第八十五話 ヒアルドンの正体は 1970年前に生まれた 魔女ドボチョンです
「では、これから僕が一連の事件の説明をしますね」
ここはキャコタ王立学園の講堂だ。数百人は軽く収まるほどの広さである。
壇上には金髪碧眼の美少女に見える美少年、イターリ・ヤコンマンが立っていた。その横には腰まで波打つ白髪を持つ美少年、ワイト・サマドゾと、短く黒髪を刈り上げた日焼けが眩しい美少女、パルホ・サマドゾが左右に立っている。
講堂の中には百人ほどの男女が集まっていた。彼等は花級と花びら級の冒険者たちだ。イターリの名のもとに数日前から集められていた。
他にも獅子のような鬣を持つ巨漢で、王立学園の学園長スワガラ・ダイザフ侯爵と、教頭である禿げ頭で出っ歯の中年男性であるハゲティル・デッパードも出席していた。
あとは鴉の羽根のように艶やかな黒髪に、絶世の美貌を持つ少年、ドゴランもいた。
「一連の事件とはなんなのだ? まずはそこから説明してもらおうか」
手を上げて質問したのは、40歳ほどのむさ苦しい大男だ。黒髪をオールバックにしており、太い眉に丸い目、潰れた鼻にたらこ唇。日焼けした黒い肌にでっぷりと出た腹に赤いふんどししか身に付けていない男だ。
名前はアフカン・シフンド。スキスノ聖国を拠点に活動している花級の冒険者だ。他にも青いふんどしと黄色いふんどしの男もいる。
シフンド三兄弟と呼ばれ、長男が赤ふんのアフカン。次男が青ふんのアフオン。最後に三男が黄ふんのアフキンだ。
荒海での冒険を得意とし、海の大魔獣を数年で十数体撃破した実力を持っている。
「確かにそうですね。では結論から言います。敵の名前はマジッサ王国の宰相ヒアルドンであり魔女ドボチョンの記憶を受け継ぐ男です。こいつの狙いは大魔王を生み出すことなのです」
イターリの唐突すぎる言葉に全員が呆気にとられた。敵の正体がマジッサ王国の宰相なのはわかる。だがなぜ魔女ドボチョンの記憶を受け継いでいるのか理解できない。
さらに大魔王を生み出すなど、突飛すぎるのではないか。
「ヤコンマン台下。なぜあなたはヒアルドンとやらが、魔女ドボチョンと確信しているのですか?」
アフオンが質問した。唐突な展開に頭は混乱しているが、冷静さを保っている。そうでなければ花級にはなれないのだ。
「まずはここ数か月に経験した僕のお話をしましょうか」
そう言ってイターリは自分の話をした。マジッサ王国ではドボチョン教団の司教がヒアルドンに殺害された。
スキスノ聖国はそれを察知し、イターリを間者として送り込んだ。自己暗示呪文で王国民に成りすましていたが、ヒアルドンが行動を起こす様子がない。自分が卑猥な格好をしたり、教会内でバザーを開いたりと色々やったが、まったく何も起きなかった。
ところがここ数日に自分と側近のオッボネが逮捕された。地下牢に繋がれ、あらゆる暴行と凌辱を受けた挙句、火あぶりにされて死んだことを説明した。
イターリは何ともないように話すが、内容はあまりにもどぎつく、ワイトは泣きそうになっている。パルホは怒りで爆発しそうになったが、イターリに抑えられた。
他の冒険者たちは冷や汗をかいている。ただ犬耳少年ケダンは怒りで顔が真っ赤になり、姉で犬耳少女のナイメヌが抑え込んでいた。
「話を聞く限り、ヒアルドンが首謀者と見て間違いなさそうね。でもどうしてヤコンマン台下はヒアルドンが魔女ドボチョンだと思ったのかしら?」
アフロのマッチョオカマが訊ねた。40代で口ひげを生やしており、黒革のジャケットと黒いパンツ、金属がゴテゴテの靴を履いていた。
彼の名前はヘダオス・キャコタ。元国王ゴキョインの息子であった。元はキャコタ海軍に所属していた司令官だったが、政敵に陥れられて海軍を追放されたという。その後は自分の部下たちと共に冒険者として活躍していた。傷物にならなければ国王になっていたかもしれないと噂があった。
今ではキャコタ王国国王、キョヤス一世とは気やすく親しい仲である。
「実はヒアルドンがドボチョンだと都合がいいんですよ。なぜならくだんの魔導書、ドボチョン・ロックブマータとコブラツイスターズを作れるのはヒアルドンだけだったし、それを商人たちに命じて世界に広められるのもヒアルドンだけなんですね」
「ドボチョン・ロックブマータ……。私も話を聞いたことがあるけど、あの本が魔導書ですって?」
「その通りです。あの本には3つの魔法がかけられています。ひとつは印刷魔法、もうひとつは共有魔法、最後は保存魔法ですね」
イターリの言葉に冒険者たちは首を傾げた。印刷魔法は文字通り印刷する魔法だ。共有魔法は一冊書いた内容を共有するためだろう。だが保存魔法の何が重要なのだろうか。
「保存魔法は一度かければ50年はもちます。これはカハワギ王国アカデミーの調査で判明しています。それが最高で39回で、同じ数の本は一冊もありませんね。ちなみに書かれた文字は成人男性一人分の血で書かれてます」
イターリの言葉に全員が唖然となった。50年間保存できる魔法を39回かければ、1950年にもなる。この計画はそれ以前に行われていたということだ。
「魔女ドボチョンは1970年前にマジッサ王国で生まれました。基本的に魔女は光の神ヒルカ様と、闇の女神ヤルミ様の言葉を聞いております。魔王と勇者のシステムを作り、2000年後にはそれを破棄する計画をね。恐らくドボチョンはそれに反発して魔王より強大な大魔王を生み出すつもりなのでしょう」
それを聞いたヘダオスは真っ青になった。今までキャコタ海軍でスキュラが進化した大魔獣イカクサイや、海ラミアが進化した大魔獣ジェラシーと戦ったことがあったが、今の話のように驚くことはなかった。
「いや、わからないな。そもそも大魔王をどうやって生み出すというのだ? ドボなんとかの本は何のためにあるのだ?」
今度はアフキンが質問した。本当は聞きたくないのだが、聞かずにはいられない。悍ましい危険に巻き込まれると理解していても、あえて飛び込むのが冒険者と言うものだ。
「器を作るためですよ」
「器……、ですか?」
イターリの言葉にワイトがウサギのようにびくりと反応した。
「そう、ドボロクを利用して大魔王の器を作るためだよ。とてもえげつないやり方でね」
イターリの顔は険しくなった。いつものほがらかな表情とは大違いである。いったいどんな方法なのだろう。ワイトは怖くなり、少し震えている。それをパルホが優しく肩を抱きしめた。




