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第九十一話 マジッサ王国での出来事

「……司祭様、おはようございます」


 ここはマジッサ王国の王都にあるドボチョン教団の教会。司祭と信者たちがバザーを開いていた。

 教会の広場にはテントがいくつも建てられており、食べ物や酒、服や食器などが売られている。

 その内禿げ頭の司祭に、でっぷり太った中年女性が声をかけた。


「はい、おはようございます。今日はいい天気ですね」


「はい……。ところでイターリ様はどうなさいましたか?」


 司祭の顔が曇った。


「どこかへ旅立ちました。お供のオッボネ殿も一緒です」


 司祭の言葉に女性の顔が曇る。何か言いたげであった。


「あの、司祭様よろしいでしょうか? もしかしてイターリ様とオッボネ様は私たちが殺したのではないでしょうか?」


 突然の言葉に司祭だけでなく、他の通行人たちも振り向いた。


「……なぜ、そう思ったのですか? そもそも私たちとはどういう意味なのですか?」


 そう、中年女性は私たちと答えた。それは複数いるということだ。


「司祭様、実は私は夢を見ました。イターリ様を悪魔の使いと決めつけ、石を投げつけて笑っていたのです。まるで悪酔いしている気分でした。あれほど胸糞の悪い夢は見たことがございません」

 

 中年女性の言葉を聞いて、司祭の顔は何とも言えない表情になる。そこに近くにいた老人が声をかけた。


「あんた、今の話は本当かね!? 夢の中でイターリ様に石を投げつけたと」


「ええ、夢の中でですけど……」


「それなら俺も見たぞ!!」


 老人が叫んだ。すると周りの人間も一斉に自分も見たと言い出したのだ。

 

「王様と宰相様がイターリ様は悪魔の使いと言って、火あぶりの計にしたんだ!」


「それで兵士たちがイターリ様とオッボネ様に暴行を加えたんだ!!」


「みんなそれを見てゲラゲラ笑っていた!! あれほどの悪夢は初めてだ!!」


 バザーでは大騒ぎになった。自分だけが見たと思っていたら、他の人も同じ内容の夢を見ていた。

 しかも夢の内容を話しても、齟齬が一切ない。これほど不思議な話はなかった。


「皆さん、あなたたちは悪夢を見ただけです。あなたたちはイターリ様を罵倒などしておりません。ですが同じような夢を見ることは、長い人生でたまに起きることなのです。気にしてはいけません」


 司祭は大声を上げて人々を説得した。なるほど、そうなのかと中年女性は納得し、他のみんなも静かになった。こうしてバザーは続けられた。


 ☆


「すさまじいものですね、ヒアルドン宰相の力は」


 日が落ちて辺りは真っ暗になる。教会の中では数本のろうそくの灯りに照らされ、司祭と信者たちが集まっていた。

 

「みんなが同じ夢を見ていたなんて。我々もイターリ様からもらった薬がなければ、意識を持っていかれるところでした」


 司祭は机の前に座っている。実は彼等はイターリが処刑されていたことを覚えていた。

 実際のところ、イターリとオッボネは夢の中で殺されたのである。

 これはヒアルドンが発動させた夢幻演劇という魔法だ。まず国中の国民に魔法をかける。そして夢の中で彼等はイターリを悪魔と罵倒し、石を投げて喜ぶ屑を演じさせられたのだ。


 司祭たちはイターリを心の底から憎む役割を演じさせられた。だが事前にイターリからそれを防ぐ薬をもらっており、意識ははっきりしていた。


『僕なら魔女が生み出した夢幻演劇を使うだろうね。夢の中ならなんでもありだからね。それに集団で魔法をかけて操るのはたやすいよ。ネタになる話を聞かせればいいんだからさ』


 そう言ってイターリは待っていた。ヒアルドンが動き出すことを。そして眠っている最中に自分の意識が何者かに操られる感覚があった。

 

 司祭たちは夢の中でイターリとオッボネに拷問を加えた。正直、拷問などやりたくなかった。だがイターリは司祭に対して、手ぬるい、もっと徹底的にやれと指示された。むしろイターリの身体がボロボロになる以上に、精神をごりごり削られる気分になった。


「ですがなぜ宰相様はイターリ様たちを捕えて処刑にしたのでしょうか。いったい何をしたかったのでしょうか」


 信者の一人が司祭に尋ねた。今まで放置していたのにいきなりイターリ達を捕縛して暴行し、拷問に加えさせ、火あぶりの計にしたのはなぜだろうか。


「……イターリ様はこうおっしゃった。もし自分が殺されるとしたら、それは飛脚代わりであると。そして自分の口からヒアルドンの悪行が暴露され、世界中に散らばっているスキスノ聖国がマジッサ王国に集中させるためだろうと言っていたな」


「そんなことをして何になるのでしょうか?」


「ここマジッサ王国は世界で最も邪気が濃い国だ。スキスノ聖国が動けばさらに邪気は増幅するだろう。そうなれば一気に邪気が爆発すれば、世界中の人間が魔石化して死ぬだろうな」


 司祭の言葉に信者たちは真っ青になった。ヒアルドンの壮大な計画に冷や汗をかいた。ヒアルドンはそこまで人類を憎んでいるのだろうか。魔女ドボチョンの記憶を受け継ぐヒアルドンは押し付けられた役割に怒りを宿しているのかもしれない。


 ☆


「クックック……。今頃、イターリは自分の出来事を法皇に報告しているだろうな」


 ここはマジッサ王国にある宰相の屋敷だ。部屋の中には何もない。テーブルの上に酒が置いてあり、部屋の主であるヒアルドンがグラスに赤い酒を注いでいた。


「世界中の人間を殺す。闇の女神ヤルミを呪い、人類を滅ぼそうとしている。光の神ヒルカの加護を持つイターリなら真っ先に思いつくだろうな」


 ヒアルドンは酒を一気に飲み干した。そしてにやりと笑う。


「だが私の計画は違う。イターリや魔女の子孫たちでは、私の考えなど思いつかないだろうな」


 こうして夜は更けていく。

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― 新着の感想 ―
[一言] これはヒアルドンの思惑は読めないですね。
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