第七十五話 王名鵬柳の実力
ノリアオの森は普通の森だ。春の季節になれば山菜を取る老人たちでにぎわうという。ただしうっそりと茂った森で方向感覚が狂うため、毎年数人は行方不明となり、死体で発見されることが多い。
かといって森は素人が入って安全というわけではない。老人たちは冒険者を護衛として雇うことが多かった。
行方不明者は冒険者の忠告を無視して、森の中に入ってしまうためだ。その場合、冒険者の責任になってしまう。護衛対象を守れなかったからだ。
それ以前に両親から眼を離さないようにと息子に依頼されることが多い。キャコタ王国は他の国と比べて平均寿命が長い。家庭用魔道具によって生活は快適だし、食事も冷蔵庫などで保存できるため、多種多様な食事を楽しめる。
なので寿命は延びているが、増え続ける老人の対処がいまいちである。現国王、キョヤス一世は10年以上も前から老人のための施設を増やすべきだと、商人ギルドに訴えてきた。
その結果徐々に福祉施設は増えつつある。
「その森に我が国特有の鬼と天狗の魔獣がでるとはな。皮肉なものじゃ」
岩よりも大きい男、王名鵬柳がつぶやいた。老人が命を落とすだけならともかく、この森では母国の労働者が大勢死んだという。その無念が森に棲む猿や鴉を魔獣に変えてしまったのだ。
「それよりも拙者らの仕事が第一でござる。歪夫よ、獲物はすでにきているでござるな?」
狸顔で白ふんどしの男が訊ねた。侍の炉守都京だ。30代の男性でほどよい筋肉が付いている。
「御意。すでに敵は森の中にいます。全員メナコ王国の人間です」
王名の影から掘塵の少年が出てきた。十代ほどの体格で全身を黒装束で包んでいた。
彼が本物の田土歪夫。王名家に仕えるお目付け衆の若手であった。
「うむ、王位継承はどこも問題があるな。その点わしは気楽な第五王子じゃからのう」
「ほっほっほ。それはないでおじゃるな。鵬柳様の功績から言えば、上の王子たちがあなたを狙うのは必須でおじゃりまする」
狩衣を着た狐顔の男が答えた。桔尾円出。王家に仕える陰陽師である。
今ここにはワイトとパルホが率いたキャコタ王立学園の木組の生徒達でにぎわっていた。
彼等は襲い掛かる鬼や天狗を相手にしていた。
鬼は猿が人間大になり、角が生えた魔獣だ。石を持って相手に殴り掛かってくる。
天狗は鴉の魔獣だ。こちらも巨大化し、人の手足が生えている。時間をかけて邪気を吸収すれば黄金魂に目覚めて強力な魔人になるだろう。その前に倒さなければならなかった。
しかし王名たちにはやることがない。キウノンを始めとして、木組の生徒達は順調に魔獣を狩っている。却って余計なことをしては彼等の自信にケチをつけてしまう恐れがあった。
「数年前のワイトはまだ頼りない子供だった。だが今ではどうだ? 女性並みの美貌を持ち、母親を超えた魔法の才能を持っておる。これは世界各国が放置することはないであろうな」
「ところがメナコ王国の人間はそんなことはお構いなしでおじゃる。ワイトとパルホは馬鹿で、マルデ王子殿は殺されるべき存在だと思い込んでいるでおじゃる」
「擁立するトテモ王子は見栄えしか取り柄がないと聞くが……。愚かじゃのう」
今回彼らがワイトたちを巻き込んだのは、メナコ王国の依頼があったためだ。マルデ王子の執事が依頼人である。メナコ王国ではマルデ王子の容姿は初代国王に瓜二つだという。初代国王は何もできなかったが、家臣たちが逆に王のために働いたということだ。
「王がなんでもできる必要はないでござる。大事なのは人を使うことでござるな」
「御意。マルデ王子の周りには人が多い。彼には放っておけない何かを感じるのでしょう。
都京と歪夫は遠くでマルデを見ていた。彼は鼻水を垂らしながらも楽しそうに魔獣を狩っていた。
キウノンやソヘタクもミスをするマルデに対して激怒はせず、ほほえましい態度で見ている。
「あの者こそ、王に相応しい。だからこそわしらの責任は重大というわけじゃ」
王名は突然丸裸になった。着替え呪文を唱えたからだ。彼にとって鉄の鎧など必要ない。鍛えた肉体が最大の防具であり武器なのだ。
王名は両手を前に突き出すと、身体からぬめりとしたものが出てきた。それは脂肪でごっそりと前に抜け出たのである。
脂肪の塊はもう一人の王名を作り出した。本人は脂肪が抜け落ちたため、筋肉だけ残っている。
脂肪の王名は両手を広げ、マルデたちにふさがった。
するとぷすぷすと矢が突き刺さる。暗殺集団がマルデを狙っていたのだ。
王名は身動きせず、今度は四股を踏んだ。力士の四股は大地を癒す大切な儀式。邪神を持つ者の心を揺さぶる効果がある。それ故に隠れていた暗殺者たちは身体を震わせ、茂みから出てきた。さらに木の上に潜んでいた者たちもぼとぼとと落ちてくる。
「後は我らにお任せを。都京さん、脚の筋だけ切るでおじゃるよ」
「そちらこそ自慢のお札を切らさぬようにな!!」
「……私はマルデさんたちに報告に行きます」
三人はそれぞれ役目を果たすために散開した。王名は近くに敵がいないか気配を探っている。
どれも弱弱しいものだ。これで人一人の命どころか、ワイトたちもまとめて殺すつもりだったから呆れる。
「ワイトとパルホがお前ら如きに殺せるわけがないだろうに。愚かなことだ」
結果として暗殺集団は捕縛された。のちに首謀者は逮捕され、トテモ王子は処刑されたとのことである。




