Eー121 エディンさん達がやって来た
各中隊の守備する場所に半数を残して1夜が空ける。
お茶を人でいる俺達のところに、伝令の少年が飛び込んできた。
「南には誰もいないってことか?」
「楼門の上で見てきました。いくつかテントが残ってますが焚火も消えてました」
レイニーさんが俺に顔を向ける。
「夜の内に引き上げたと?」
「そうなるんでしょうね。戦死者を回収してくれれば良かったんですが、そこまでの考えは無いようですね」
「各隊長に、朝食後ここに集まるよう伝えてください!」
少年が直ぐに仮設指揮所を出て行った。
今朝は一段と冷えたからなぁ。滑って転ばないかと心配になってしまう。
「レオンは状況の確認をお願いします。荼毘の用意もしなければなりませんね」
「武具の回収も必要ですよ。鋳つぶせば農具にもなりますし、使えそうな武器なら兵士達に装備させたいところです。それに、何といっても矢とボルトは出来る限り回収したいですね」
集まって来た中隊長に、その後の被害状況と、次の戦に備えての不測の有無を確認する。
西に布陣していたダレルさんの部隊は殆ど被害が無いようだ。
一番最初に報告してくれたんだが、その後レイニーさんから荼毘の準備を仰せつかっている。
マクランさんはクロスボウ兵を率いていたようだ。ダレルさんの部隊の弓兵と一緒に1個小隊を東の門に派遣している。かなり被害を受けてたかと思ったが、数人が矢を受けただけのようだ。
肩や足に矢を受けたとの事だから、回復魔法のおかげで現在は元通りらしい。
「だいぶボルトを使いました。残りは2会戦分ほどです。現在回収を行っていますから、1回戦分ぐらいは入手できるかと」
「雪の中だからね。冬の間に数を揃えるしかなさそうだ」
そう言ったんだけど、直ぐに出て行ったからボルトを回収しに向かったんだろう。
エルドさんの部隊は負傷者がかなり出ている。ダレルさんの部隊も同じような感じだが、これは最前線にいたからに違いない。
2重の革鎧はそれなりに効果があるようだが、やはりチェーンメイルのような代物を作らないといけないだろうな。
そんな状況報告を取りまとめて、夕食後の防衛会議で報告する。
死者が出なかったことが何よりだが、重傷者が10人以上出てしまった。
フレーンさんや姉上がいるから、何とか元に戻ってくれるだろう。
「ある程度は鎧でどの王国軍に所属した者かは分かるのですが、私物をあまり持っていませんでした。名を確認できたのは20人にも達しません。ブリガンディ王国軍が68名、エクドラル王国軍が106名。そして旧サドリナス王国軍が192名です」
「連合国の戦死者は366名。およそ2個大隊ですね。さらに負傷者がいますから惨敗ということになるでしょう」
「それ以上になります。東門に攻め入った敵兵についてはそのまま放置しています。さすがにこの季節ではあの道で戦死者を回収するのは危険ですから……」
マクランさんの言葉に皆が頷く。
危険を冒してまで行う必要は無いだろう。
雪が融けてからでも問題ないが、食料の乏しい季節だからオオカミ達に食べられてしまうかもしれないな。
それを憂いるのは俺達ではなく、ブリガンディ王国になるはずだ。
マクランさんの報告を上乗せすれば400名を越える数になるだろう。よくも守りきれたものだと感心してしまう。
「これで終わりにはならないでしょう。次にやって来るなら雪解け以降になるはずです。
回収した鏃を研いでおいてください」
「まったく余分なことをさせてくれる。本来なら賠償を請求できるだろうが俺達を認めない連中だからなぁ」
「貸1つ、ぐらいに考えておいてください。ブリガンディはこれで3回目ですからね。こちらから攻撃しても文句を言えないでしょう」
途端に騒がしくなる。
「何時攻撃するんだ!」なんて声まで聞こえてくるんだが、それは遥か先の話になるだろう。
攻撃に出掛けて、負け戦で帰ってみたら俺達の王国が無かった。なんてことになりかねない。
少なくとも現状の2倍を超える戦力が無いのでは話にならないだろう。
戦が終わって3日目の昼過ぎ。
南の荒地に連合王国軍が残した攻城櫓などの残材を集め、戦死者を荼毘にする。戦死者が多いから、薪が足りずに近くの林から丸太を切り出したほどだ。
5か所に焚き木が積み上げられ、戦死者が並べられる。
フレーンさんの短い祈りの後、エルドさんが焚き木に火を点けていく。
今にも雪が降りそうな空に、煙が南へと流れていく。まるで彼らの魂が故郷に帰るようにも見えてしまうな……。
静かに目を閉じて両手を合わせる。
さらに薪を投入したから、明日の午後には遺灰を集められるだろう。
しばらく皆が炎を見ていたが、少しずつその場を離れていく。
俺達も引きあげよう。迎賓館から荷物を持って指揮所に戻らないといけないからね。
どうにか引っ越しを終えると、だいぶ暗くなってきた。
暖炉の火で体を温めながら、夕食の鐘が鳴るのを待つことにした。
もっとも、鐘が鳴っても俺達は遅れて出掛ける。その方が食堂の混雑が少ないし、先ずは兵士を先に食べさせるのが仕官ということらしい。
テーブルの上に広げた地図を眺めながら、今回の戦を振り返る。
やはり、フイフイ砲を移動できるようにしないといけないな。1基はそのままでも良いだろうが、もう1基は車輪を付けて城壁沿いに移動できるようにしたいところだ。
その前にカタパルトの方が先かもしれない。小型のカタパルトは移動できるけど、大型の方はコロを使っての移動だ。頃よりは車輪にした方が迅速に展開できるだろう。
そのためには……基台となる部分のどの位置に車輪を付けるのか、車輪の大きさは……。考えることが山積みだけど、それだけ被害を低減できるなら、悩む価値はあるだろう。
そんな中、トントンと扉が叩かれ、伝令の少年が大きな鍋と手籠を持って入ってきた。
テーブルに乗せてくれたのは、どうやら夕食らしい。
「エクドラさんに届けるように頼まれました。明日の朝、食堂に返してくれれば良いということです」
「ありがとう。ところで食事は終えたのかい?」
「食堂で、鐘が鳴るのを待ってました!」
笑みを浮かべて答えてくれた。直ぐに出て行ったけど、いつの間にか作ってあった玄関横の小部屋に向かったんだろう。
数ユーデほどの広さだけど、壁の1方がそのまま寝台になっている。
ベンチと土器で作ったストーブがあるから、結構温かに過ごせるようだ。
たまに、薄いパンを焼いてるんだよね。エクドラさんが結構面倒を見てくれているみたいだ。
鍋に手を当てると、結構熱い。直ぐに食べられそうだな。
手籠に入っていたさらに具沢山のスープを注ぎ、薄く焼かれたパンと一緒に頂く。
結構量があるなぁ。さすがに2杯目は食べられないから、ナナちゃんに少年達のところに鍋を持って言って貰った。
彼らならいくらでも食べられるだろう。何といっても育ちざかりだからなぁ。
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連合王国との戦を終えると、再び空堀作りが始まる。
春分に近くなってきたから、晴れの日が多くなったように思える。寒さは相変わらずだが、一時は膝付近にまで積もっていた雪が今では踝を少し超えるぐらいだ。
今年の雪解けは早いかもしれないな。
春分が過ぎると、マクランさん達が畑に灰を巻いて雪解けを促している。
生活の知恵ということかな?
暖炉の灰の始末先をようやく知った感じだ。堆肥に混ぜているとばかり思っていたんだが、これだけ住民が多くなってきたからなぁ。灰の量も半端ではないだろう。
暖炉の灰を木桶に入れておくと、少年達がソリで回収にやってくるらしい。
開拓民の子供達も、親と一緒になって働いているようだな。
春分が過ぎて10日ほど過ぎた時だった。
暖炉の傍で一服を楽しんでいると、伝令の少年が駆け込んできた。
「たくさんの馬車がやってきました。エルド殿の話では、エディン様達ではないかということです!」
「了解した。エクドラさんにも伝えてくれないかな」
俺の言葉に、頷くと指揮所を飛び出して行った。扉が中途半端に閉められているから、ナナちゃんが編み物の手を止めて閉めに向かった。
「戻って来たということでしょうか?」
「一応内戦は終わりましたし、エクドラル王国がサドリナス領を治めてますからね。治安が良くなったはずですし、エディンさんとしても商いが出来るかを確認したかった、ということなんでしょうね」
その辺りの話は、直ぐに聞かせて貰えるだろう。
暖炉のポットにはお湯がたっぷりとあるはずだから、とりあえずはお茶を飲んで体を温めて貰おう。
しばらくすると、外が騒がしくなってきた。
ざわめきが収まったかと思っていると、扉を叩く音がする。
ナナちゃんが直ぐに扉を開きに向かい、エディンさんとオビールさんを指揮所の中に案内してくれた。
俺とレイニーさんが席を立ち2人に軽く頭を下げる。
いつものようにテーブル越しの席にエディンさん達に座って貰った。
とりあえず地図は脇に片付けてある。レイニーさんがお茶を淹れ、ナナちゃんが2人にカップを配る。
俺の前にもカップを出してくれたところで、再開を互いに喜びあった。
「これは残金と砂金の両替金でございます。だいぶ余ってしまいました。それと鉄の方は1グル銀貨2枚ということで取引させて頂きたいところです」
「ありがとうございます。工房長に確認して返事をしたいと思います。ところで、エクドラル王国の評判はどうですか?」
テーブル越しに2つの革袋を渡してくれた。銀貨と銅貨ということだろう。いつもより一回り大きな袋だな。
「サドリナス王国が滅んだことを領民は喜んでいるようです。昨年は無税で今年は収穫の2割と聞いていますから、少しは生活が楽になるでしょう。それに、獣人族をエクドラル王国は弾圧しませんからなぁ。身を隠している獣人族も様子を見て村に戻るかもしれません」
それは良いことだろうけど、獣人族の排斥思想がどの程度浸透しているかが問題だろうな。表面的には平等をうたっていても内心で蔑視しているなら、何時かは表に現れるに違いない。
そんな意味での様子見ということかな?
「雪が融けてからと考えていたのですが、代官殿より書状を託されまして……」
懐から、1通の書状を取り出してテーブル越しに俺に渡してくれた。
思わずレイニーさんと顔を見合わせる。
まあ、中を見ないと分からないからね。
封を切って読んでみたのだが……。
「やはりというか……」
「エクドラルからの使者ということですか?」
少し早い気もするけど、できれば戦の前に会っておきたかった。




