E-101 大商隊がやってきた
やはり指揮所を大きくするにはかなり周辺を掘り下げることになりそうだ。
半ユーデほど掘り下げても、さほど広がらないとのことで一気に1ユーデ掘ることになってしまった。それでも入り口にある東側は、太い杭を打って足場を確保することになってしまうのは急峻な尾根だから仕方のないことなんだろう。
エニル達が西を監視してくれているから、ヴァイスさん達と俺は麓からの道作りを継続する。
「直ぐに大軍が来ると思ってたにゃ……」
残念そうなヴァイスさんだけど、俺達には都合が良いことも確かだ。
秋分前には何とか形にしておきたいし、冬前には完成させたいからね。今魔族がやって来たなら計画が頓挫してしまう。
交代する部隊がやって来たのは工事を始めて1か月ほどしてからだ。
ヴァイスさんは、このままこちらにいてくれるらしい。たぶん向こうに行っても南の城壁造りで穴掘りをするだけだからだろう。
ここは尾根だけあって夏でも涼しい風が吹くからね。
指揮所を解体したので、北の待機所に大きなテントを張って代用している。
毎夕食事を終えたところで状況の確認を行うのだが、相変わらず魔族は姿を現さない。
「少し西に行って猟をしてきたんだが、魔族の姿どころか痕跡すらなかったぞ」
「やはり私等を恐れて、南の王国を襲ってるに違いないにゃ。今の内に立派な砦を作るにゃ」
レンジャーのトレムさんが大きな鹿を届けてくれたから軍属の小母さん達が美味しい夕食を作ってくれた。
狩りのついでに西を探索してきたのか、それとも逆なのかは分からないけど、俺達にとって魔族が近くにいないということは重要な情報だ。
ヴァイスさんの言うことは誰もが自覚していると思うけど、作っているのは指揮所であって砦では無いんだけどなぁ……。
さすがに夏ともなると、工事があまり進まない。尾根の指揮所はともかく道作りはかなりの重労働だ。
なるべく朝夕に作業を集中させて日中は木陰で昼寝を楽しむ。
そんなある日のこと、マクランさん達が俺達の作業場にやって来た。
マクランさんの目的は、多分麓の村の視察だろう。開拓状況を聞くよりは自分の目で確かめようとやってきたに違いない。
そのマクランさんだが、俺達に差し入れを届けてくれた。
試しに栽培したウリが思いのほか豊作だったとのことだ。さすがに近くの町に売るに行くことも出来ないし、かといって酒を造ることも出来ないとのことで魔法の袋に大量に入れて運んできたようだ。
さっそくエクドラさんがナナちゃん頼んで大きな氷を魔法で作って貰い、桶に入れてウリを冷やし始めた。
夕食には冷たいウリが食べられそうだな。
「確かに急峻な尾根ですな。これなら魔族の襲撃を防ぐのも容易かもしれません。とはいえ相手は大軍、麓の村の拡充を急ぐ必要がありますな」
「開拓次第ということになるんでしょうが、東の村も西に向かって開拓を進めているのでは?」
「それが……」と言いながらマクランさんの話してくれたことは、一言で言って開拓現場までの距離が延びてしまったということらしい。
開拓場所まで歩いて1時間ほど掛かるということであれば、現場に到着しても先ずは一休みということになってしまう。
「ここなら、開拓場所が直ぐ傍ですからねぇ。魔族の心配が少ないのであるなら、募集したならすぐに集まることでしょう」
「だけど魔族の脅威は東の村からすれば格段に高いことも確かですよ。募集時の制約条件にクロスボウが使える者がいる家族として頂ければありがたいです」
俺の要望に笑みを浮かべる。
それぐらい分かっているということだろう。
「さらに投石具を使える者がいる家族……、としたいところですね。ヴァイス殿から話を聞きました。投石具は魔族相手にかなり使えたと言ってましたよ」
「そうできればありがたいですけど、どれぐらいの村にするつもりでしょうか?」
マクランさんの話では50家族前後にしたいとのことだった。さらに東の村との間にもう1つ村を作り計画もあるそうだ。
開拓を進めることが、村を作ることになるとは思わなかったな。
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秋分が近づくころに、どうにか麓から指揮所までの道を作ることが出来た。
それほど道幅が無いけれど、一輪車なら問題なく通行できる。途中のコブ地を使って休憩所も作ったし、斜面の緩やかな場所の道幅を広げたから一輪車のすれ違いに苦労することも無いはずだ。
指揮所の方は、ようやく1階が出来上がりつつある。
まだ屋根は無いけど間取りが分かるまでになってきた。指揮所の左右に部屋があるのは東の指揮所と同じだけど、指揮所が広くとってあることで小部屋の大きさはベッド2つ分ほどでしかない。
ナナちゃんが大きくなったら2段ベッドにすることになりそうだな。
暖炉もかなり大きいし、煙突の断面は真四角ではなく底辺の長い5角形だ。外にあまり出ないで、室内に広い面積を持っているのは冬の暖房の為だろう。
指揮所の床下には石造りの倉庫が作られている。火薬を保管するにも都合が良いだろうし、非常食もここに置けそうだな。
「明後日には秋分になりますが?」
「明日で作業を一段落させて、東の村に戻ろう。次は行商人達が帰った後で、再開すれば何とかなりそうだ」
夕食後の打ち合わせで伝えると、翌日は午前中で作業を終えて道具の片付けが行われる。皆も、楽しみにしているのだろう。
そろそろタバコの葉も無くなってきたところだ。今度はたっぷりと確保しておこう。
午後に尾根を下り始める。トレムさん達に後の監視をお願いしたし、魔族が見えたならすぐに知らせてくれるはずだ。
麓の村にロバが数頭いるから、2時間も掛からずに知らせが届くに違いない。馬ならもっと早いんだろうが、農耕にはあまり適さないからなぁ。ロバと牛が開拓民を手助けしてくれる家畜になっている。
村に着くと、指揮所に向かう前に雑貨屋に寄ってタバコを2包み購入する。
明日は秋分だけど、果たして遅れずに来てくれるかなあ?
「今年の砂金の量は4袋だそうです。エルドによると採取機関が短かったことと、参加者が1個分隊少ないためだろうということでした」
「4袋なら黒字でしょう。問題はないと思いますよ。エディンさんとの取引も砂金2袋で間にあいますからね。それに残金と夏至の分配金の残額で住民達への支給に問題はないと思います」
砂金が枯渇してきたと思っていたのかな?
エルドさんももう少し詳しく報告してくれれば良かったのに……。
「まだ砂金は行けると?」
「採取量にそれほど大きな変化は無さそうです。半減したなら、次の場所を探しても遅くはありません」
少なくとも上流に、もう1か所ぐらいはあるように思える。
ダメなら下流も調べてみよう。
明日を楽しみに早めにベッドに入ったのだが、翌日の春分の日にエディンさん達は訪れなかった。
これまでも2日ほど遅れることはあったからね。
さすがに3日目になると心配してしまうが……。
秋分の翌日になってもエディンさん達はやってこない。
2日後になるとさすがに皆が不安げな表情を見せ始める。
楼門に上って南へと続く道を眺めたくなる衝動を抑えて、指揮所でパイプを使って心の安寧を保つことにした。
地図を眺めながら過ごす俺を、レイニーさんがたまに編み物の手を休めて顔を向ける。
話し掛けたいのだろうけど、言葉に出せば不安が募ることを恐れているようだな。直ぐに編み物を再開するんだから……。
開き窓から夕陽が差し込んできた。
やはり何かあったのかもしれないな……。そう思ってはみたものの、この場ではどうにもできないからなぁ。
「お茶にしましょうか?」
レイニーさんの言葉に、笑みを浮かべて頷いた。
やはりレイニーさんも心配しているようだな。冬越しの食料が少し気になるところだ。
状況次第では、買い出しということも考えないといけなくなってきたぞ……。
「行商人達の大行列がやってきました!」
伝令の少年が扉を乱暴に開け放し、大声で教えてくれた。
レイニーさんと顔を見合わせて溜息を吐く。
「ご苦労! ところで行商人はいつも通りじゃないのかい?」
「前部で30台を超える大行列です。俺達との商売は儲かると思っているんじゃないですか」
それは無いはずだ。俺の知っている相場やエクドラさんの購入価格に大きな変動はない。となると、エディンさんが行商人枠を大きくしてまで行商人を同行させることはないと思うんだだが……。
「それにしても……」
レイニーさんが、呆れたような声を出す。
「ここで待っていれば、エディンさんが説明してくれると思いますよ。それに数が多いと言っても、エクドラさんが頼んだ食料品だって昔よりは量が増えていることも確かです。魔族との戦いもありましたから、普段より多く注文したのかもしれません」
火薬や酒類、それに武器の多くは荷車に積まずに魔法の袋で運ぶことが多い。となると荷車の量が多いのは食料品が多いということになるだろうし、冬を前にしての毛布や温かな衣類というのも考えられるな。
ポットのお湯を確認したらあまり入っていないなぁ。傍にある水を入れたポットから注ぎ足してお湯を沸かす。
そんなことをしていると、エディンさんとオビールさんが指揮所を訪ねてきた。
2人をテーブルに着かせたところで、お茶のカップを配る。
「だいぶ大勢で来たようですけど?」
「はい。そのことを先ずはお詫びしませんと……」
ちょっと疲れた表情だったけど、お茶を飲んで人心地付いたようだな。淡々と知友を話してくれた。
「ちょっと待ってください。……それは、内戦ということでしょうか?」
「貴族同士の争いが拡大して、とうとう近衛兵では御せなくなったということです。まだ近衛兵が2つに割れたということは無いですから、内戦というには……」
王都周辺の町まで争いが拡大した、というんだから穏やかではないな。
王国軍は様子を見ているだけで、争いを収めようとはしていないようだ。もっとも、王都周辺に作った砦で魔族相手の戦の最中とも考えられるな。
魔族がこっちに来ないのは、そんな理由もあるのだろう。
「行商人の中には、これを機会に国外に逃れようとしている者もおりまして……」
「闘争資金造りということですか。仕方のないことですが、そうなると行商人の荷車も買い取ることが出来るということでしょうか?」
俺の言葉を聞いて、急に俺に顔を向ける。
「出来ればお願いしたいところです」
「2台ほど欲しかったのです。その辺りの調整はエディンさんに任せてもよろしいでしょうか?」
「買い取って頂きたい荷車となれば、4台なのですが2台の値段で十分です。銀貨3枚でどうでしょうか?」
さすがにそれは安すぎるだろう。
その辺りの差配はレイニーさんに任せよう。ちらりと横を向くと頷いてくれたから、それなりの値段で買い取ることになるはずだ。




