第五話 因幡尼の巫女装束
「しかしバガニル殿は、因幡尼の巫女装束を着こなしているでおじゃるな」
ワイトとパルホは特訓の休憩中であった。草わらでテーブルと椅子を用意しており、紅茶とスコーンが出されている。桔尾円出と炉守都京も同じ席に座っていた。
「因幡尼とはなんでしょうか?」
ワイトが質問した。バガニルの衣装はバニースーツといって、祖母ハァクイから贈られたものだという。
「因幡尼とは使熊荷王国に伝わるウサギでおじゃるよ。月の国の使者で王家の有権者のみに現れるという話でおじゃる」
「うむ! 月見の儀式では国王陛下の元でバガニル殿と同じような衣装を着ていたでござるな!!」
円出と都京が説明してくれた。しかし他国の儀式の衣装をバガニルは勝手に着てもいいのだろうか?
「普通なら駄目でおじゃるが、バガニル殿は特別でおじゃるよ」
「その通り!! あの衣装は普通の人間では着る事すら敵わぬものでござる!!」
いったいどういうことだろうか。まずレオタード部分は使熊荷王国に住むアラクネ土蜘蛛が編むという。さらにうさ耳とハイヒールは蝉女の抜け殻を使い、網タイツは馬女のしっぽの毛で作られているそうだ。
うさ耳はあらゆる声を耳にすることができる、だが逆に声を留めることができない。下手をすれば頭が破壊されてしまう。
レオタード部分はあらゆる邪気を吸収し魔力に変換するが、魔力を留めることができない。まともな人間ならすぐ邪気中毒になってしまうのだ。
網タイツにしろハイヒールにしろ邪気を吸い取ってしまう。因幡尼の衣装は厳しい修行を終えた巫女でなくてはならないのだ。下手をすれば死ぬためだ。
「そんな恐ろしい衣装なのですか。お母様は平気なのでしょうか?」
「もしかしたら心の中で泣いているかもね」
ワイトとパルホが心配そうにしている。
「大丈夫でしょう。そもそも我が国に因幡尼の儀式を生み出したのは魔女なのですから」
「なんと!! そうだったでござるか!!」
なんでも千百年前に生み出されたそうだ。使熊荷では陰陽道の他に憑依魔法などを伝えたという。
自然と共に生き、長年自国民同士で争っていたが、他国に比べれば平穏で清潔な国だと言われていた。
「使熊荷は二千年の間、魔王が一度も誕生したことのない国でおじゃる。もっとも他国との交流を断っていたためでおじゃるがな」
「うむ!! ここ50年前に我が国に冒険者ギルドが出来て以来、外国人が増えたでござるな!!」
「ええ。ですがキャコタ王国のようにあらゆる人種のるつぼには敵いません。世界は広い! 小さな島国では得られない感動は毎日起きているでおじゃりまする!!」
二人は感動していた。広い世界。ワイトとパルホはまだサマドゾ王国しか知らない。キャコタ王国とはどんな国だろうか。来年の話だが今からでも胸が躍る。
「もっとも外国を忌み嫌う国も多いでおじゃるがね」
双子の様子を見て、円出が声をかけた。
「他国の文化が入ることを蛇蝎の如く嫌う国があるでおじゃるよ」
「特にゴスミテ王国とモコロシ王国の中間にあるマジッサ王国は今だに冒険者ギルドどころか、大使館がないありさまでござる。国境に外国人が来ただけで矢を放つありさまでござるよ」
ゴスミテ王国はサマドゾより東方にある国だ。東側は岩山が壁のようにそびえ立っている。そして北には広大なピロッキ王国あり、さらに東にはサゴンク王国があった。現在は東部にモコロシ王国と、北部にスコイデ王国の三国に分かれていた。
マジッサ王国は二千年もの歴史があった。北はピロッキ、西はサゴンク、東は岩山で、南はカモネチ王国に囲まれている。
岩山はとても険しく、巨人の壁だ。マジッサから直接ゴスミテ王国に入ることは不可能である。さらに岩山にはヤソクウ王国がある。豪族の集まりだが、山の戦いは得意だ。
王政で国王が貴族たちを配置し、民衆を支配していた。
しかし国王は民衆の為に政治を行うつもりはなかった。変化を忌み嫌い、前例を一切認めない性質があった。
よく国民が逃げ出さないと思うが、実際にはよく逃げ出しているそうだ。平民はもちろん貴族も一緒に逃げ出しているらしい。マジッサ王国の人間は他国より魔力が高いので、魔力を高めたい他国の貴族の養子や側室になることが多いそうだ。平民も冒険者として活躍しているという。
「国境付近では他国の商人と取引があるので情報は手に入るでおじゃる。あの国は今も魔女の血筋を探し、魔女の子孫を根絶やしにすることに心血を注いでいるのでおじゃるよ」
「なぜ魔女を忌み嫌うのですか?」
「民衆の為に便利な魔法を教えたからでおじゃるよ。あの国は自分たちを差し置いて国民を救われることが胸糞悪いのでおじゃる。国民が不幸であることが自分たちの繁栄につながると信じ切っているのでおじゃるな」
「さらにスキスノ聖国の教会すらないのでござる。他国の宗教が民衆の毒になることを恐れているのでござるよ」
ワイトの質問に、二人ともため息をついた。初めて聞いたがマジッサ王国は厄介な国である。
さらに魔女の血筋を探しているとか。自分たちの命を狙うのではないかと思った。
「もっともマジッサは他国と繋がりが薄いのであなたたちに関わることはないでおじゃるな」
「まったくその通りでござる!!」
円出の言葉に都京が豪快に笑い飛ばした。だがワイトたちは不安が強まるばかりであった。
なぜなら二千年おとなしくしても、今動かない保証はないからだ。あんまり油断しすぎるのも考え物である。