第五六話 だらけまくりの イターリ
「ふんふ~ん♪」
マジッサ王国にあるドボチョン教会の二階にある一室で、一人の美少女がベッドの上でくつろいでいた。
金髪碧眼で髪はツインテールにまとめており、ピンク色のキャミソールだけ身に付けている。
ベッドの上にはクマやウサギのぬいぐるみが置かれてあり、テーブルの上には色とりどりの砂糖菓子に果実水が置いてあった。
美少女はうつ伏せになりながら足をバタバタさせ、なにやら大きな水晶版をいじっていた。
実際は美少女ではなく、美少年だ。こんなかわいい子が男であるはずがないと疑うかもしれない。
名前はイターリ・ヤコンマン。マジッサ王国の司教なのだから驚きだ。
「イターリ様、はしたないですよ。ここはスキスノ聖国本山ではありませんが、慎みを覚えてください」
一人の従者が入ってきた。ドボチョン教の司祭である。30代前半の男性で真面目が取り柄という印象があった。頭は剃髪しており、中肉中背である。彼もまたスキスノ聖国から来た人間だった。周囲には自己暗示呪文で、マジッサ王国出身と思わせている。
「わかってますって。こんな何もない国にボクが来たんだから、感謝してほしいよね~♪」
そう言ってイターリはキャミソールの裾を上げた。女性ものの下着をつけたお尻が丸見えになる。身体の線は細く性徴期を迎える少女に見えた。
「見えた?」
「何がですか?」
「もうつまんないなぁ。ボクを女の子と思ってドキっとしたでしょ?」
「しておりません」
司祭はきっぱりと答えた。まるで石像だ。無反応なのでイターリはふててしまう。
「……ボクが退廃的な生活を送っているけど、王家からは何の連絡も寄越さないわけ?」
「はい。それどころか信者が密告したにもかかわらず、なしのつぶてでございます」
ふむ、とイターリは考え込んだ。前の司教はマジッサ王国の宰相ヒアルドンに殺害された。これは冒険者カムゲシャの作った人形たちがヒアルドンに壊された後も、機能は停止していなかった。
殺害の風景と音声はすべてスキスノ聖国の本部に送られていたのである。
司教を殺害して、キャコタ王国の襲撃を急ぐ。それがヒアルドンの狙いと思われていた。
だが司教が殺されたというのに、マジッサ王国国王キガチィ40世は全く動かない。それどころかヒアルドンですら何も言っていない様子だ。正確には司教の葬式に金をかけるより、軍備に掛けた方がいいと国王に進言したらしい。
「いったいどういうわけでしょうか。司教様を殺害したのに、それをネタにせず、まったく平穏でございます。何がしたいのかさっぱりわかりません」
司祭は頭をひねっていた。
「そう、何も起こさないのがありえないんだよね~」
イターリは手にした水晶版を見ながら、足をばたつかせた。こう見えてもスキスノ聖国法皇の息子だ。フラワーエルフの代理出産で産まれたのだ。
水晶版は叡智の石板と呼ばれ、遠いスキスノ聖国で文章のやり取りができるほか、世界各国に散らばるスキスノ聖国教会の日誌をまとめて読めるのだ。さらにそれを統計学でまとめたものも一覧できる優れものである。
本体はスキスノ聖国本山にあり、この一般の一戸建てより巨大な水晶の柱でデータを収容しているのだ。
「1952年の間、ドボチョン教の最高指導者である司教が死んだ際には、国王はきちんと葬式を上げていた。王位を簒奪したけど宗教を蔑ろにしたことはなかったみたいだね。ところが今の国王は違う。そもそもマジッサ王家は外国に興味がなかった。辺境伯領はこっそりと外国と取引していたみたいだけどね。それがキガチィ40世になってから変わっていった……」
「確かきっちり50年間隔で国王は貴族に簒奪されるのが当たり前だったとか。例外はないのでしょうか?」
「きっかり50年だよ。しかも同じ月に簒奪は起きている。それなのに今回は起きていないわけさ」
イターリは真剣な眼差しで水晶版を操作していた。この水晶版にはドボチョン教が各地の教会から集めた日誌などを入力されている。大抵は子供が生まれた、崖が崩れた、珍しい鳥を見たとか他愛ないものだが、それらのデータも集めれば力となる。歴代の司教はこの水晶版を使い、信者たちを増やし、教えを導いていったのだ。
イターリはむくりと起き上がると、伸びをした。つるりと剃られた脇が丸出しになる。司祭はそれを見て頬を染めた。
「おんや~? あなたはお尻より脇が好きなんですね~。もうそんなに脇が好きなら幾らでも見せてあげるのに~」
イターリは悪戯っぽく笑った。流石の司祭も赤面する。
「たぶん宰相の狙いはボクだね。正確に言えばスキスノ聖国の監視が欲しかったのかもしれない。何かあればすぐこちらは行動を起こせるからね。それまで待つしかないよ」
イターリはベッドの上で大の字になった。仕事が嫌いなわけではないが、何も起きないのは退屈だ。今の自堕落な生活も宰相がそれをネタに自分を捕えに来ると期待していたが、的外れだった。
「……そうだ。今キャコタではワイトが問題を起こしたんだよね」
そうワイトが肉体復元呪文と精神交換呪文を創作したことは耳に届いている。学園にはスキスノ聖国の人間がおり情報を寄越してくれるのだ。
「創作……ですか。冒険者の中には新しい魔法を生み出している者もいますが……」
「それは既存の魔法を組み合わせているだけ。一から魔法を生み出すのは魔女しかいない。しかもワイトは男の子。すべてが規格外なわけよ」
イターリは魔女の事を知っている。スキスノ聖国の法皇も魔女と同じく、二千年の記憶を受け継いでいるのだ。イターリは最後の法皇である。
サマドゾ王国王妃、バガニル・サマドゾは最後の魔女であるはずだった。魔女は必ず女の子を生み、その記憶を受け継ぐ。
だがワイトは男の身でありながら魔女と同格の力を持っている。すべてが予測外だ。
「まあ、ボクたちがなんとかするよ。ワイトには面倒をかけるつもりはないね」
イターリはそう決意するのであった。




