第六話 マジッサ王国
「皆の者、よーく聞けぃ!!」
灰色の城のベランダに一人の男が立っていた。金の冠に赤いマント、手には銀の錫杖を持っており見た目は王様だ。だが縮れ毛に目はくぼんでおり、痩せこけていた。まるで骸骨が起き上がっているようである。
背後には王妃や側室、王子王女たちが立っているが、どちらも青白い肌に目がぎょろ付いている。
男の右側には禿げ頭でちょび髭に眼鏡をかけた冴えない男が立っていた。
ベランダの下には国民たちが集まっていた。その数は数万人ほどだが、着ている物はぼろぼろで浮浪者のような姿だ。髪の毛もボサボサで、肌は垢まみれであった。とても真っ当な国民とも思えない。
ここはマジッサ王国。北は鉱山を多く所有するピロッキ王国があり、東は広大な森林のあるサゴンク王国。南は海に面するカモネチ王国に挟まれていた。東はゴスミテ王国があるが険しい岩山にさえぎられていた。
「このマジッサ王国キガチィ四〇世の有難い言葉を聞かせてやろう!!」
キガチィは怪鳥のような声を轟かせていた。枯れ木のような身体でどれほどの音量があるのか不明だ。
「一年前!! この世界から二人の神が去った!! 光の神ヒルカ様と闇の女神ヤルミ様だ!!」
マジッサ王国はほぼ海外との繋がりはないが、一年前にサマドゾ王国においてヒルカとヤルミが登場したことは知っている。なぜなら世界各国で神の声を聞いたからだ。
巨大なひよこの姿だったが、神々しさに魅了された。
「神が消えたのは魔女のせいぢゃ!! 魔女の子孫が神を追い出したのぢゃ!!」
これは嘘である。神はもう自分たちの力は不要だと、人間にすべてを任せて創造神の元へ帰ったのである。
だがキガチィはそれを歪曲させた。魔女は神を追い出したので魔女の子孫たちを皆殺しにするべきだと訴えたのである。
なぜ彼は魔女を嫌うのか。魔女は二千年の年月を生きている。正確には生まれた娘に記憶を受け継ぐだけだが、世間一般では二千年生きていることになっていた。
キガチィは恐れていた。いや彼だけではなく代々のマジッサ王家の人間は魔女を探していた。自分たちの歴史を他者に知られることを極端に恐れているのだ。自分たちの過去が暴かれると国が崩壊すると信じ切っているのである。
「魔女の子孫は遥か西にあるサマドゾ王国に住んでおる!! 儂はすぐにでも軍隊を編成し、魔女を匿う国を亡ぼすつもりぢゃ!! 途中で魔女の悪しき知恵に染まった者たちも潰しておこう!! このマジッサ王国こそが世界の中心なのぢゃ、魔法など邪道なものに頼るなど言語道断!! 正義は儂らにある!! 国民全員でサマドゾの糞どもを皆殺しにするのぢゃ!! 我らの神ロックブマータ様と女神ドボチョン様の加護があるのぢゃからな!!」
キガチィはげらげらと涎を飛ばしながら笑っている。目は正気ではなかった。世界は自分を中心に回っていると本気で信じていた。
ちなみにロックブマータとドボチョンはヒルカとヤルミの子供として伝わっている。ヒルカとヤルミは去ったが、二人の子供は残っているのだ。キガチィはそのことに気づいていない。
「お父様よろしいでしょうか?」
後ろに控えていた十代後半の少年が声をかけた。多分王子の一人であろう。こちらも幽鬼のように顔が青い。
「なんぢゃ? 今いいところなのぢゃぞ」
「……そもそも他国が我々に協力してくれるのでしょうか? 我が国の軍隊を他国が認めるとは思えませんが……。それにヒルカ様とヤルミ様は去りましたが、ロックブマータ様たちは健在ですし……」
するとキガチィは目を剥きだすと、額に血管が浮かぶ。そして王子の首を掴むと、バルコニーから放り投げた。痩せこけているのにとんだ怪力だ。
王子は下に落ちて、頭をトマトのように潰れて死んだ。
「たわけが……。魔女は全人類の敵ぢゃぞ、誰もが儂らの味方になるに決まっておるではないか……」
キガチィは息子を殺しても気が晴れない。演説にケチをつけられて不機嫌になっていた。
「そうぢゃ。子供たちよ。今からあいつらを矢で射れ」
いきなりとんでもないことを命じられ、子供たちは戸惑った。
「まったく、せっかくの演説に水を差されたわい。気分転換に国民を矢で撃ち殺して楽しむとするか。なぁに国民など蛆虫のように沸きだすから気にするでないぞ」
キガチィは楽しそうに笑っていた。この男は完全にくるっていた。だが誰も注意しないし、王座を奪おうともしない。
この国は貧しいのだ。ろくな資源もなく、まともな作物も育たない。魔獣やモンスター娘の被害は広がっているが軍隊を派遣することもなかった。理由はもったいないからだ。平民がいくら困ろうとも自分には関係ない。むしろ甘やかしてつけあがると思い込んでいる。
かといって冒険者ギルドを入国させるのも嫌だ。外国人が大勢出入りするなど虫唾が走る。
スキスノ聖国も同じく願い下げだ。奴らは自分たちの宗教を押し付ける教信者たちだ。自国にはロックブマータ教団がいるので、他の神などいらない。
横にいる有能な宰相ヒアルドンがいればいい。かの情報も彼が教えてくれたのだ。
頭が剥げており、ちょび髭で眼鏡をかけている冴えない中年親父だが、国にとって重要な男である。
「ウケ、ウケ、ウケケケケッ!! 魔女の子孫どもめ、今に見てろよ。お前らが幸せに暮らすと胸糞が悪くなる。お前らと仲良くする国はすべて滅ぼしてやるわ。ウケケケケッ!!」
キガチィは笑い続けていた。下に落ちた王子の死体は放置されている。その横でヒアルドンが唇で笑っていた。
キガチィは文字通りに刃物を持たせてはいけない人間です。
ざまぁをさせるにしてもただ主人公を追い出すだけでは物足りないと思いました。
物凄く反吐の出る人間が発狂した方が面白いと判断しました。