第八十一話 変生
「えへ、えへへへへ……。お前は咎人だ……。偉大なる冒険者ドイラプ五人組を傷つけたんだから……」
キョワナ・カモネチは右手にべっとりと血が付いた短刀を持ちながら、目をギョロギョロさせて呟いている。
そしてシジョルは前のめりに倒れていた。花級の彼女だが素人に背中を取られるなど異常であった。
「うぅぅぅぅ……。一切気配を感じられなかった……。この子は、何者?」
シジョルが手を緩めたため、二人の姉、シジョフとシジョムが解放された。
背後ではダイザフ侯爵の私設軍が慌てふためいている。大抵の出来事は対処できるが、素人の少年が闖入するなど想定外だからだ。
「さぁドイラプさんたち!! 校門は僕が開けました!! 早く学園内に入って大暴れしてください!! この腐った学園を潰してほしいんです!!」
キョワナが叫ぶと、惚けていたドイラプたちの瞳に光が宿った。そして狂ったように笑いだす。
「あは、あはは、あははははは!! 君が誰だか知らないけど、とてもありがたいね!! 僕たちを差し置いて力を管理しようとする者はすべて抹殺しなくちゃいけないんだ!!」
「そうだぜ!! 俺たち以外に力を振るわれたら、俺たちが目立たなくなるじゃねぇか!! そんなのは許せないぜ!!」
「うむ。我ら三人が世界を正しい道へ導かなくてはな」
そう言ってドイラプ、スゥロス、ヴィーエンは校門へ走っていった。その動きはまるで肉食獣のように素早かった。
三人は大地にへばりついたトスラとスラーを無視している。もう彼女たちの事などどうでもいいような感じであった。
キョワナは気絶した彼女たちの元に歩み寄った。すると瞬時で剣が現れた。収容呪文で取り出したのだろう。剣を手に取ると、トスラの心臓に剣を突き刺した。
ぶふぉっとトスラの顔はフグのように膨らみ、血を吐き出す。
次に仰向けになったスラーの頭に剣を突き刺す。ぐえっとカエルのような鳴き声を上げると、鉄の臭いが広まった。
「えへ、えへへへへへ……。不細工な女は消えてもらわないとね……。ドイラプさんたちに相応しいのは美男美女だもんね……」
キョワナはけたけた笑っている。目は虚ろで身体は柳のようにふらふらと揺れていた。まるでドイラプたちのようである。
私設軍はキョワナを確保しようと動き出した。
「その必要はありませんわ!!」
叫んだのはシジョフだ。シジョムも一緒である。
「その子の相手はわたくしたちがやりますわ!!」
背は低いが凛とした張りのある声であった。私設軍の兵士たちはシジョフの身体が山ほど大きくなったように錯覚する。
「お姉ちゃん、ごめん……。回復するのに1分ほど、稼いでくれないかな?」
倒れたままのシジョルが言った。彼女にとって短刀に刺されたくらいでは死なないが、痛いことには変わりはない。傷を回復するのにも時間がかかる。とはいえ彼女ほどなら腕を切断されても三分でくっつけることは可能だ。
「たぶん、それ以上かかると思いますね。目の前のあの子はそれほど厄介なものです」
「人の形をした怪物ですわね。とても腐った妄想などできませんわ」
シジョフとシジョムは冷や汗をかいた。普段の彼女らは男同士の恋愛が大好物であった。貴族と平民の身分さがある恋など色々ある。最近のお気に入りはカホンワ王国の王太子ゲディスと、その家臣ガムチチだ。二人は公然のカップルとして有名になっている。ゲディスには婚約者がいるが、その婚約者は二人の仲を認めているそうだ。
だがキョワナにはそんな妄想が通じない。まるで地獄から這い出た亡者だ。発する魔力も胃の中の物をすべて吐き出しそうなほど、胸糞の悪いものであった。
キョワナがカモネチ王国の王子であることは知っているが、ここまで邪悪な存在だと思わなかった。だが学園内で生活しているのに誰も気づかないことはありえるだろうか?
前触れもなく唐突に災難が降りかかったように思える。
「えへえへえへえへえへ……」
キョワナの身体がぼこぼこと膨れ上がった。足元にどす黒い魔力が渦巻き、彼の身体を黒く染める。
目は赤く染まり、頭には無数の角が生えた。黒い鱗まみれの皮膚に、丸太のように太い腕、岩のように熱い胸、蝙蝠のような翼が背中に生えている。
「……変生ですね。魔力の暴走により人間から別の生物に生まれ変わったようです」
「モンスター娘が大魔獣になるのと同じですわね。とても厄介ですわ」
二人は化け物になったキョワナを見ても平然としていた。
この手の化け物は数多くの冒険の旅で、多く経験していたからだ。
「さて、この子をどうすべきか。下手に殺すこともできませんものね」
「時間はありませんわ。学園内に侵入したドイラプたちを追いかけないと。兵士の方たちはすでに学園に報告はしたはずですし」
二人は悩んでいた。キョワナはカモネチ王国の王子だ。外国で殺せば外交に問題が出る。
どうしようかと思っていると、後方から声が聴こえてきた。
それは赤と黒のバニースーツを身に付けた男女であった。
「まあシジョフ様にシジョム様! それに倒れているのはシジョル様でございますね!!」
「というかあの化け物は何でござるか? あいつがシジョフ殿たちと戦っているのでござるな?」
ワイトとパルホの二人であった。
「おひさしぶりです。ところでドイラプたちと出会いませんでしたか?」
「出会ったけど倒しました。ワンパンで」
シジョフが訊ねると、ワイトは右手で握りこぶしを作り、空気と突いた。
「スゥロスとヴィーエンは拙者が気絶させたでござるよ。特別な力を持っていたようでござるが、使いこなせてなかったでござるな」
パルホは豪快に笑った。ドイラプたちはろくな出番もないまま、あっさりと双子に始末されたのだ。
それを聞いたシジョフ達はにっこりとほほ笑んだ。だがキョワナはそれを聞くと激怒した。
「お前たち……、お前たちぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!! 偉大で、素晴らしい、ドイラプさんたちを倒したのかぁぁぁあぁっぁああああ!! 許さん、ゆるさんぞおぉぉぉぉぉおおぉぉぉ!!」
キョワナは咆哮を上げた。




