E-107 内乱の終結が近いようだ
夏至を過ぎるとさすがに暑くなる。
薄着で腕まくりをしながらも石を積込むから皮手袋は手放せない。
だいぶぼろぼろになってきたから、雑貨屋で新しいのを買おうかな? だが、直ぐにぼろぼろになりそうだから、使える限りはこの手袋を使って行こう。
石を積んだ荷車が出発したところで、民兵の一段と一緒に木陰でお茶を頂く。
鉄製のコンロに掛かったポットから自分のカップにお茶を注ぐと冷めるまで一服を楽しむことにした。
「この辺りはだいぶ石が転がってますね。石を除けても土を入れないとブドウが育ちませんよ」
「山が崩壊した場所だからね。大きな岩盤があったのかもしれないよ。俺達が石を除ければそれだけブドウ畑が広がるんだから頑張るしかないんだよなあ」
3年前までは山羊を放牧していた場所だから、結構雑草が茂っている。その雑草を除けると浅い土の下は砕けた石ばかりだ。そんな中で大きな石と握り拳以下の石を区別して荷車に積み込んでいる。
小さな石は石の隙間を埋めるのに使うみたいだ。さすがにそのまま荷車に積みこめないから籠に入れて乗せている。
大きさは投石具で飛ばす石に丁度良いから、土塁の傍に何か所か積み上げているらしい。
「石垣もだいぶ西に延びましたね。すでにユーデルの町を過ぎて開拓地に届いてますよ」
「土塁はさらに先まで行ってるぞ。今年中には西の尾根に届くんじゃねぇか」
それはどうかな? だけどかなり近づくことは間違いないし、来年には確実だろう。
土塁が尾根に達したところで、尾根の石垣作りは土塁周辺に工事を移動した方が良いのかもしれないな。
それにしても『ユーデル』ねぇ……。俺達の拠点とも言えるここは村ではなく町ということになった様だ。投票結果で決めたのだから文句を言うものもいない。西の尾根の村は『ウエルン』になるし、次に集落を作った時には場所に関わらず『ラザム』になる。
どこから持ってきた名前か分からないけど、獣人族の人達が納得しているならそれsで十分だ。案外故郷の古い名前なのかもしれないな。
ガラガラと荷車が近づく音がしてきた。
さて、石を運ぶとするか。
カップにお茶を一口飲んで、残りをその場に投げ捨てる。カップをバッグに戻して、その場に立ち上がった。
夕食の後に主だった連中が指揮所に集まる。
定例なら1日おきなんだけど、皆が集まってくるんだよなあ。結構暇なんだろうか?
「そろそろ砂金を採りに出掛けますが、砂鉄の採取も続けるんですか?」
「そうしてください。それでガラハウさんの方は、例の品はできましたか?」
エルドさんに要望を伝えたところで、ガラハウさんに問いかけた。
「とっくに出来とるぞ。鍛冶に使っておるが火力については申し分無しじゃな。あれからエディン殿に来るたびごと3袋を注文しておるぐらいじゃ」
「ということは、かなり出来上がったと?」
「10袋以上あるが、どうするんじゃ?」
いよいよ製鉄を始めるか。
笑みを浮かべて、ガラハウさんに鍛冶で使っている炉のレンガを沢山作って欲しいと伝えておいた。
鉄鉱石を溶かすよりは速く溶けるんじゃないかな?
その為の炉を作るにはどうしても耐火レンガが必要だけど、鍛冶で使う炉のレンガなら何とかなりそうだ。
翌日から、夕食の後の余暇を利用して炉の概念図を描きだす。
円錐形の炉は高さが3ユーデほどになる。底は直径1ユーデほどだが、4方向から愚以後の吹き出し口を設けた。天辺は半ユーデほどに絞りこんで更に土管のような煙突を2ユーデほど伸ばす。コークスと砂鉄の投入時には土管を横にスライドさせるように作れば良いはずだ。
これで融けた鉄が流れ出ればしめたものなんだけどね……。
出来上がった炉の図面をガラハウさんに届けると、工房の連中と一緒になって鉱山の近くに作り始めた。結構大きな掘立小屋を最初に作ったのは、雨を嫌ということなんだろう。
失敗するかもしれないと言ったら、大声で笑い出した。
ガラハウさんもあまり信用していないみたいだし、少しでも砂鉄が融ければたいしたものだと仲間達と笑っているんだよなぁ。
「鉄の塊は銅の塊よりも値が上なんじゃ。毎年2本ずつ買い込んでいるが、農具や武器にするからのう……。サドリナス軍から頂いた鉄の在庫が少ないと開墾が進まんわい」
鏃は青銅で作っているぐらいだからね。前年の魔族との争いで少しは在庫が増えたんだろうが、ゴブリンの物武器は碌なものじゃないからなあ。
山腹崩壊をした場所での開墾は、鍬の刃先が直ぐに曲がってしまうし、折れる場合だってある。
ガラハウさん達が忙しいわけだな。
「開墾をやってる連中だって、個人で鍬を持っている者は半分ほどしかおらんからなぁ。それだけ逃げるのに苦労したに違いない」
ガラハウさんがぼそりと呟いた。結構エディンさんのところからも買い込んではいるんだけなあ。
それでも足りないぐらいに、住民の増加が激しいということになるんだろう。
「上手く行けば良いんですが……」
「だからワシ等がやってみるんじゃろう? 上手く行けば大量の鉄が手に入るわけだからのう」
そういって豪快な笑い声を上げる。
俺は苦笑いを浮かべながら頭を下げると、その場を後にした。
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夏の最中にオビールさん一行がやって来た。
一緒にやって来た避難民の数は30人ほどだ。小さな子供までいるんだけど、よくここまでやってこれたな。
指揮所でオビールさんが来るのを待っていると、暑さで汗だくになったオビールさんが布で顔の汗を拭き取りながら指揮所に入ってきた。
冷たいお茶を用意しておいたから、さっそくオビールさんにカップを渡すと、美味そうに一息で飲んでしまった。改めて冷たいお茶をカップに注ぐと俺のカップにも注いで話を聞くことにした。
「先ずはこれだ」
そういってタバコの包みとワインをテーブルに乗せて俺の方に押し出してくれた。
タバコの包みだけを頂いて、ワインはテーブルの片隅に置いておく。
「ブリガンディ王国軍がオリガン領に踏み込んだそうだ。かなりの激戦だったようだが、追い返したと聞いたぞ。さすがはオリガン家ということだな」
「王国軍まで動きましたか……。となると貴族の資格を剥奪されたということですね」
「それが、どうやらそのままらしい。攻め入った王国軍の将軍が斬首されたようだな。王国としてもオリガン家を潰すことは難しいということか、もしくは軍の一部が貴族と結託したということになるんだろうな」
テーブルの小さな炉を手元に持ってくると、熾火でパイプに火を点ける。
多分後者ということになるのだろう。貴族というより教団と繋がっていたのかもしれない。世渡りと口の上手い教団は、上手く責任逃れをしたに違いない。
「オリガン領民の被害について聞いていませんか?」
「多少の被害はあったらしい。詳しくは多分これに書かれているんじゃないか」
オビールさんが懐から書状を取り出して、俺の前にすいっと手で送ってくれた。受け取って裏を見る……、オリガン家の印が封蝋に押されている。
父上からということだな。
「手紙を託しても良いでしょうか?」
「ああ、向こうのレンジャーに渡すぞ。明日の朝食までに届けてくれ」
「よろしくお願いします。……ところで、サドリナスの方は?」
オビールさんがパイプを使いながら状況を話してくれた。
未だに王子達を擁して互いに潰し合いをしているらしい。困った連中だな。
「このところ第4王子派が優勢だと聞いている。王都をほぼ手中に収めたそうだ。案外早くに決着がつくかもしれん」
「となると、西の王国はチャンスを生かせなかったということになるんでしょうね。早めに決着がついたなら王国軍の再編も容易でしょう」
さて、俺達への干渉は年末かな。それとも来春辺りだろうか?
どちらにしても、やってくるに違いない。可能ならもう1年ほど内乱を続けて欲しいところだ。
「どうした? 残念そうな顔をしてるぞ」
「俺達にすれば、もう少し続けて欲しかったところですね。サドリナス王国民にとっては喜ばしいと思います」
互いに苦笑いを浮かべたところで、席を立つと棚からワインのボトルを取りオビールさんのカップに注ぐ。俺のカップにも注いだところで互いにカップを掲げた。
「レオン殿の心も察するところだが、やはり争いは早めに終わってくれた方がありがたい。だいぶ血が流れたようだからなあ」
「弱体化がどこまで進んだかで、西が動きかねませんよ。争いが治まってもしばらくは様子を見た方が良いと思います」
「もちろんそのつもりだ。エルドリア王国が冬場に食料を買い込んでいると、エディン殿が言っていた」
冬に食料を購入するのは、不作だったとしても早すぎるだろう。
やはり進軍してきそうな気もするな。
貴族達の争いの決着が付くのをジッと待っているのかもしれない。
オビールさんが帰ったところで、オリガン家からの書状の封を切って手紙を読む。
どうやら中隊規模でオリガン領内に略奪にやって来たらしい。
食料を略奪するほど、王国軍が疲弊しているとは思えないんだが……。
手紙を読み進めていくと、父上の見解が書かれていた。神殿からそそのかされたらしい。神殿としては、オリガン家が獣人族を保護しているのが面白くないのだろう。
だけど中隊規模でオリガン領内に踏み入れるのは少し足りない気がするな。兄上が笑いながら侵入者を芸対している様子が目に浮かぶんだよねぇ。
その後、王宮から王国軍の管理不届きを詫びる書状と金品が送られてきたようだ。これで、手打ちということになるらしい。
それにしても、貴族ではなく教団が動きだしたのか。
父上と兄上がいるならオリガン領は盤石ではあるんだが、国家が相手になったらかなり厄介になるぞ。
もう1度読み直したところで手紙を閉じる。
母上にも見せてあげないと……。
その夜の集まりで、オビールさんから頂いたワインを皆で味わいながら、状況を説明する。
やはりサドリナス王国内の内乱が早期に収まるというのは、皆も気に入らないらしい。だけど民衆にとってはありがたい話だと付け加えておくことにした。
「ブリガンディ王国も動きだしたってことにゃ?」
「王国軍が神殿の指示で動いたとなれば国王の権威は揺らぎます。動いた部隊の将軍を斬首したことで国王軍に罪をなすりつけましたが、そうなると貴族同士の政戦に国王軍が入り込みかねません。俺達に出来る事はありませんが、少し注意しておく必要がありますね」
「確実なのは、サドリナス王国の内戦が終息に向かっているということでしょうね。まだ城壁は半分に満たないですよ」
レイニーさんが恨めし気に呟いた。
俺と同じでもう少し続いてくれたならと思っているに違いないな。




