第四十六話 食堂が地獄に変わった
「初めまして。キョワナ・カモネチと申します。カモネチ王国の第3王子です」
黒っぽいハムスターのような少年がぺこりと頭を下げた。どこか慇懃無礼な感じがする。
「確かあなたは木組の方ですね。私はワイト・サマドゾ、人組です」
ワイトが立ち上がってぺこりと挨拶する。
「本日はどのような用件でしょうか?」
「はい、今回はあなたに進言したくてまいりました」
進言とは穏やかではない。そもそも初対面の人間なのだ。少々無礼ではないか。
しかしキョワナは構わず話を進めた。
「ワイト様。あなたはなぜイナズさんを助けなかったのですか?」
「イナズさん、ですか? 何の話でしょうか?」
突然の言葉にワイトはきょとんとなる。恐らく今日の授業のことを言っているのだろう。なぜ関係のないクラスの人間が文句を言うのだろうか。
「ネトブリ先生がイナズさんをいじめていました。なぜこの学園でもっとも強いあなたが見過ごしていたのでしょうか」
「いじめ、ですか。あれはいじめではないでしょう。それにイナズさんの態度も悪かったですし、先生に殴られたのはいい薬だと思いますね」
「僕はあなたの言い訳なんか聞きたくないんですよ!!」
突然キョワナがキレた。さすがに聞き耳を立てていたパルホも慌てる。
「お主は何を言っているでござるかな。ワイトがイナズ殿を助ける義理などないでござるよ。お主は難癖をつけているだけでござる」
パルホはキョワナをにらみつけた。さすがに双子の兄が絡まれているのを見過ごすわけにはいかなかった。
「あなたは黙っててください!! 僕はワイトさんに話をしているんです!!」
キョワナはパルホに怒鳴った。先ほどのハムスターのような愛らしさはなく、雷の如く声を発している。逆立ったヤマアラシのような凶暴さを見せていた。
「……キョワナさん。なぜあなたは私がいじめを見過ごしていたと思ったのですか? それに私が学園で一番強いなど誰から聞いたのでしょうか?」
ワイトは冷静にキョワナと対話を試みる。
「あなたが強いことは周知の事実です。魔女の子孫であるあなたはなんでもありな偉大な力を持っていることはわかっています。そんなあなたがクラスメイトが傷つくのを黙ってみるなど許されることではありません。だってあなたはドボチョン・ロックブマータのようにこの世のすべての人間を救う義務があるのですから」
なんとも自分勝手な意見であろうか。この少年はワイトに対して理想通りに演じるよう命じているのだ。さすがのワイトもむすっとしている。
それにしてもキョワナもドボロクの読者とは驚いた。違うのは小説の登場人物になり切るのではなく、他者にイメージを強要したことであろう。
「キョワナさん。あなたはもう少し自分を見つめなおしたほうがいいですよ。私はあなたにとやかく言われる筋合いはありません。これで話は終わりです。食事中なので」
そう言ってワイトは冷めかけたカレーを口にした。心の底からどうでもいいと思っている。キョワナはワイトに無視されてプルプルと震えている。
その様子を見て、ドゴランは声をかけた。
「ワイトが一番強いだと? それは間違いだ。ここでは俺が最強なのだよ。お前は見当違いをしているな」
「……」
「もっともワイトが俺の正室に相応しいのは間違っていないがね。そこのところだけは修正した方が―――」
バンと食堂内に音が響いた。キョワナがテーブルを叩いたのだ。彼は怒りに震えている。
「なんでそんなことを言うんですかぁ。ワイトさんはこの学園で最強で最高なんです。それ以外は認めたくないんです!!」
キョワナの眼が前髪で隠れた。怒りで頭から陽炎が浮かんでいる。ワイトはなぜこの男がここまで怒るのか理解できなかった。
「ふふ、ふっふっふ……。もう意味が分かりません。ちくしょう、ちくしょう、なんで僕の言うことを聞かないのかな? ふはっ、ホントウわけがわからない……」
ふらふらと両腕をだらだら垂らしている。まるでゾンビのようだ。声をかけても馬耳東風で頭の中に残らない。なんとも不気味であろうか。
「お主、一体どうしたのでござるか? さっきから言動がおかしいでござるよ」
パルホはカレーを急いで食べ終えると、キョワナに近づいた。
するとキョワナは右手で裏拳を振るう。パルホは紙一重で躱すが、まるで暴風雨にさらされた気分になる。
パルホは冷や汗をかいた。ここまで緊張感を抱いたのは母親のバガニルに睨まれて以来だ。
「ふふっ、ふっふっふ……」
キョワナは完全に切れていた。体内の魔力が暴走している。近づいたものを無差別に攻撃しかねない。虐殺暴走になっていた。
ワイトはカレーを食べ終えると、キョワナの腹に手を当てる。
「腹痛呪文」
するとキョワナの腹部がごろごろとなり始めた。この呪文を食らうとどんな相手も腹痛に見舞われるのだ。もらしたくなければトイレに行くしかない。
しかしキョワナは平然としていた。顔から脂汗を滝のように流れているので、痛みを感じていないわけではない。だがそれ以上に怒りの感情が痛覚を上回っているようであった。
「なんなんでござるか!? 腹痛呪文を受け付けないなどありえないでござる!!」
「……どうもこの人は痛みに対して鈍くなっていますね。ならば……」
ワイトはキョワナの背後に回ると、彼の尻を銅鑼のように叩いた。
「あひぃぃぃ!!」
すると聞くに堪えない音と共に悪臭が漂ってきた。キョワナはへなへなと座り込んでしまう。
彼は漏らしてしまったのだ。そして怒りも抜けていったのだろう。顔は恍惚の表情を浮かべていた。
「痛みは我慢できても、快楽を抗うことはできませんから」
「はっはっは、さすがでござるな!! ワイトのおつむはすごいでござるよ!!」
パルホが感心していると、背後に教師たちが立っていた。先頭はネトブリで両腕を組んで怒っている。周りの生徒たちも鼻を摘んでワイトたちを睨んでいた。
「……さすがに食堂で漏らさせたのはまずかったですね」
「……そうでござるな」
ワイトとパルホは職員室に呼ばれてお説教を食らった。キョワナはあの後保健室に連れていかれたという。ドゴランが後で教えてくれたのだ。




