E-109 鉄が出来た
「見てくれ!」
指揮所の扉を蹴り飛ばすような勢いで走って来たガラハウさんが、俺達の前に太い腕を突き出した。
その手に握られているのは……、鉄の塊だ。
「出来たんですか!」
「ああ、ワシ等も酔狂が過ぎると真面目にやったわけではないんじゃが……。結果はこの通りじゃ。これはワシ等の里に知らせずに、この地でのみ行うことにするぞ。他の工房の連中が不思議に思うじゃろうが、さすがに砂鉄で鉄の塊が作れるとは思わんじゃろうなあ」
ひとしきり自慢していたけど、俺達の顔に満足そうな笑みが浮かぶのを見て、再び指揮所から飛び出していった。
ドワーフ族の年齢は良く分からないんだけど、ガラハウさんは工房長を務めていたはずだからそれなりの年齢にはなっているんだろうけどねぇ……。元気な爺さんだと感心してしまう。
「砂鉄で鉄が作れたと?」
「一応作れるんですよ。これで武器や農具が沢山作れますよ。でも鏃は今のまま青銅製で行こうと思ってます」
錆びれば猛毒の緑青が吹きだす。戦の前に先端だけ鋭利に研げば問題はない。
ところで銑鉄状態にまで路の温度を上げられたんだろうか? それができているなら鉄の鍋もできるんだけどなあ。
「鉄の購入は穀物の購入に回せますね」
「そういうことです。なるべく自前で揃えられるようにしないといけません。気掛かりは塩なんですけど、こればっかりは岩塩層を見つけない限り、外から購入することになりますね」
塩は毎月一袋を使うようだ。皆が肉体労働をしているからだろう。
在庫量は10袋を下回らないように調整しているそうだけど、人口が増えればそれだけ消費量も上がってしまう。
どうしても購入しなければならない品が残ってしまうのは、仕方のないことなんだろうな。
「あまり良い塩でなければ、オリガン領から購入することも可能でしょう。俺の故郷を身びいきするわけではありませんが購入に向けて検討していただけるとありがたいです」
「エディンさんから購入できずとも、もう1つの調達口ということですか。エクドラさんと相談してみます」
重要物資の購入ルートは複数持つべきだろう。
エディンさんが元気な間は問題ないけど、サドリナス王国の国民でもあるわけだから、王国に逆らってまで俺達との取引ができるかが問題だ。
オビールさんを間に入れることで、お目こぼしされているという状況だろう。これがいつまで続けられるかも考えないといけないな。
その夜の集まりでは、ガラハウさんが得意げに製鉄の成功を皆に説明してくれた。
とはいえできた品は鋼ではないんだよなぁ。軟鉄から鋼へ仕上げる方法を今度は考えてみよう。
冬場はさすがに石を積むことは出来ないが、空堀と土塁については作業を継続中だ。
ガチガチに凍った大地だが、土魔法を使った掘削には問題が無いようだ。姉上とナナちゃんが切り出した土のブロックをソリに載せて土塁の工事現場へと運ばれていく。
土塁の工事現場ではブロックを並べて重ねるだけらしい。既存の土塁のような成形まではさすがに雪の中では出来ないようだ。
1日で作られる土のブロックも以前は30個ほどだったが、この頃は50個近くに増えているらしい。姉上の魔法力が上がったということはないだろうから、ナナちゃんがそれだけ能力を上げることができたということなんだろうな。
『長じては姉を超える……』と女神様が言っていたことが、現実となったということかもしれない。
「ナナちゃんも一人前の魔導士ですね」
「自慢の妹ですよ。俺にできないことをしてくれますからね。ネコ族の人達は何も言ってませんよね?」
「ヴァイスがケットシーの血を引いているんじゃないかと仲間内で話してましたよ。未だに子供の姿のままですからね。里ではそんな昔話をよく聞かされました。精霊族でもあるケットシーはたまにネコ族と子供を作ると。その子供は何時までも歳をとらず、使う魔法は桁外れだとも……」
ケットシー族の人口が多かった時代はネコ族との交流もあったのだろう。
だが、魔族に滅ぼされてしまった。
ナナちゃん以外にケットシー族はいないんだよなぁ……。
「レオンの事もたまに聞いてくる住民がいるそうですよ。あの若者は人間族ではないのかとね」
「元人間族ですよ。でも姉上達はそうではありませんから、その辺りの波風が立たぬようお願いします」
「だいじょうぶですよ。エルドやヴァイス達がそんな人達に丁寧に説明しているようです。それにレオンのお母さん達はオリガン領で獣人族を保護してくれてますからね。オリガン家の人間だけは別格だと言われてますよ。これは避難民から皆に話が流れているようですね」
獣人族は恩を仇で返すようなことはしない。恩は恩で返すのが彼らの考えだ。
そういう意味では父上の判断は正しいということになるんだろうが、ブリガンディが一致団結してオリガン領内に攻め入るようなことが起きないとも限らない。
できれば早くに選民思想を掲げる高位神官が亡くなって欲しいところだ。
かなり普及したらしいけど、それを煽るような人物がいなければ徐々に下火になるだろう。
そんな思想が完全に無くなれば良いんだけど、他人を見下す考え方はどうしてものこってしまうだろうな。でもそれが表に出なければ良いはずだ。個人の考え方を縛るのはどうかと思う。後は審判に際して、そんな考えを除ければ十分だろう。
「一応治安部隊についても建国時に考えてはいたんですが、今のところ犯罪は全くありませんね。やはり獣人族は正直者ばかりということになるんでしょうね」
「盗賊の中には獣人族だっていますよ。あまりいないだけです」
どんな経緯で盗賊になったのかが問題だな。案外義賊的な活動をしているのかもしれない。
義賊と盗賊は似ているようで少し違うからね。
俺も一時は義賊に憧れていたんだけど、いくら悪人が対象だとは言え盗みは良くないだろうし、殺人等もっての外だ。
だが彼らの活動で、王都や大きな町の貧民が助かっていることも確かなのだろう。
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春分が過ぎて、根雪が少しずつ融け出した。
切り株の周囲は早く雪が融けるようで、俺達は伐採が済んだ区画で切り株を掘り出す日々が続いている。
切り株の周りを掘って、太い根をのこぎりで切ったところで切り株に結んだロープを身で出引いて引き抜くんだが、結構重労働だと思う。いくら少しは暖かくなったとはいえ周りは雪景色、そんな中で汗をかくんだからなあ。
どうにか引き抜いたところで小休止、皆でお茶を頂く。
「これで6本目ですなあ。今日中に10本は引き抜きたいところです」
「他の小隊よりは進んでいるんじゃないか? 何とか雪解け前にこの区画は終わりにしたいところなんだが……」
1区画の大きさは30ユーデ四方ほどだ。俺達が頑張れば、今年は新たに6つ畑が増えることになる。
去年はソバを撒いたらしいけど、今年は何を撒くんだろう?
畑に肥料を鋤き込んで、先ずは豆辺りかな。
日暮れ前に10本目の切り株を引き抜いたところで、今日の作業は終了だ。
これだけ動いたんだから、夕食を美味しく頂けるに違いない。
道具を荷車に乗せて、ユーデルの町へと戻る。
急に寒気がしてきたのは、汗が冷えてきたからだろう。
早めに着替えた方が良さそうだ。
夕食後の集まりは、今年の計画を皆で調整することになった。
メインは南の城壁作りと西の尾根の石垣作りで変わりは無いんだが、ガラハウさんが農具を冬の間に打ったことで、開拓計画もかなり進められるようだ。
「北でヤギの放牧をしていた子供達が小さな流れを見付けてくれました。貯水池を作れば灌漑にも使えると思うのですが」
マクランさんがテーブルの地図で場所を教えてくれた。
かなり西寄りだ。こんな場所で放牧しているとは思えないから、迷子のヤギでも探している時に見つけたのかな?
「貯水池ともなればかなりの規模にせんといかんぞ。できれば城壁作りを終えてからにした方が良さそうじゃ」
「畑の灌漑は日照り対策でしょうか?」
俺の問いにマクランさんが頷いた。
マクランさんが畑を耕していた長い人生の中で、大きなものが2度程あったらしい。頻度的には少ないが、それを憂いるということは悲惨な状況だったということだろう。
もう少し本を読んでおくべきだったな。少年時代にそんな話を聞いていなかったから、最後の干ばつはかなり前のことだったに違いない。
となると、そろそろ規模の大きな日照りがやってこないとも限らない、ということになりそうだ。
「貯水池が出来るまでは、何らかの対策をしておいた方が良いかもしれません。人手はたくさんありますから、畑まで荷車で水を運べば少しはマシでしょう。住民用の水道を作ってありますけど、あれは町中用です。もう1つ畑の方角にパイプを伸ばしておけば、
水の運搬も容易になると思うんですが……」
「それぐらいしかできんじゃろうな。パイプは板で四角いのを作ってやろう。石炭から出たタールを塗れば土中でも腐らずに持つはずじゃ」
「また穴掘りにゃ……」
げんなりした顔をしてるけど、戦よりは安全だし皆の為にもなるんだからね。
だが城壁も優先しないといけないんだよなぁ。
「言い出したのは私ですから、開拓民で溝を掘っていきましょう。それほど深くなくても良さそうですからね」
「取水口はワシ等が作ってやるぞ。坑道の流れはかなりの水量があるようじゃ。日照りが続いてもなくなることはあるまい」
そんなことで、新たな工事が計画表に記載された。
確かに距離は長そうだけど、木のパイプを埋めるだけだからなあ。案外早く終わるかもしれない。




