第五十二話 キョワナが暴走しかけたけど すぐ収まった
「聞いたぞ。お前たちが教師になるとはさすがだな。もっと早くなると思っていたぞ」
太陽が沈む直前の夕方、女子寮の前でワイトはドゴランに声をかけられた。滝のように長くカラスの羽根のような艶のある長髪は絶世の美女に見える。ワイトたちは今日は授業に出ていない。デッパード教頭と大使サリョドたちとの話し合いがあったからだ。
他の女子生徒たちはワイトを遠巻きに見ている。学園内でサマドゾ兄妹は腫れもの扱いだ。それはそうだろう。毎回生徒たちがワイトたちに喧嘩を売りまくるのだから。魔女の子孫として毛嫌うものもいれば、ワイトたちに心酔するものたちもいる。もっとも後者はこちらに踏み込んでこない。あくまで神を崇拝するように遠巻きに見守るだけであった。そのくせワイトたちを嫌う者と喧嘩をするので学園内はめちゃくちゃである。
「はっきり言ってこの学園ではお前たちより上のものは学園長か教頭くらいなものだな。俺としてもお前たちに教えてもらう日を楽しみにしているぞ」
「あなたは一国の王でしょう? 今更私に教えてもらうことなど何もないのでは?」
「そんなことはないぞ。俺は狭いモコロシ王国の生まれでな。国の運営は有能な家臣に任せてある。俺のすることは交易に邪魔な岩山を粉々に砕くか、乾いた荒れ地に剣で川を作るか、嵐が来たら吹き飛ばすかのどちらかだな」
ドゴランは何でもないように笑い飛ばすが、やっていることは規格外だ。身体能力と宿す魔力はけた外れなのは間違いないが、その使い方を理解していないのかもしれない。
王だが偉ぶらず、素直に教えを乞う。なかなかできることではない。ワイトは少しだけドゴランを見直した。
「一週間後には拙者たちは学園長から騎士の授与式を受けるでござる。そしたら拙者とワイトは教師であると同時に騎士になるそうでござるよ」
「それはいいな。ワイトが騎士になれば俺も正室として迎え入れやすいというものだ」
「うむ。まだワイトを諦めておらなんだか。学園の教師になればドゴラン殿は三年後に帰国せねばならぬでござるよ」
パルホがドゴランを窘めた。だがドゴランは首を横に振る。
「デッパード教頭なら教師の任期は三年と決めているはずだ。恐らくこの三年の間で勝負を決めるはずだからな」
ドゴランははっきりと答えた。太陽が西から登るのは当たり前だと言わんばかりだ。しかも教頭との取り決めをきちんと把握している。聞き耳でも立てていたのだろうか。
「推測だ。俺の周りには俺の代わりの耳がいる。そいつらから情報をもらったのさ」
ワイトはなるほどと思った。そもそもドゴランの従者を見たことがない。従者はいるはずだが姿を見せたことがないのだ。気配は感じているがまったく存在感がない。よほどの凄腕だと思った。
「ちょっと待ってくださいよぉ!!」
そこに怒鳴り声が聞こえてきた。黒く短い髪に黒い肌、黒いハムスターのような愛らしい少年であった。彼はキョワナ・カモネチである。
「ワイトさん、あなたが教師になるなんて本当ですか!! 冗談だと言ってください!!」
キョワナはなぜか焦っていた。なぜワイトが教師になることを恐れているのだろうか。ハムスターが一転して威嚇するヤマネコのように狂暴になっている。
「キョワナ様。我が主人ワイト様はデッパード教頭の命により、一週間後に騎士の授与式を行い、正式にキャコタ王立学園の教師となるのです。これはすでにサマドゾ王国大使も話をつけております」
ワイトの影からぬっと犬耳メイド少女のナイメヌが現れた。丁寧にお辞儀して説明する。
「ふざけるな!! ワイトさんは学生生活を送るために、遠い魔獣しかいない未開地からやってきたんだぞ!! それなのにろくな学生生活を送らずに教師になるなんてありえないじゃないか!!」
キョワナはさりげなくサマドゾ王国を罵倒している。ワイトは不機嫌になったが、怒りを押し殺して説明した。
「確かに私はこの学園に学びに来ました。ですが実際に授業を受けましたが、どれもこれもレベルが低すぎます。これならサマドゾ王国に帰ってハボラテの都に住んだ方がましというものです。それにあなたにとやかく言われる筋合いはありません」
「そうでござるな。一生に一度の学生生活とはいえど、この学園の生徒はおろか、教師の質もそれなりでござる。なら拙者たちが教える立場になるのは必然でござろう?」
ワイトとパルホがきっぱりと言った。それ以上にキョワナが切れ始めている。何が彼を怒りに走らせるのかさっぱりわからない。
「……くくっ、くくくくく……。ドボチョン・ロックブマータは様々な個性を持つコブラツイスターズと仲良く、自分たちの考えを否定する者たちを潰して回っているんだ。僕は真剣にあなたのことを想っているのに、なんであなたは理解してくれないんだ。くくっ、くっくっく……」
キョワナの眼は血走っている。額に血管が浮き出ており、歯を食いしばっていた。皿に両手を握りしめており、身体全体から陽炎が浮かんでいる。いつ爆発してもおかしくない。
ワイトはため息をつくと、キョワナの頭に右手を乗せた。
「覚醒呪文」
するとキョワナの顔はすっきりした。キョワナはきょとんとしたがすぐにワイトに頭を下げて謝罪した。
「あっ、あれ? なんで僕はあんなに怒っていたのでしょうか?」
「そもそも一体どこに怒る要素があったのか思い出せませんか?」
「? そうだ、あなたたちが教師になると周りの生徒達が噂していたのを耳にした瞬間、頭が沸騰したんです。なんというか僕の世界がひっくり返るような衝撃を感じましたね」
キョワナの話を聞いても、ワイトは要領を得なかった。
「しかしワイトはすごいでござるな。覚醒呪文のみで相手を落ち着かせたでござるから」
「これがケダンだったら相手を殴っていたでしょうね」
パルホとナイメヌはワイトの背後で、こそこそと語っていた。




