第八十七話 ドイラプ達の役割
「えーっと、ドボチョンて人は最初っから狙ってたのか? すごいのだー!!」
15歳ほどのピンク色のベレー帽を被り、オレンジイロノルパシカを着た、赤毛のサイドテールでそばかす少女が訊ねた。
ズゥコ王国の冒険者、ラガクキである。
「たぶん、計算してないよ。魔導書で自分の血族を操ることは決定していただろうけど、今の状況は予測してなかっただろうね」
それをイターリが否定した。魔女は予知能力を持っているが、さすがに1950年もの未来を見通すのは無理だ。歴代の魔女でも遠い未来を予測できたものはいない。精々自分の子供の未来を見れるだけだ。
そこに30代の日焼けしたがっしりした体格の女が声をかけた。白い頭巾をかぶり、胸はさらしを巻いており、灰色のズボンと白いエプロンを身に付けている。
ラガクキの母親で、彫刻家でもある冒険者ワマレドだ。
「あたしの推測だけど、ヒアルドンは世界各国で情報を集めていた可能性が高い。例えマジッサ王国から出なくても情報さえ集まっていればなんとかなる」
「さすがは母上! とっても賢いのだ!!」
ワマレドの言葉にラガクキは無邪気に喜んでいる。では情報をどう集めていたのだろうか。
「恐らくは傀儡呪文の改良だと、奥様は申しております」
菫色のおかっぱにメイド服を着た美人が答えた。その下には60代ほどのオレンジ色の服を着た老婆が車椅子に座って寝ていた。彼女はカムゲシャ、ワマレドの母親であり、ラガクキの祖母だ。
そしてメイドはクッグ。実は彼女の身体は人形であり、今しゃべっているのはカムゲシャ本人だが、公然の秘密とされている。
「そもそもヤコンマン台下がドボチョン教団の司教様の死を察したのも、奥様の作った人形でございます。ヒアルドン殿の場合は自分の血縁を通して、世界各国の情勢を見極めていた可能性が高いとのことです」
これは遠見呪文と呼ばれているものだ。呪文をかけた者の見た光景は、術者も見れるものである。ただしキャコタ王国では禁止にされており、国王の許可がなければ使えないのだ。なぜなら見るだけで秘密を相手に伝えられるためである。
無断で使用した者は目を潰し、一生魔法が使えなくするなど厳しい刑があった。
ヒアルドンは亡命した自分の血縁たちに遠見呪文をかけていた。それは産んだ子供にも受け継がれるように仕組まれている。もっとも普通は出来ない。遠見呪文で見えているのは一人ではなく、数百人単位なのだ。常人なら圧倒的な情報量で、頭が爆発して死ぬ。
それだけでもヒアルドンは魔女の素質を持っていてもおかしくないのだ。
「……つまり、ヒアルドンの血縁であるキョワナさんたちは、自分の意志とは関係なく間者の役割を与えられていたというわけですか?」
ワイトが重々しく尋ねた。それに対してクッグは目を一度閉じると、その通りですと答える。
講堂では無駄話など一切なかった。イターリの話は野次を飛ばせるものではない。この計画はあまりにも多くの人間を人形の如く利用されてきた。
人の心を操り、おもちゃにされてきたのだ。
「そうか……、どうりでドイラプたちが襲撃してきたわけだ……」
心痛な面持ちでつぶやいたのはシジョルだ。ピンク色のアフロが特徴的な体格のいい女性である。
「どういうことでござるか、シジョル殿? ドイラプ達の襲撃に何の意味があるのでござる?」
パルホが訊ねた。
「彼等は蟲毒ですよ。7年前に活躍したドゴラン殿をモデルに、ヒアルドンはドイラプたちを作った。正確には洗脳ですね、ドゴランのような特別な力を持ち、力を管理する者と思い込んだ狂人集団。皆さんもご存じでしょう?」
シジョルが訊ねると、講堂の冒険者たちは肯定した。
「あいつらひどすぎるのだ!! ズゥコにある開拓村を焼き払ったくせに、自分たちは正しいんだ、自然を守ったんだとわけのわからないことを抜かしたのだ!!」
「自然は大事だと思うが、開拓民たちにも生活がある。ある程度は冒険者ギルドが巡回する予定だった、それなのに……」
「ドイラプたちは開拓民を皆殺しにしました。自然を汚した大罪人だ、こんな奴は殺されて当然なんだとゲラゲラ笑っておりました。わたしは、いえ奥様は怒って双子の男女を糸で首を刎ねて殺したのです」
ラガクキたちは怒りに震えている。余程彼等の所業が目に余るものだったのだろう。ドイラプは仲間を殺されて、暴走したが、ラガクキの絵具により、怒りは沈められてしまった。さらに彼は自分たちは力を、世界を管理する者なので、花級に昇格できるよう推薦状を書いてほしいと頼んだのだ。
さすがのラガクキも切れた。殴り掛かろうとしたが、その前にワマレドの鉄拳でドイラプの顔は吹き飛んだ。その際に右目は潰れたという。
「ドイラプたちが蟲毒……。まさか!!」
パルホは話を聞いて察した。それはあまりにも悍ましいものであった。
「ドイラプ達はドボロクの縮小版です。26人の仲間たちは次々と殺されていきました。その怨念は生き延びた者たちに宿っていったのです。最後の怨念の行き場所は恐らくキョワナ王子……。彼が怪物に変生したのはそのためでしょうね……」
シジョルの顔が暗くなる。最初からキョワナを器にするつもりではなかった。単純にキョワナが器の資格を得たのだ。そしてドイラプ達の死にキョワナは怨念をその身に受け、怪物になったのである。
ドイラプ達は実験動物であった。洗脳された挙句、惨めに殺されたのだ。
キョワナも被害者だが、ドイラプ達はもっとひどい扱いをされていた。大魔王に相応しい器づくりの為に、人生をめちゃくちゃにされたのである。
「なっ、なんという非道でしょう……。どうしてここまで人の人生を弄ぶことが出来るのですか? ゆっ、許せません……」
ワイトは怒りに震えていた。それは彼だけではなく、冒険者たちも怒りで形相が変わっている。
講堂内は怒りの炎で煮えたぎっていた。
イターリは冷静を装いながら、話を続ける。
「ヒアルドンの目的はキャコタ王国で大魔王を降誕させることだね。この地は外国人が多く、生まれる魔獣やモンスター娘も国際色に富んでいる。現在マジッサ王国では戦争のための兵士たちを集められているだろうね。そこでヒアルドンは国王キガチィ40世を殺すだろう。1950年以上、王位を奪われ、理不尽に殺された者たちの怨念が解放されるだろうね。それは遠いキャコタにいるキョワナ王子に感嘆に憑依されるだろう」
「問題はキョワナ王子を殺しても意味がないということですわ」
「そうですわねお姉さま。死体になっても怨念は宿ると思いますわ。傀儡の如く」
シジョルの姉、シジョフとシジョムだ。キョワナを殺しても解決しないだろう。それ以前に外交問題になる。さらに言えば1950年以上溜めた怨念がどう悪影響を及ぼすかも未知数だ。下手すればキャコタが犠牲になった方がましになる場合もある。
「そこであなたたち冒険者にはマジッサ王国に行ってもらいます!! リーダーはここにいるワイトとパルホです!!」
イターリがバンと二人を紹介した。あまりの展開にワイトは驚いたが、冒険者たちは全員賛成している。
「言っとくけど思い付きじゃないよ。僕の推測が正しければ君たちがいなければこの事件は解決しない。これは二千年の法皇の記憶を持つ僕だから断言できるんだ」
イターリはそう真剣な目で、二人を見つめるのであった。




