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オリガン家の落ちこぼれ  作者: paiちゃん
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E-115 雪原を越えてきた軍勢


 新年の宴会の翌日。

 二日酔いの頭を抱えながら指揮所の暖炉で、ナナちゃんが淹れてくれた苦いお茶を飲んでいた時だった。

 雪の踏みしめる音がだんだん大きく聞こえてくる。

 こんな時に何が起きるというんだろう? 根雪がだんだんと深くなっている状況なんだけどなあ……。


 指揮所の外でトントンと足を踏み鳴らして雪を退ける音がしたかと思うと、指揮所の扉が大きく開かれ少年が入って来た。


「報告します。南およそ3コルムに大軍が現れました。エルド殿の確認では2個大隊を越えているとのことです。現在も城壁に向かって進行中。以上です!」

「ご苦労。『警戒態勢1』を発動する。その旨を各中隊長に連絡してくれ。それとエルドさんはどこにいるんだ?」

「中央楼門の上で監視中です」


 俺が頷くと、すぐに指揮所を飛び出していった。

 3コルム離れているなら、雪のない状態でもここに来るまでに1時間は掛かる。ましてや膝近くにまで達した雪の中を進むのならさらに時間が掛るだろう。

 安物の時計を見ると、もうすぐ昼近くになるようだ。

 戦をするとしても、まだ時間はかなりありそうだな。


「ナナちゃん。レイニーさんを起こしてくれないかな。もうすぐ中隊長達がやってくるだろうからね」

「分かったにゃ!」


 編み物の手を止めると、すぐに指揮所の左手の部屋で暮らしているレイニーさんを起こしに行ってくれた。

 いつもならとっくに起きているんだけど、昨夜は宴会だったからね。俺と同じで二日酔い気味なんだろう。


 2杯目の苦いお茶を飲んでいると、レイニーさんがぼんやりした顔をして指揮所に現れた。直ぐにナナちゃんがお茶のカップを渡しているけど、髪があちこち跳ねているんだよね。早めに帽子を被った方が良いと思うな。


「やってきましたか……」

「『警戒態勢1』を発令しました。もうすぐ中隊長達がやってくるはずです」

「了解です。その前に、ちょっと顔を洗ってきますね」


 レイニーさんは直ぐに帰って来た。外の雪で顔を洗ったのかな?

 毛糸の帽子を被っているから、跳ねた髪が上手く隠れている。

 ナナちゃんの淹れたお茶を苦そうな顔をして飲み終えると、もう1杯お代わりしている。やはり飲み過ぎたという自覚はあるんだろう。

 一服を始めると、最初にやって来たのはエルドさんだった。続いてマクランさんが飛び込んでくる。

 やって来た中隊長と副隊長にナナちゃんがお茶のカップを渡しているけど、先ほどのポットとは違うようだから、こんな苦いお茶ではないんだろう。


「全く、家で温まっていれば良いだろうに……」

「魔族を考えないで済むということなのでしょう。案外上の方からの指示なんじゃないですか。現場を見ない総指揮官はどこにでもいるようですからね」


「兵士はたまったものじゃないな。士気は低いに違いない」

「士気が低くとも、厳罰を科すことで兵を動かすことは可能です。ところでエルドさん状況を説明してくれませんか?」


 ヴァイスさんがやって来たなら、全員が揃っているはずだ。

 俺の言葉にエルドさんが席を立つと、傍らに置いた指示棒を手に地図を示しながら状況説明をしてくれた。

 やって来た軍勢は最低でも2個大隊ということらしい。なら、3個大隊を想定しておいた方が良さそうだ。

 荷物を大量に運んでいるらしいが、さすがに馬やロバを使うことは出来ないだろう。ソリを使っての運搬のはずだ。ある程度の長期戦を想定しているということになる。


「中央楼門の見張り台からでは、攻城兵器の有無までは確認できませんでした。ですが簡単な攻城兵器なら近くの林から丸太を切り出して作ることは容易でしょう。以上です」


 ナナちゃんがテーブルの上に乗るような感じで、エルドさんの指示棒の示す位置に駒を配置してくれた。

 中隊単位で示しているから、12個の駒が中央楼門の南に4個ずつ乗っている。


「やはり本日の攻撃は無理じゃろうな。この雪の中を進んできておる。さすがに疲労した兵士で総攻撃をするとは思えんぞ」

「俺もそう思います。位置的には中央楼門よりも東になりますから、城壁工事が終わった位置であることも俺達には幸いと言えるでしょう。やはり魔族をかなり恐れているようですね」


 ガラハウさんの言葉に、頷きながら俺の見解を伝えておく。

 さてそうなると、敵は最悪の状態で俺達にとって最高の場所を責めることになるのかな?


「中央楼門を攻撃するなら、フイフイ砲は2つ使えますね。楼門の上にバリスタが2つ、楼門の後ろにカタパルトが3台。移動式のカタパルトはこの位置に5台あります」

「先ずは弓での応戦になるでしょうね。近寄れば投石をすれば良いでしょう。石は土塁に一定間隔で積み上げていますし、移動できるように石を入れた籠を何個か置いてあるはずです」


 マクランさんの話では、準備は出来ているということなんだろう。

 後は火薬庫からの爆弾をいつ運びだすかだが、1時間も掛からないだろうからあまり急ぐ必要はない。


「強いて言うなら、待機所だけでは兵を休ませることができないかと。近くにテントを張り、焚火用の焚き木の準備はしておいた方が良さそうです」

「一番寒い時期にゃ。焚火の周りにも風避けが欲しいにゃ」


 ヴァイスさんの言葉はネコ族を代表する言葉だろうな。テント用の分厚い布地を風上に張れば十分だろう。ついでにベンチも用意しておかないとお尻が濡れそうだ。


「とりあえず戦はもう少し先になりそうです。各中隊の持ち場に1個小隊ほどたいきさせておけば良いでしょう。とはいえ、あまり深酒をしないでください。防衛戦ですから、戦の主導権は向こう側にありますからね」


 はっきりと言っておかないと、直ぐに中隊規模で持ち場に着きかねない。

 1個小隊ならそれほど騒ぎにならないだろう。


 皆が指揮所を出て行ったところで、朝食兼昼食に3人で出掛けることにした。

 俺達が向かう食堂は一番最初に作られた食堂だから、利用する連中はかつ手の出城の仲間達が殆どだ。

 気軽に話せる連中ばかりなんだが、今日の話題は南に現れた軍隊の話で持ちきりだ。

 とはいえ、頭を抱えている者もいるんだよなあ……。まだ酒が抜けてないのかな。

 今日中にも戦が始まったら、かなり不味いことになるに違いない。

 食事を早め終えると、1人で様子を見に出掛ける。

 

 通りは各中隊が交代で除雪をしているから、雪はそれほどでもない。

 足首程に積もっているだけだが、凍っている。俺達冬用ブーツは底に十数本の鋲が打ってあるから、何とか滑らずに済んでいる。だけど砦暮らしの時には足に革紐を巻くだけだったからなあ。攻め手の連中もこんな手の込んだブーツを履いてはいないだろう。雪の深さと滑りやすさを考えると、一斉突撃は無理にも思える。

 足の遅い攻撃なら、矢とボルトで事足りそうだ。


 中央楼門前の広場に着くと、兵士達が忙しそうにテントや焚火の準備をしている。

 レイニーさんには迎賓館で待機していて貰おう。集会場は兵士達の休憩の場とすれば良い。待機所であるログハウスでは2個小隊程収容したら寝る事さえ出来なさそうだ。

 楼門の構造は3つとも同一だ。

 城壁の裏側から、階段を使って楼門に上ると見張り台兼用の小屋の煙突から煙が上がっていた。

 たぶん土器で作った粗末なストーブを使っているんだろうが、暖房だけでなく食事も温められるから重宝されている。監視を行っている兵士もここで体を温められるし、南に下がった屋根があるから、矢を防ぐことも出来るだろう。


 先ずは敵軍の状況からだな。

 楼門の上は1辺が十数ユーデほどもある。数人が擁壁に体を預けながら南をジッと見ていた。

 

「変化はありましたか?」


 俺の言葉に後ろを振り向いたのはエルドさんだった。


「最初から比べればかなり近寄っています。それでも距離は1コルム程離れています。今夜はあそこで野営をするようです。だいぶ焚火の数が増えました」


「斥候を放った様子は?」

「現状ではありません。放つとすれば暗くなってからになるかと」


 今夜は西にも監視兵を配置せねばなるまい。

 だが……、予想より少ないのが気になるんだよなあ。

 どう見ても2個大隊と言ったところだ。5個大隊でも跳ね返せると大見えを切ったんだが、それをフェイクと思ったのだろうか。

 それとも、後続がいるのかもしれないな。


「焚火の数をたまに確認してください。場合によっては後続が来る可能性があります」

「ですね……。了解です。ところで中に入りませんか? やはりここは冷えますから」


 小屋の中は、数ユーデ四方の部屋だ。それほど大きなものではない。

 部屋の真ん中にストーブを置いて、銅製の煙突が部屋を横切って外に出ている。


「上に天井の低い部屋があるんですが、仮眠するには良い場所ですよ。下でストーブを焚きますから、結構暖かいようです。ヴァイスが言うんですから間違いないでしょう」


 ヴァイスさんの評価付きってことか。それなら十分に暖かいに違いない。

 それにしても、少し狭いかもしれないな。

 この小屋は西の見張り台にして、もう少し大きな建物を作った方が良さそうだ。

 何といってもマーベル共和国の顔になるんだからね。それに、敵の攻撃位置は、中央楼門から東になるんじゃないかな。

 ブリガンディ、エルドリア両王国ともに魔族との戦は長く続いているらしい。魔族を刺激するような位置に大軍を移動したなら、それこそ魔族が全軍を投入しかねない。

 魔族に刺激を与えない距離に目安というのがあるのかは不明だけど、少なくとも魔族の斥候部隊に感ずかれない距離は開けておくべきだろう。

 それを考えると、西の尾根に近づくほど攻撃リスクが高まることになる。

 それなりの指揮官なら、中央楼門から東を攻撃目標とするだろうな。


「どうしました?」


 笑みを浮かべていたようだ。エルドさんがお茶のカップを手渡しながら確認するように聞いてきたのだろう。


「ブリガンディの使者達は、ちゃんと城壁の内側を見ていたのだろうかと考えてたんです。軍の関係者では初めてですからね。さぞかし、周囲を観察して帰ったに違いありません」

「それは、我等の取って不味くはありませんか?」

「そうでもないですよ。肝心なところは分からなかったはずです。兵器は布を被せていましたし、城壁の裏の土塁は見ることが出来たでしょうが、あれだけでは城壁の厚みが分かりません。見掛け倒しぐらいに評価してくれたかもしれませんよ」


 上手く誘導出来たかな?

 攻め手にしても、何も分からないよりはある程度城壁に内側が分かった方が良いからね。とはいえ、フイフイ砲は彼らの目にどのように映ったのだろう。

 兵器というよりは石積みの道具ぐらいに考えているのかもしれないな。


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