を欲しがるのか……、困った連中だな」
「無ければ、ある所から取れば良い。上の考えはどの国もそれほど変わらんな」
「じゃが、今度は第2王子自らがやって来ると聞いておる。どんな難題を吹っかけて来るか楽しみじゃ」
ガラハウさんは、3杯目なんじゃないか?
他の連中は、それほど飲めないだろうから、3本のボトルが空になってしまえばあきらめてくれるかな。
「基本は今まで通り。でも1つ提案をしたいと考えています……」
そう言って、地図の1角をパイプで示した。
「西の尾根の先端……。そこが何か?」
「ここに砦を築いて貰おうかと。エクドラル王国にその余力が無ければ、将来俺達で砦を築くことを了承させたいと思っています」
俺の言葉に、皆が驚いているんだよなぁ。
そんなに驚くことなのかな? この位置はエクドラル王国にとっても、俺達にとっても重要な位置なんだけどなぁ。
「砦を築く目的は何でしょう?」
レイニーさんの問いに皆が頷いている。
ちょっと考えれば分かると思うんだけど、思いつかないってことなのかな?
「魔族は尾根沿いに南下して町や村を襲います。西の尾根の1つ先にまで魔族が来たことがありますから、西の尾根が戦場になるのは遠い話ではありません」
「まあ、それは俺にでも理解できる。だからこそ堅固な石組みと柵を作っているんだからな」
ガイネルさんの言葉に、彼に顔を向けて頷いた。
「魔族は西の尾根より東に出ることは出来ません。となると……」
地図に描かれた尾根沿いにパイプを南へと動かす。
先ほど示した場所にパイプが動いたところでパン! とパイプを打ち付けた。
「迎撃用の砦ですか! その位置で迎撃できたなら、サドリナス領の東は魔族の脅威から解放されるでしょう……」
エルドさんが、怖いものを見たような表情で俺を見てるんだよなぁ。
誰も口を開かないけど、ジッと俺と地図を交互に見ている。
俺達だけでなく、エクドラル王国の住民にも利がある話だ。
王子が先を見越せる人物なら、この話に乗ってくれるんじゃないかな。




