第六十二話 ワイトのしでかし
「くそぅ、ワイトの奴、あんなに楽しそうにしやがって……」
ワイトたちからかなり離れた場所に、犬耳の執事服を着た少年と、犬耳のメイド服を着た少女が木の上に乗っていた。
少年はケダンで、少女は双子の姉、ナイメヌであった。二人とも遠目で主人であるワイトとパルホを見守っている。
「そうですねぇ。狭い教室の中で、バガニル様以下、いいえ、ゴミカス以下の教師たちに教えを乞うよりも、頭の足りない生徒さんたちに母親の如し教えている方が生き生きしてますねぇ」
「……お前結構毒舌なんだな」
ケダンがジト目で見ているがナイメヌはケロッとしている。12年間一緒に過ごしてきたが、いまだに腹の底が読めない。
二人にとって森でのサバイバルはピクニックに行くようなものである。父親のサリョドとアルジサマとともに、虫だらけで蒸し暑い密林や、炎のような暑さと氷のように寒い砂漠で冒険者として過ごしたことがある。
これくらい二人にはなんでもなかった。ワイトとパルホも同じである。
「それにしてもキョワナの奴はおとなしいな。てっきり文明的な生活が大好きなんだと怒鳴り散らすかと思ったぜ」
ケダンは疑問を口にした。ワイトに難癖をつけるキョワナはすでに敵である。本来なら首の骨をへし曲げてやりたいが、相手は王族なので我慢した。
他国で貴族に侮辱されても腹の中で収めることは出来るが、ワイトの事になると一気に頭に血が上ってしまうのである。
「逆ですよ~。ドボチョン・ロックブマータでは主人公は自然を愛しているのです~。開拓民が森を切り開こうとしたら、仲間と一緒に邪魔をするのが大好きなんですよ。鉱山を開こうとすれば自分の力で鉱山を粉砕し、郊外を未然に防ぐことを優先してますね」
「……そいつ悪党じゃねぇか? 誰だって面白半分で自然を破壊したりはしないぜ。みんな生活の為に木を切り倒すし、山を掘るんだ」
ケダンは世界中を冒険して回っているため、世間の常識は知っている。貧しい国は木を切り倒し、山から鉄を掘りだす。そして木を木炭にして製鉄をするのだ。すべては生活のためである。
キャコタ王国では貧しい国に対して植林事業を行っていた。杉やドングリの木を植えて、木材を確保し、森の動物たちの餌を提供している。
そして木が成長しても一定の本数しか伐採させないのだ。そのおかげでその国は飢えることがなくなったという。
「ドボロクはそんなことはお構いなしなんですよ。とにかく自然が大好きで、自然を愛しています。仲間たちは自然を破壊する者たちを痛めつけて回っています。植物を操るミドノリは開拓民たちを植物の蔓で拘束して餓死させます。デキシーニは開拓民の村を問答無用で濁流を使って洗い流します。レッモーは炎の剣で家を焼き、チャハは雷を宿した矢で無差別に村人を殺害してますね」
ナイメヌが説明した。ミドノリなどはドボロクの登場人物たちだ。ケダンは読んでいないが、ナイメヌから聞いて改めてろくでもない話だと思った。
「そんなことよりもワイト様はやりすぎですね~。硬質化呪文に吸水呪文、はたまた石化呪文にその他もろもろ……。普通の冒険者ですらあそこまで短期間に教えられませんね」
「さすがはワイトだな。あいつは魔法が得意だが、人に教えるのも得意だ」
ナイメヌが心配そうにしていると、ケダンはなぜか威張っている。
「あのねぇ。ワイト様が人に魔法を教えた。さらに魔法を覚えた人が他人に教えるようになる。さて魔法の価値はどうなるでしょうか?」
「へん、魔法はいくら覚えても冒険には足りないくらいだ。とはいえ今は家庭魔道具が豊富だからな。普通に暮らすなら魔法は使わなくてもいいだろうぜ」
「そりゃあ、魔道具がある国はいいでしょうよ。でも魔道具が買えない貧しい国はどうするのかしら? 発展途上国ではキャコタ王国から魔道具は購入しているだろうし、恩恵は独占しているでしょうね」
ナイメヌはあきれ顔だ。ケダンは何が問題になるのか理解できていない。
「ふん。一般人が魔法を使えるようになれば、生活は向上するぜ。乾いた砂漠でも吸水は可能だしな。固くなった地面も硬質化呪文があれば手で楽に掘れる。罠呪文を使えば獲物も簡単に獲れるぜ」
「ふぅ、確かにあなたの言う通りですよ。ですが魔法は使い方でどうにもなります。そう魔法を覚えた平民は兵士にもなれるのです。どんな環境にも適応できるならね。他国からしてみれば驚異ですよ」
ナイメヌに言われて初めてケダンは顔が真っ青になった。兵士はただ武器を持って戦えばいいわけじゃない。野営を設置し、森の木を倒したり防壁を作ったりしなくてはならない。
魔法を使えればそれらの作業が一気に楽になる。レッドモヒカンチームは全員がサバイバルの達人だ。森だろうと砂漠だろうと関係ない。敵兵を相手にしても7人で対処できる実力がある。
股間ケースで蛇を宿すのは切り札ではなく、敵を優しく無力化させる手段に過ぎないのだ。
あらゆる環境に適応し、敵に罠を仕掛けることが出来れば、それは最強の兵士だ。
貴族王族は軍に取り込むだろう。もちろんただでこき使おうとすれば、彼等が反乱を起こすだろう。そうなればただの軍隊では太刀打ちできなくなる。
「それってやばいじゃねぇか!!」
「やばいですよ。今はキャコタ王国で済んでますが、事実が暴露されたらワイト様を各国はワイト様を確保しようとするでしょうね。もしくは他国が連合を結んで魔女の子を処刑しろと迫ってくるかもしれません」
ナイメヌは真顔であった。キャコタ王国でも家庭用魔道具の輸出は限定的であった。理由は庶民の仕事が減り、怠けるようになるという理屈だ。実際は余った時間で他の仕事ができるのだが、先進国以外はあまりそういった考えが浸透していない。
「……マジッサ王国がどう動くかわかりませんが、ワイト様の事情を世界各国が知れば、それこそ何が起きるかわかりません。キャコタ王国を巻き込んでの世界大戦が起きてもおかしくないのです」
その声色は冬の風のように冷たく響いていた。
遠くでパルホは手刀で木を切断しているのが見えた。




