E-117 前列は旧サドリナス軍
その日の内に連合軍は城壁に手前400ユーデほどに接近して陣を再構築したようだ。
かなり近いから楼門の上で望遠鏡を使うと、敵兵の様子が良く分かる。
俺達の襲撃を想定しているのか、柵をだいぶ作っている。それほど高くは無いんだけど、腰より少し上だから飛び越えるのは無理だろうな。
「二重に柵を作っているようです。移動式の柵を門替わりに使っていましたよ」
「攻城兵器はどうでした?」
「攻城櫓が3つ出来ました。高さは6ユーデほどですが、上にバリスタのようなものを搭載しています」
「攻城櫓は空堀があるから接近させるのが難しいのは分かっているのでしょう。上から火矢を放たれるのはちょっと脅威ではありますね」
「なぁ~に、近づく前にフイフイ砲で爆弾を当ててやるわい。石と爆弾を一緒に飛ばすつもりじゃ」
早く攻めてこい、という感じなんだよなぁ。
それだけ士気は高いんだけど、練度が伴っているかちょっと心配になってしまう。
「たぶん、今夜中にもう1つは作るんじゃないでしょうか? 攻め手は2千を超えることは間違いなさそうです」
「俺達は民兵を含めてどうにか千を超えるというところだが、落とされることはありません。一番戦をしてはいけない時期に戦を仕掛けてきたんですからね。その代償は大きいですよ」
「戦は数とも言われるが?」
「それは同一条件での戦の場合ですよ。城攻めは雪が無くとも3倍以上の戦力が必要ですし、俺達には飛距離がバリスタを上回るフイフイ砲がありますからね」
楼門の左右に1基ずつというのが問題ではあるんだが、あれを左右に動かすのは無理だからなぁ。何とか向きを変えることが出来るぐらいだ。
そのためにカタパルトを城壁に沿って並べられるよう用意しているし、少し小さくはなるが荷車に乗せたカタパルトは移動が容易だ。
攻め手が集まる場所に素早く移動して爆弾を放てるだろう。
夕暮れの中、南の敵軍を楼門から眺める。
レイニーさんとナナちゃんも付いてきたけど、寒さ対策にセーターを重ね着しているようだから、丸々とした姿なんだよなぁ。
まさかその格好で戦をするとは思えないけど、シャツを重ね着させた方が良いのかもしれない。後でヴァイスさんに戦支度を見て貰おう。
「攻城櫓は4つですか……」
「もう1つぐらいは作るかもしれませんね。あちこちでこっちを見ている兵士がいます。どんな気持ちで見ているのでしょうね」
兵士の姿を望遠鏡で眺めていると、獣人兵士の姿を見ることができた。
最初はちょっと驚いたけど、よく考えてみるとブリガンディ王国軍もかつては獣人兵士が半数を超えていた。
となれば獣人族の兵士は、エルドリア王国の兵士ということになるのだろう。
陣の位置的には西寄りだ。布陣した位置が少し離れているのはブリガンディ王国軍が獣人族のいるエクドラル王国軍と一緒にいるのを嫌ったとも思えるな。
そんなことで一緒に俺達を攻めようというんだからなあ。最初から躓いているようにも思えてしまう。
2つの陣の後ろにもう1つの陣が作られている。
テントの数が、前の2つの陣よりも多いのが気になるところだ。
やはり旧サソリナス王国軍と見るべきかもしれない。焚火の数が前の陣と比べると半分にも満たない。それだけ過酷な扱いを受けているということなんだろう。
「さて、そろそろ戻りましょう。まだ動きがありませんね。さすがに2つの王国軍が一緒になって攻めてくるとなると結構時間が掛かるみたいです」
「夜襲は無いと?」
「エルドリア王国軍には獣人族がいますからね。極寒の夜に奇襲をかけてくることはまずないでしょう。それに楼門には1個小隊が待機しています。直ぐに知らせが届くでしょうし、ヴァイスさんみたいに完全武装で待機している連中も多いと思いますよ」
俺の言葉に少しは安心したんだろう。ナナちゃんの手を引いて楼門を下りて行った。
さて、夕食までには間があるな。
楼門の見張り台兼用の待機所に入り、監視部隊と一緒にパイプを楽しむことにした。
「やはり今夜でしょうか?」
若いイヌ族の兵士が問いかけてきた。
槍が数本、壁に立て掛けてあるところを見ると、軽装歩兵のようだ。
「右手に獣人族の兵士がいるよ。イヌ族ならともかく、ネコ族なら絶対にこの時期に夜襲はかけないんじゃないかな。上官が命令したとしても、夏のような機敏な動きはまずできないと思うけどね」
「獣人族がいるとなれば、エルドリア王国軍ということになりますね。俺達と戦うのは初めてでしょうけど、手心は加えませんよ」
苦笑いを浮かべて、彼の肩をポンと叩いた。
同族同士で争そうのが不本意だと、顔に出ているんだよなあ。
その心根は大切だと思うけど、今回は心を鬼にして貰いたい。
さて、そろそろ夕食に出掛けるか。
仮設指揮所に戻り、レイニーさんとナナちゃんを連れて食堂に向かった。
その夜に、集まった中隊長を交えてトレムさんからの報告を聞く。
やはり後ろの部隊は、旧サドリナス王国軍と王都で徴兵に応じた新兵だったらしい。
「革鎧で直ぐに分かったぐらいだ。2割以上が新兵にようだったな。兵士になれば食うことが出来ると応募した連中だろう。上官が近づいても焚火から腰を上げないようでは、士気も低いと見るべきだろう。それと、連中に荷を運ぶ部隊は10コルム近く探ったが見当たらなかったぞ」
短期決戦ということなんだろうか?
ソリで運んだ食料だけでも10日近くは行動可能だろう。さすがに近くの農村へ帰るぐらいの食料は残すだろうし、マーデル共和国を降伏させれば、俺達から食料も確保できるぐらいに考えているのだろう。
到着してすでに2日目だ。やはり明日か明後日には襲ってくるに違いない。
「旧サドリナス王国軍の規模はやはり1個大隊前後というところですか?」
「いや、それ以上だ。だが2個大隊ということは無いだろう」
トレムさんの言葉に皆の顔色が悪くなってきた。
4個大隊近いということになるんだからね。そりゃあ、顔色ぐらいは悪くなるだろう。
「変わった武器は見ませんでしたか?」
「東周りに偵察に行った連中の話では、見たことがある武器ばかりだということだ。槍に長剣、それと弓になるんだろうな。弓兵だけでも4個小隊になるとの事だが、気になったことがあると言えば、いまだにソリに乗せられた荷物ぐらいだろう。食料かと思っていたらしいが、荷紐が外れていたソリには板が何枚も乗せられていたそうだ。それと、ソリに長い柄が付いていたらしいぞ。引くならロープを結べば良いだろうになあ」
長い柄の付いたソリと板がたくさんということか……。
兵器とは思えないけど、使い道が分からないな。
「大きな弓、もしくはバリスタは無かったということですか?」
「荷物をシートで覆ったソリが10台以上あったらしいが、紐が外れていたのは1台だけだったと聞いている。だがすでに城壁の前に布陣している状況だ。そんな代物があったならとっくに組み立てを終えていると思うんだが?」
それもそうだ。やはり攻城櫓の上に乗せたバリスタだけなのかもしれないな。
「言い忘れてた。連中ハシゴを沢山作っているようだぞ。やはり攻めるつもりでいるようだな」
「ハシゴは基本でしょうからねぇ。もっとも、近付ければの話ですけど」
俺の言葉に、集まってきた連中から失笑が漏れてくる。
ちょっと沈んでいたからなあ。少しは気が楽になったかな。
「現在は後ろにいますけど、攻撃時には前列に出てくる可能性がありますね」
「投稿兵を盾に使うってことか? まったく、むしずが走るぞ」
「自軍を温存させる良い手だな。それに旧王国の兵士となれば両王国ともに持て余すだろう」
ガイネルさんの言葉に、レイニーさん達が頷いている。
確かに上手い手ではある。だが兵士達にとっては堪ったものではない。
「まじめに攻撃してくるとも思えませんね。とはいえ逃げることも出来ないでしょうね」
「一応は、エルドリア王国軍の兵士ではあるからな。戦場からの逃亡は、見つけ次第死刑だろう。軍法会議を開くことも無いはずだ」
ガイネルさんの話だと、俺達はどうなるんだろう?
俺達に一言もなく砦を放棄して、開拓村の住民を追い出すような連中なんだが軍法に照らすと問題は無いようだ。
かえって俺達が命令放棄ということになるんだろうか? そう判断するなら、そんな王国には、例え状況が改善したとしても戻りたくはないな。
「すると、攻撃は2梯団になるということでしょうか?」
「たぶん、そうなるだろう。攻撃か所は中央楼門よりは東になるだろうけど、まだ確定は出来ない。とりあえず、両楼門とも楼門の後ろにフイフイ砲が2基あるから、楼門を守ることは容易だろう。一番厄介なのは楼門間の城壁だ。特にこの辺りは楼門にフイフイ砲が届かない。カタパルト使うことになってしまう」
「カタパルトなら10人いれば動かせるじゃろう。楼門から2台ずつあらかじめ移動しておけば良い。それに移動式のカタパルトは、最初から真ん中に置けば東西どちらにも移動が出来るぞ」
兵器をどのように配置するか。基本となる防衛配置を変更するかどうか……。
会議は深夜にまで及ぶことになったけど、途中からお茶がワインに替わっていたこともあるかもしれないな。
とりあえず、レイニーさんも2杯目で終わりにしたようだから明日は二日酔い悩むことも無いだろう。
俺は最初の1杯で終わりにして、パイプを楽しみながら皆の話を聞くことにした。
翌朝。朝食を終えて、仮設指揮所にナナちゃんと一緒に歩いている時だった。
伝令の少年が雪道を走ってくる。
転ばないと良いんだけど……、と考えている俺の前で足を止め、息を調えている。
「ハア、ハア……。敵が勢ぞろいを始めました!」
「なんだと! 了解した『警戒態勢2』を発動したと中隊長達に伝えてくれ! ナナちゃんはレイニーさんに伝えてくれないかな。俺は中央楼門に行くよ」
「了解です。(了解にゃ)」
2人が俺から離れたところで俺も向きを変えて足を速める。
まだ時間はあるだろうが、先ずは敵の攻撃地点をある程度想定しておかねばなるまい。
カタパルトの移動は30分も掛からないはずだ。
楼門の上に作られた広場の擁壁に体を預けて、前方の軍勢を眺める。
望遠鏡を取り出して攻め手の装備を確認していると、ポンと肩を叩かれた。
「やってきましたね」
「驚かさないでください。それにしてもやはり2梯団を組んだようですね」
苦笑いを浮かべて、後ろのエルドさんに顔を向ける。笑みを浮かべているところを見ると、ちょっと俺を驚かせたかったようだ。
一緒に、ずらりと並んだ連中をながめる。
前に並んだ連中は旗を持っていないし、装備もバラバラだ。片手剣とハシゴが彼らの装備だ。
槍や弓は置いてきたのかな? 攻める時には邪魔だってことなんだろう。
「後ろに攻城櫓が見えますよ。弓兵は後ろですね」
「前の連中の援護は考えていないということなんだろうね。そうなると、ある意味死兵でもあるわけだ。彼らがそれをいつ自覚するかだな」
カタパルトで打ち出す爆弾は、後ろの連中に使うように指示を出しておこう。前列には、手で投げる小さな爆弾で十分だ。それも、戦の最中で使うべきだろうな。最初から使うと俺達への攻撃を諦めてしまいそうだ。




