第八十六話 大魔王の作り方
「そもそも大魔王を作るとはどういうことですか? エロガスキーとどう違うのです?」
ワイトがイターリに訊ねた。ワイトにとって大魔王とは母国サマドゾの西にあるハボラテの都に住むエロガスキーの事を差す。エロガスキーは山羊のモンスター娘サテュロスからデビルに進化した存在だと聞いていた。ドボチョン・ロックブマータとコブラツイスターズという本でどうやって作るというのだろうか。
「では、質問。この中で大魔王エロガスキーに会った人はいますか?」
イターリはワイトを無視した。すると黒髪の清楚な女性が手を上げる。
志熊荷王国の冒険者、荷庫小芥子だ。次女の弁樹と三女の梅分もいる。
「わたくしたち三姉妹はエロガスキー様と出会ったことがあります。一言でいえば巨大な山を相手にしているようでした。それも山全体に瘴気が溢れているようでした。わたくしの巨大化呪文ですら太刀打ちできないでしょう。梅分さんの縮小呪文も通用しないですね。ただエロガスキー様の個人の力とは思えません。例えるなら我が志熊荷王国にある霊が帰る地、迎山に近い感じでしょうか……」
迎山とは岩山しかない場所である。志熊荷王国では死者は迎山に赴き、黄泉の国に帰ると言われていた。そこにはイタコという霊を呼ぶ巫女たちがいる。なんでも千年前にはモコロシ王国で得た秘術だと言われていた。
「正解でーす。小芥子さんの言っていることは正しい。実を言うとエロガスキーにしろ、ドスケ=ベデスにしろ、モンスター娘が百年経って進化したわけではないのです。大魔王は蟲毒によって生まれたのですよ」
「こどく……。ひとりぼっちということですか?」
ワイトが訊ねるとイターリは首を横に振った。そこに長い黒髪に紫陽花の刺繍をした紫のドレスを着た美女が立ち上がる。モコロシ王国の冒険者エスロギだ。
「蟲毒とは虫の毒と書いて、こどくと読むデス。モコロシ王国に伝わる禁呪デスネ」
「そうです。孤独の作り方は、まず大きな甕を用意します。次に大量の虫を入れて、蓋をします。虫が共食いを始め、最後に生き残った虫を呪術の道具にするのです。なぜなら大量の命を食い散らかしたのですからね。なんなら虫でなくても犬とか使う場合がありますよ」
イターリが説明した。なんとも悍ましい秘術であろうか。ワイトが知らなかったのは、魔法と関係ないからだろう。
だがワイトは今の話を聞いて気づいてしまった。イターリの言いたいことを理解してしまったのだ。
「―――!! まさか今のドボロクによる子供たちの影響は、蟲毒なのですか!!」
ワイトが叫ぶと、行動の中はざわついた。そう冒険者たちも孤独の話を聞いて、すべてを理解したのだ。
ドボロクに影響された子供たちは多い。キウノン・バデカスや、ソヘタク・ズゥコなど様々だ。それらは魔女の子供であるワイトたちに絡んできたが、倒していった。
それらが呪いをため込む器の候補者を減らしていったのだろう。
「……正解だよ。カハワギ王国王立アカデミーの研究室によれば、ドボロクの内容に影響されるのは、特定の血筋のみと出てる。それも10歳から14歳にかけてね。血筋と関係がなければ反応はしないし、大人が読んでも影響はないよ。ただ10歳以下が読んだらとんでもない悪影響を及ぼすね。僕が断言する」
イターリの言葉にワイトは疑問を抱いた。なんでそう言い切れるのだろうか。
「ははぁ、拙者たちはすでに見ているのでござるな。その悪影響を受けた人間を!!」
パルホが答えた。自分たちはすでに見ている? まさか!?
「キョワナさん、ですか?」
ワイトが弱弱しく尋ねた。キョワナは現在侯爵領にある病院で治療を受けている。兵士を付け、監視状態に置かれていた。彼の母国であるカモネチ王国の大使とキャコタの外交官は話し合いをしていた。一体外交上、どう落とし前を付けるかわからない。この件は学園長であるスワガラが責任をもって解決に導くしかないのだ。
「その通りです。カモネチ大使から聞いた話だけど、キョワナ王子はマジッサ王国の商人から入手したドボロクにいたくご執心だったそうだよ。ドボロクの本自体は2年前からばらまかれていると報告があった。ただ最初にマジッサ王国と隣国であるカモネチ王国から始まったみたいだね。つまり一番悪影響を受けたのはキョワナ王子というわけだよ」
「エロガスキー様やドスケ=ベデス様が生まれたのは、あの方も同胞と殺し合いをしたためでしょうか?」
小芥子が恐る恐る質問した。それでいて目は澄んでいる。
「そうだよ。作ったのは魔女さ。だが当時は仕方なかったんだ。エロガスキーたちは人間に囲まれて一族をまとめて皆殺しにされそうになっていた。そこで当時の魔女は蟲毒に習って、殺し合いをさせた。無駄死にするより残った一人に未来を託したんだ。その結果が大魔王誕生というわけさ」
なんとも吐き気のする話であろうか。ワイトはエロガスキーにそんな過去があるとは知らなかった。いつもは母親のバガニルにおしおきされる駄目な人としか映っていなかったのだ。
「まあ、エロガスキーたちは魔女に感謝しているよ。むしろ人間たちを圧倒できる力を得たんだからね。だからこそ魔女の子供であるワイトやパルホには甘いんだよ」
イターリが説明した。小芥子たちは以前ワイトたちとともにエロガスキーと謁見したことがある。ワイトたちには甘いが、小芥子たちには冷酷であった。本来は人間を蛇蝎の如く嫌ってはいるが、魔女の一族は別なのだろう。
「しかしなぜ魔女ドボチョンは蟲毒を知っているでござるか? 確かモコロシに伝わる秘術でござろう?」
パルホが疑問を口にした。それはもっともな意見であった。
「……その蟲毒は元は三代目法皇であるロックブマータが生み出したんだ。モコロシに伝えた後、マジッサ王国へ渡ったんだ。ついでに言えばカウゲス一族に龍結びの儀式を伝えたのも、ロックブマータなんだよ」
イターリが苦々しく説明した。
「ツマリ、ヤコンマン台下が悪いということデスネ」
エスロギが答えた。スキスノ聖国の法皇は先代の記憶を受け継ぐことができる。そうやって宗教で世界の混乱を治めていたのだ。
法皇であるロックブマータは蟲毒を悪用するつもりはなかっただろうが、魔女ドボチョンによって悪用されたというわけだ。
「……だからこそ僕は法皇の記憶を受け継ぐものとしての義務を果たす。冒険者の諸君には十分な報酬を払う。なので協力してもらいたい」
イターリは真っすぐな目で言った。その顔は真剣そのものであった。




