E-103 工事は邪魔が来ない内に
エディンさん達は3日後に、俺達の国を後にした。
レイニーさんと楼門の門から見送ったけど、何度も後ろを振り返って俺達に頭を下げてくれた。
レイニーさんは砂金の小袋を3つ渡したと教えてくれたが、これから先の事を思えば砂金はエディンさん達の活動に役立ってくれるだろう。
エディンさん一行が見えなくなったところで、指揮所に戻る。
いつものメンバーがワイン目当てに集まってくるのは、恒例になってきたようだ。
「レオン殿は、内乱がはじまるとみているということですか?」
「ああ、間違いなく起きる。問題は結果だと思うよ。2つ考えられるんだ」
1つ目は王国内で完結して、魔族との戦に王国が本腰を入れること。
2つ目は隣国の侵入により弱体した王国が残ること。
「どちらにしても弱体化するということですね?」
「長らく戦をしてなかったようだからね。それだけ文官貴族の権力が高くなってしまったようだ。悪いことでは無いんだが、そいつらが自分達の権益を守ろうとするとこうなるわけだね」
「ブリガンディは武官貴族が一目置かれてますからねぇ。なるほど、力もないくせに威張っているということですね」
エルドさんの言葉に、皆の顔をほころんでいる。
確かにその通りだ。おかげで歯止めが効いていない。
「レオンはどのように推移すると?」
「俺達に一番都合が良いのは、西の王国の介入でしょう。サドリナス王国は弱体しますが、まだ西なら選民思想にそれほど染まってはいないと思います。傀儡政権が出来る可能性もありますが、そうなれば獣人族が再び王都で暮らせるでしょう」
ブリガンディ王国ではそうもいかないだろう。隣国に攻め入るための戦力があるとも思えない。
王国全体が獣人族の殲滅に動いている状況では兵士の調達もままならないだろうし、魔族との戦が終わったとも思えないからなぁ。
「マーベル共和国への影響も考えないといけません。レオンはどのように?」
レイニーさんが俺に水を向けてきた。無いとは言えないが、俺にだって予想がつかない。
「エディンさんとオビールさんとの話では、不定期ではあるが交易をつづけるとのことでした。さすがに行商人については来ないことも考えられますけど、食料についての心配は現状では必要ないでしょう。魔族と争いながらの内戦なら、俺達に関われる状況にはならないかと。妨害の来ない内にどんどん工事を進めましょう」
「確かに……」
エルドさんが感心したように相槌を打ってくれる。
「とはいえ、王国を蹂躙した魔族がいつまでも俺達を見逃すとも思えません。すでに威力偵察を終えていますから、次は大軍を擁して挑んでくるはずです」
「戦力増強ということになりますね。増やすのは民兵ということになるのでしょうか?」
「通常兵と民兵の両者が必要でしょう。軽装歩兵を2個分隊とクロスボウ兵4個分隊を1つの小隊に纏めて常時尾根に配置したいと思います」
出来れば2個小隊にしたいけど、兵士を作ればそれだけ開拓や工事が遅れるのが問題だ。最小限にしておきたい。
「いざとなれば応援部隊を派遣することになりそうですね」
「増援は2段階になります。戦力の順次投入は下策も良いところですから将来的には見直す必要があります。とりあえずの措置として、最初の増援は麓の村の民兵になります。クロスボウ兵が1個小隊と投石部隊が2個分隊。その後に、ここから2個小隊を派遣する形になります」
増援は麓から1時間、ここからなら4時間というところだろう。
「最初から、2個小隊を尾根に待機させるべきかと思います。軽装歩兵2個分隊に弓兵を2個分隊の混成小隊を加えれば、この間と同じように戦いを有利に進められると思うのですが」
「私も賛成するにゃ。できれば軽装歩兵2個分隊はトラ族が良いにゃ。オーガが来ても安心できるにゃ」
変則的な部隊運用になるから、レイニーさんに調整して貰おう。
確かにトラ族なら申し分ない。それに石垣作りも進むはずだ。
「指揮所は初雪前には仕上がるのでしょう? それまでに、派遣部隊を調整します。マクランさんも、麓の村と調整してください」
「麓の村の方は話が済んでます。4個分隊のクロスボウ兵と2個分隊の投石部隊、それは最低でも、という枕言葉が付きますぞ」
それ以上に出せるということだな。ならありがたい話だ。となると……、麓には50家族近い開拓民が暮らしているってことになる。まだまだ増えるはずだから、最初の増援部隊としては申し分ない。
「ところで、村と言うと、どっちの村か分からないにゃ。名前を付けた方が良いと思うにゃ」
ヴァイスさんの提案に皆も頷いている。
確かに面倒な話だ。今はこの村以外は麓の村だけだけど、さらに2つぐらいはできそうだからね。
「またしても投票ということかな? 結構盛り上がるんだよねぇ」
リットンさんが嬉しそうな顔をしている。
他の連中も、似たり寄ったりだからなあ。レイニーさんがこれだ! と決めても良いけど、自分の考えた名前の村が残るというのは、一介の住人にとっては嬉しい話に違いない。
「この村と西の麓の村だけじゃなくて、さらにもう1つ名前を決めておきましょう。西の村と距離があるから、途中にもう1つ村が出来るかもしれない」
都合3つ、ということらしい。
また食堂が賑わいそうだ。宿屋の酒場も売り上げが上がりそうだな。
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エディンさん達が帰って3日後に、再び西の尾根に向かった。
荷車5台に乗せたのは、食料だけでなく、小型のカタパルトと建設資材だ。
さすがに爆弾50個は俺が魔法の袋に入れて運ぶことにした。
爆裂矢も100本を箱詰めにしてヴァイスさんが運んでくれている。一回り大きくなった円筒状の爆弾になったから、少しは威力が増したんじゃないかな?
尾根に着いたところで荷を整理し、荷車の荷物を運ぶために何度か麓と指揮所を往復する。
一輪車の通行は問題ないようだな。これで石運びも少しは捗るだろう。
トラ族の連中が指揮所作りを担当し、ヴァイスさん達は石運びと石積みを行う。
たまにキノコや木の実を取ってきてくれるから料理をしてくれる小母さん達が美味しく料理してくれるのも楽しみだ。
とはいえ、相変わらずヴァイスさんの籠の中身は毒キノコばかりなんだよなぁ。
小母さん達が選別して西の谷に捨てているんだけど、その内に毒キノコの谷になりそうだ。獣すら寄り付かなくなるんじゃないかと心配してしまう。
冷たい北風が吹きだしたころ、ようやく指揮所が完成した。
村の指揮所より立派に見えるのは、指揮所の屋根に弓兵を乗せられるように頑丈に作ったことと、その一角に俺の身長ほどの高さの見張り台を設けたからだろう。
見張り台や指揮所の西と南北面は全て簡易セメントを塗り付けてあるから、火矢を受けても火事にはならないだろう。
工事の残材は全て薪にしたから、今年の冬は暖かく過ごせるんじゃないかな。
かつての指揮所は解体されたけど、その木材は新たな指揮所や待機所の強化に使われている。
屯所は3個小隊分があるから、冬越しも容易なはずだ。
レンジャーの連中に冬場は屯所を1つ開放して、残った2つに派遣する2個小隊が駐屯することになる。
「炊事場も小屋掛けした方が良かったんじゃないか?」
「とりあえず屋根があれば十分でしょう、屯所近くですし、炊事場で暮らすことにはなりませんからね」
炉は石を組んだだけだし、大きな鍋を掛けられるなら十分だろう。周囲に壁が無いから煙がこもることも無い。
これで明日は村に帰れるな。
俺も村の名前を考えて投票箱に入れておいたけど、皆も色々と考えたに違いない。どんな名前になるのかちょっと楽しみだな。
村に戻ってくると、さっそくレイニーさんに名前の件がどうなったか聞いてみた。
まだ開票はしていないようだ。どうやら新年のイベントとして考えているみたいだな。投票箱は厳重にエクドラさんが保管していると教えてくれた。
「レンジャーに監視を引き継いできましたが、派遣部隊は決まったんですか?」
「今年の冬は、エルドが行ってくれるわ。明日にでも出掛けるはずよ」
冬だからなぁ、1個小隊でも十分だろう。
どちらかと言うと来春が危険だと思っている。
夕食前にナナちゃんが指揮所に帰ってきた。
どうやら今年の卵を確認していたらしい。そういえば、しばらく魚を食べてないな。
ナナちゃんに聞いたら、池で釣る分には黙認してくれるようだ。
もっとも俺とナナちゃんで始めた事業だからねぇ。この場合、許可を取る相手はダレになるんだろう?
まあ、それは悩んでもしょうがない話だ。たぶん育ちが悪かった魚を入れている池だろう。明日は数匹釣ってみるかな。
翌日の午後、釣った魚を串に差して暖炉でこんがりと焼いていると……、ヴァイスさんがやって来た。
勘が良いなぁ。思わず感心してしまう。
「美味しそうな匂いがしてたにゃ」
「数匹ですから、1匹だけですよ。ナナちゃんに断って食べてくださいね。
「だいじょうぶにゃ。私も手伝ってあげるにゃ」
笑みを浮かべてナナちゃんの隣に座ると、一緒に魚が焼けるのを見ている。
後ろから見てると、歳の離れた姉妹に見えるな。
思わず笑みが浮かんだ時、今度はレイニーさんが入ってきた。
直ぐに暖炉に目が行くのは、やはり匂いで分かったのかな?
自分の椅子を暖炉傍に動かして、一緒に焼きあがるのを待っている。
しょうがないか……。
席を立って、部屋から釣り竿を持ち出すと再び池に向かった。このまま行くとどんどん来客が増えそうだ。もう数匹釣らないと俺まで回ってこないんじゃないかな。
指揮所に戻ってきた時には、マクランさんまで一緒になって焼き魚を頂いていた。
当然俺の分は無いようだな。
伝令の少年達には回らなかったようだから、彼らの分も合わせて2回目の焼き魚を作ることにした。
「また取ってきたにゃ。何匹とってきたにゃ?」
「俺と伝令の少年の分ですよ。それでも2匹残りますから、次にやってくる人物に進呈することにします」
ヴァイスさんの尻尾は力なく下に下がっている。もう1匹食べられると思ったのかな?
誰も来ないなら、ナナちゃんとヴァイスさんにもう1匹ずつ渡してあげよう。




