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オリガン家の落ちこぼれ  作者: paiちゃん
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E-106 サドリナス王国の分裂


 春分が近づくにつれ、根雪が少しずつ高さを減らしていく。一時は膝まであったんだけど、今では踝が潜るぐらいまでになってきた。

 日の当たらない場所は固く凍っているんだが、柔らかな日差しを浴びる広場は溶けて泥が白い雪を汚している。そんなことだからさらに融けるのが速まるんだろうな。


 空堀の工事現場にはいくつもの焚火が作られ、作業でかじかんだ手足を温められるようにしているようだが、冬の間にもだいぶ西に延びた感じだ。

 姉上やナナちゃんが頑張ってくれたんだろうな。

 焚火近くで見ている時も、100ユーデほど先で土砂の塊が突然空中に浮かぶと、みるみるうちに凝縮して傍のソリに乗せられていった。

 姉上達の後ろ姿に軽く頭を下げると、その場を後にした。


 指揮所に戻ると、珍しい人物がレイニーさんと話をしていた。

 席に着く前に軽く頭を下げる。


「ユーデルの町を一巡りしてきたのでしょう? 今日はだいぶ冷えますね」

「空堀の工事現場を見てきたところです。やはり上級の土魔法は凄いです」


 エクドラさんが、温かなお茶をカップに注いで渡してくれた。

 俺の言葉に、マクランさんとレイニーさんも笑みを浮かべて頷いている。


「レオン殿の姉上でしたな。確かに魔道師だけのことはあります。それに加えてナナちゃんもあれほど上手く上級魔法が使えるのであるなら、将来が楽しみです」

「姉上達がいる間に、魔法の手ほどきがどれだけの人間に出来るかも考えないと行けませんね。もっとも低級攻撃魔法では、魔族相手にあまり有効とも思えませんが……」

「使えたなら、それだけ助かるチャンスもあるかもしれません。最初から否定するのも問題ですよ」


 レイニーさんの言葉に苦笑いを浮かべ、「その通りです」と言ってタバコの火種の入った鉢を引き寄せてパイプに火を点ける。

 エクドラさんが首を傾げたのは、俺が魔法を使えないことを改めて思い出した感じだな。

 誰もが生活魔法を使える世界ではあるんだが、生憎と俺には出来ないんだよなぁ。姉上の作ってくれたバングルのおかげで、いくつかの魔法が使えるだけだ。


「でも珍しいですね。エクドラさんとマクランさんが指揮所にやってくるのは?」

「今年の作付けの話ですよ。エディンさんの来訪が不確定だとすれば、今年のライムギの作付けを半分にしてジャガイモを作ろうかと……」


 食料の自給力を上げようということだろう。

 だが、せっかく一か月に何度かライムギのパンを食べられるのを楽しみにしていた住民が気の毒になってしまう。

 長く話し込んでいたのは、それを考えた為だろう。俺も悩むところだ。


「ライムギの種は何時頃撒くのでしょう?」

「春分の一月後を考えています」

「それまでに、オビールさん達がやってこない場合は、ライムギではなくジャガイモというわけにはいきませんか? 昨年の開墾地にはソバを撒くでしょうから、ソバの収穫は昨年以上になると思うんですが」


 広げた開墾地に撒いただけソバの収穫は期待できるし、切り株が残った開拓地でもソバは良く育ってくれる。


「やってくるでしょうか?」

「エディンさんはともかく、オビールさんなら来ると思いますよ。さすがに春分は無理だと思いますけどね」


 俺としては夏至前辺りに来ると思っているんだけどなあ。

 草木が茂れば、それだけ身を隠すことが出来る。

 避難民も同行するとなれば、移動ルートも考えないといけないだろう。なるべく身を隠せそうな場所から場所へと移動しながらやってくるに違いない。


 そんな話をすると、皆が納得顔で頷いてくれた。

 だが夏至を過ぎても来ないとなると、俺達も買い出しに動くことになりそうだ。

 

 オビールさんが100人ほどの避難民を連れてマーベル共和国の楼門をくぐったのは、春分から2か月も過ぎた頃だった。

 仲間をエクドラさんのところに案内して、避難民はマクランさんが集会場へと連れて行った。

 宿舎と当座の生活用品を渡すためだろう。

 まだまだ避難民が訪れるから、常に10軒ほどの長屋を用意しているのだが、建設資材もそろそろ不足してきたようだ。

 城壁内の森は伐採をせずに植林をしているぐらいだからね。建設用の丸太は北の崖から切り出しているのが現状だ。

 切り株はそのまま朽ちるに任せて、伐採後はブドウの苗を植えている。

 とはいえ、あまり伐採すると崖が崩れる恐れもあるから、間引くような伐採で何とか建設資材を確保しているのが現状だ。


「ついに始まってしまった。町や村は閉じこもっているよ。俺の方も荷物の受け取りを南の港町で行っているぐらいだからなぁ。あそこは船主達の組合が傭兵を雇っているぐらいだ。そう簡単に略奪には来れないだろうし、下手に攻撃しようものなら、税金を取れなくなりそうだ」

「あまり冒険はしない方が良いですよ。それよりも、避難民を護衛して頂きありがとうございました」


 俺も言葉に笑みを浮かべる。

 ただ働きではないし、普段の報酬よりも高額な荷役の仕事だからなあ。

 場合によっては、参加させてくれと言ってくる連中もいるに違いない。

 その辺りの対処をどのように行っているのか分からないが、他人に恨まれることだけはして欲しくないところだ。


「ついに王国軍が分裂した。王都は半分が焼けたそうだ。このまま泥沼にならねば良いのだが……」

「国王は無事なんでしょう?」

「消息不明だが、第2王子と第4王子がそれぞれの陣営で指揮を執っているという噂だ。他の王族は粛清されたかもしれんな」


 完全に泥沼に足を踏み入れた感じだ。

 互いに潰し合う姿を見た魔族は、驚くんじゃないか?

 俺達に構うどころか、王国が滅亡しかねない。


「皆とで聞いた話だが……、西のエルドリア王国に動きがあるらしい。場合によっては介入してくるかもしれんな。王侯貴族にとってはとんでも無い話だろうが、俺達にとってはこの内乱を収めてくれるなら救世主にも思えてくる。もっともその後の治政次第だがね」


 やはり来るだろうな。時刻を一気に拡大して、新たな領地の住民から歓迎されるのならなおさらだ。

 サドリナス王国を傀儡国家にするか、それとも取り込むかは分からないけど、内乱直前はかなりの重税だったからなあ。税がかつてと同じであるなら住民が新たな君主に文句を言うこともあるまい。

 今年は色々とありそうだ。


「夏至は無理でも、秋分前にはもう1度やってくるよ」

「食料だけでなく、これもお願いします」


 そういってパイプを見せると、笑みを浮かべていた。

「ほらよ!」と言って包みを1つ分けてくれたからたっぷりと運んできたに違いない。明日は雑貨屋が賑わいそうだな。


「無理は禁物ですよ。勝敗が決まる直前が一番厄介だと聞いたことがあります」

「その辺は心得ているさ。それよりは潰し合いで互いに手が出なくなるんじゃないかな? そうなると西が黙っていないだろう。だが、魔族の動きを見るとそれもありかなと思っているぐらいだ」


 人間同士なら、ある程度は話し合うことも出来るだろう。だが魔族はそうはいかないからなあ。魔族も意思の伝達に言葉を使ってはいるんだろうが、俺達にはギィギィという音にしか聞こえない。あの唸り声の中に、意味があるのかもしれないけど……。


「魔族の脅威が団結を促すということですか……。それは可能でしょうけど、魔族の脅威が低まった時に問題が噴出しかねませんね」

「まあ、それはあるだろうが、先の話だ。住民は今日と明日しか考えられんだろう」


 それも寂しい話だが、それがサドリナス王国の現状なんだろう。

 俺達に苦笑いを浮かべたオビールさんが席を立つと、次の再開を楽しみにしていると言い残して指揮所を出て行った。


 改めてレイニーさんが俺のカップに熱いお茶を入れてくれた。

 ふうふうとカップに息を吹いてレイニーさんがお茶を飲んでいる。何かを考えているようだけど、考えが纏まらないのかな?

 パイプにタバコを詰めると、暖炉で火を点ける。


「何か迷いでも?」

「迷いというか……。サドリナス王国の西の王国は、かなり過激なようですからマーベル共和国にも手を伸ばすのではないかと……」


「あり得るでしょうね。サドリナス王国からの情報を得れば興味が出てくると思いますよ。恭順を迫るかそれとも俺達を国として認めるか。どちらにしても基本は変わりません。他国の軍隊の駐屯を認めない。商人の出入りは自由、そして獣人族以外の居住を認めない」


「それだと戦になりませんか?」

「向こう次第でしょう。たとえ戦になったとしても、街道の北に魔族が大軍を擁している状態でマーベル共和国に攻め入るには、かなりの大軍を動かさねばなりません。さらにここはかなり北に位置してますからね。それだけの大軍の消費物資を送り続けることが出来るとは思えません」


 地形が俺達に味方してくれるし、魔族の脅威は俺達にとって利があることも確かだ。

 さらに現在進めている城壁が完成したなら、例え5個大隊で攻められても跳ね返すことは可能だろう。

 

「レオンは心配無用だと?」

「現在の状況なら問題はありません。頑張って城壁を西に伸ばしましょう」


 その夜に、レイニーさんにした話を再び主だった連中に話すことになってしまった。

 やはりオビールさんの到着が遅くなったことを心配していたんだろうな。


「確かに距離があるのう。サドリナス軍も食料を焼かれて逃げ帰ったんじゃなかったか?」

「トレム殿がだいぶ活躍してくれた。次は火矢だけでなく爆裂矢も使えるだろう。輜重隊が本隊に到着することは無いだろうし、俺達だけでなくサドリナス軍を逃亡した兵士達も山賊まがいの動きをするかもしれんな」


 さすがに街道の警備は怠りなくやるだろうけど、街道を外れたなら魔族以外の脅威も出てくるに違いない。

 それを考えると、俺達はいろんな連中に守られているのかもしれないな。


「ということで、南の城壁作りを急ぎましょう。レオンは今年の争いは無いと考えているようです」


 レイニーさんの言葉に、数人が下を向く。

 まあ、兵士の仕事は戦うことであって、穴掘りや石積みでは無いからなあ。少しは同情できるけど、皆でやればそれだけ早くできることも確かだ。

 俺も西の尾根の工事からこっちに替わって、毎日朝から石を荷車に積む仕事をしているくらいだからね。


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