E-011 魔族の襲来 (2)
何度か擁壁に寄り掛かり北の様子を見るのだが、夜の暗闇の彼方だから様子がよく分からない。
それでも光の帯が幅を持って来たように思える。
リットンさんがジッと眺めているのだが、特に何も報告してくれないから、魔族の進軍はまだ先になるのだろう。
暇つぶしに、王都で手に入れたパイプにタバコを詰め込んで火を点けようとしていた時だった。
「動いてる! やって来るよ」
「なんだと!」
リットンさんの大声に擁壁に駆け寄った。
光の帯は松明に違いない。大きく波打つように見えるのはこちらに向かって動いてきたということになるのだろう。
休憩所に戻ると、下の広場に向かって大声を上げた。
「魔族の進軍開始! 魔族が進軍を始めたぞ!」
下にいた兵士が俺に向かって片手を上げると、指揮所に走って行った。
後は時間が勝負だ。
眠そうな顔で休憩所にやってきたヴァイスさんに、レイニーさんを起こして貰う。
直ぐに起きてきたレイニーさんに、お茶のポットを運んできてカップにお茶を注いであげた。
分隊長達もカップをテーブルに乗せたので全員にお茶を入れてあげる。最後に俺のカップとナナちゃんのカップに注いだ。
「動いたのね?」
「まだずっと先にゃ。でも配置に付けておいた方が良いにゃ」
ヴァイスさんの言葉に、レイニーさんが軽く頷いている。
エルドさんがパイプを咥えて俺に目を向けているけど、どうやら俺のパイプ姿が珍しかったらしい。
暇つぶしだったし、何時の間にか火が消えているんだよね。
「擁壁から、目印は見えるのかしら?」
「だいじょうぶにゃ。無駄矢を射ることはないにゃ」
目印というのは、城壁から30ユーデほど離れた所に打ち込まれた杭の事らしい。
その杭を越えたら矢を放つということだが、魔導士の放つ攻撃魔法の到達距離も30ユーデほどらしいから、ギリギリの距離だ。できれば50ユーデ先を狙って欲しいんだけどなぁ。
「レオンの矢は短弓よりも飛ぶから、一斉射撃には参加しないでいいわ。自由に放って頂戴」
「あれだけ明るいですからね。狙いやすいですよ」
「たぶん100ユーデほど手前で、いったん止まるはず。あの大きな弓は150ユーデ以上飛ぶんでしょう? その時に撃ち込んでみたら?」
「そうするにゃ。5体は倒せるにゃ!」
ヴァイスさんは嬉しそうだな。
魔族が驚く姿を見ることができそうだ。
「それが原因で突っ込んでくるかもしれませんね」
「向こうが攻撃するのを待つことなく始められるなら、その方が良いでしょう?」
足並みが乱れるということなんだろう。
数が同じでも、統制がとれている部隊と乱れた部隊ではかなり異なると、父上がよく言っていた。
乱れた部隊は遥かに迎撃がしやすいらしい。
「なら、火矢にしてもおもしろそうですね」
「簡単にゃ! 3本を火矢にして放ってみるにゃ」
ヴァイスさんが休憩所を出て行った。早速始めるのかな?
分隊の配置を再確認していると、中隊長が屋根に上がってきた。
一同、席を立って騎士の礼をすると、軽く手を上げて答えてくれた。
擁壁に向かった中隊長のところにレイニーさんが向かったので後に付いていく。
「なるほど動き出したな。まだ距離はあるようだから、魔族の攻撃は夜明け間になるようだ。少し数が多いが、頑張ってくれよ」
「了解です」
レイニーさんが短く答えると、中隊長は満足そうな笑みを浮かべて屋根を下りて行った。
「軽装歩兵は、ここの援護もしてくれるんですよね?」
「ハシゴが掛けられたら1個小隊が来る手筈よ。でも東西の石垣を彼等も守っているの」
あまり期待は持てないようだ。
やはり白兵戦になるのは間違いなさそうだ。
「松明の明かりがはっきりしてきました!」
擁壁で監視していた兵士が大声で教えてくれる。
まだ魔族の姿を視認できる距離にはならないらしい。それでもだいぶ近づいているんじゃないか?
「1ヤーベルは離れているにゃ。一服してると良いにゃ」
ヴァイスさんが休憩所に歩いてくると、待ち遠しそうに北を見ながら呟いている。
それならと、焚き火でパイプに火を点けた。
咥えてるだけだから、またすぐに消えてしまうだろうけど気晴らしにはなりそうだ。
「かなり近付いてる。どう見ても2個中隊はこっちを狙うみたい」
「2個大隊と聞いてるから、東西に1個中隊……。南に1個大隊は考えられないわ。奥にもう1個中隊はいるかもしれないわよ」
リットンさんとレイニーさんの話を聞いていると、不安だけが大きくなってしまう。
だが、本当にそうなんだろうか?
俺達がいる北の石垣は陽動という感じがしないでもない。一番攻め難い場所なのだ。それに引き換え南門は、木の扉だからなぁ。分厚い板を並べて鉄のベルトで止めているだけだから、身長が俺達の2倍はありそうなオーガの怪力の前に、どれだけ持つか心許ないところだ。
「先頭のゴブリンの後ろにホブがいるにゃ。弓兵も1個小隊はいるはずにゃ!」
とことことヴアイスさんが走って来て教えてくれた。
「魔族が止まったら、あれを使っても良いわよ!」
「準備完了にゃ。楽しみにゃ」
再びバリスタモドキのところに走って行った。
レイニーさんにゴブリンとホブゴブリンの違いを聞いてみると、俺とリットンさんほどの体格差があるらしい。その上、ホブゴブリンの知能は高いらしく【メル】を使うこともできるし、短弓や片手剣を使うこともできるようだ。
ゴブリンは粗末な毛皮を纏っただけだし武器は棍棒だと教えてくれたけど、ホブゴブリンになると革鎧を着ているらしい。と言っても、胴を覆う程度だと話してくれた。
「どちらも矢が有効なのは間違いなさそうだ。魔法の到達距離は30ユーデ、魔法を放つ前に倒していく」
「魔導士なら、杖を持ってるわ。レオンに頼めるかしら?」
「任せてください」
いつの間にか消えていたパイプをベルトに挟む。
テントの前に置いた桶から3本の矢を握って弓を持った。
魔法使いが出てくるのは、弓兵が矢を全て放ってからだろうな……。
「「止まったぞ(にゃ)!!」」
ヴァイスさんとエルドさんが同時に大声を上げた。
続いて、ヒュン! と風を切る音がする。
ナナちゃんをタルの後ろに移動させると、急いで擁壁に向かった。
狭間から下を見て、思わず息を飲む。
ずらりと魔族の兵士が並んでいる。
そんな中に、小さな空隙があり槍のような物が刺さって燃えていた。
流星のようなものが魔族の列に落ちると、その周りだけ列が乱れている。
思い付きの武器だけど、結構使えるんじゃないかな。今回は1つだけだけど、次の襲来までには3つほど作っておこう。
魔族の持つ松明で彼等の装備が見て取れた。手前は粗末な毛皮を纏ったゴブリン兵だが、その後ろに少し背の高い連中が弓や杖を持っているのが分かる。
俺の目標は、あれだな。
擁壁に2本の矢を置くと、1本を弦に挟んで引き絞りながら小さく呟く。
「【ドーパ】……」
左腕のブレスレットがほのかに輝いた。
【ドーパ】は身体機能強化の魔法だ。2割程度だと姉上が教えてくれたけど、付加魔法の中では一番多用される。生活魔法じゃないから姉上も苦労したんじゃないかな。
ギリギリと弦引き絞り、指を弾くようにして矢を空に放つ。
空高く矢が飛んでいき、やがて一点を狙いすましたように落ちていき、杖を持つホブゴブリンの胸に突き立った。
ゆっくりとホブゴブリンが倒れ込む。
かなり遠方までコントロールができるようになってきたな……。
小さく頷いて、次の目標に矢を向ける。
「「ウオォォォ……」」いきなり雄叫びが聞こえたかと思ったら、目の前のゴブリンの群れが一斉にこちらに向かってきた。
ホブゴブリン達の1団が隊列を組んで歩いてく。急に立ち止まり、弓を掲げた。
「矢が来るぞ! 隠れろ!!」
大声で2度叫ぶと擁壁に作った屋根の下に駆け込む。
タン、タンと屋根の板に矢が突き立つ音がして、周りにも矢が落ちてきた。
擁壁に目を向けると、粗末なハシゴがあちこちに立て掛けられ始めた。直ぐ下にまでやってきたらしい。
味方に矢を射込むことは無いだろう。
再びホブゴブリンに向かって矢を放つ。
レイニーさん達はハシゴを上って来るゴブリンの側面を矢狭間から狙っている。
分隊の半分は槍を持って、上り切る手前のゴブリンに槍を繰り出していた。
上って来る間は、敵も矢を射かけてこないからな。
今の内に、倒せるだけ倒しておこう。
テントの手前に置いた桶の矢が全て無くなったところで、弓を置いて槍を握った。
しばらくは槍でこの場を凌いでおこう。
大きな音に振り返ると、南門が破壊されてオーガがのそりのそりと砦の中に入って来るのが見えた。
槍を投げ出して、予備の矢を箱から握って取り出すと、屋根の上からオーガを狙う。
狙いはオーガの顔だ。
筋肉質の体に矢がどれだけ食い込むか分からないけど、顔なら筋肉はそれほどつかないからな。
射距離は100ユーデにも満たない。オーガの頭1つ分上を狙って矢を放つと、深々と矢がコアに突き立つ。頭部なら即死なんだろうけど、生憎と当たったのが鼻の横だ。かなりの激痛なんだろう。棍棒を捨てて矢を引き抜こうとしているが、鎧どおしの矢は引き抜くと矢じりが外れてしまう。
そのまま顔面深く残ってしまったから、その場で顔を手で覆って悶えている。
後は、重装歩兵に任せておこう。
次々に矢を放ち、オーガを無効化していく。
「上がってきたにゃ!」
ヴァイスさんの声は良く通るな。後ろを振りむくと、数体のゴブリンを相手に槍を突き立てている。
槍を持つ連中が、全員そっちに向いたから続々とゴブリンが屋根に上がってきてるぞ。
弓を放り投げて、背中の長剣を引き抜いた。
相手は50cmほどの棍棒を振るだけの魔族だ。
父上から頂いた長剣は刀身だけでも60cmはある。騎士の持つ長剣より短いけれど、乱戦にはこっちの方が振り回すのに楽でいい。
「ウオォォ!」
大声を上げて、ホブゴブリンに切り掛かった。肩を斬り込んで止まった長剣をゴブリンを足蹴りにして外すと、次の獲物に向かう。
俺が相手を前にした時、そいつの胸に矢が生えた。
ちらりと後ろを見ると、ナナちゃんが矢をつがえてゴブリンを狙っている。
中々優秀な従兵だ。
俺の向かう先を狙って矢を放っているようだ。
あらかたゴブリンを倒した時だった。
「矢が来るにゃ!」
慌てて、近くに合った板の下に潜り込んだ。
屋根に数十本の矢が何度も降り注ぐ。
次にやって来るのは、ゴブリンか……、それともホブゴブリンか。
ギシギシとハシゴが揺れる。
長剣を2度振って血を振り払うと、転がっていた槍を手にするとハシゴに向かって駆けだした。
顔を見せた魔族の横腹に槍を突き出す。
力任せに槍を引き戻して、槍の穂先にある金具にハシゴを引っ掛けて横に倒した。
引っ掛けるには長さが足りないな。これも工夫した方が良いのかもしれない。




