第三話 バガニルと一緒に修行します
「さてと、今日は私が魔法を教えましょう」
城にある広場でワイトとパルホは黒い稽古着に着替えていた。どちらも動きやすいズボンを履いている。手には木剣に木の盾を握っていた。
対する二人の母親であるバガニルの格好は異様だった。一目で見れば黒い巨大なウサギと錯覚するだろう。
実際は黒いウサギの耳を象ったカチューシャを身に付け、肩を剥き出しにして胸元は開いた黒いレオタードのような衣装。首には黒い蝶ネクタイと両手にはカフス。両脚は網タイツに覆われており、黒いハイヒールを履いていた。
バガニルは女性にしては中肉中背で前髪を切り揃え、腰まで滝のように艶やかな髪を伸ばしている。ほっそりとした切れ長い目に長いまつ毛、すらっとした鼻に小さな唇。陶磁器のように白く滑らかな肌。メロンのように大きな乳房に、腰は両手で掴めるほど細い。足も身体の半分ほど長く、すらっとしていた。
誰が見ても美女と呼んでも文句はないだろう。しかしこの衣装は何であろうか。
「この衣装はバニースーツと言います。ハボラテの都に住むアラクネたちが作ってくれたものです。念道布というもので、熟練のアラクネにしか作れない代物なのですよ」
バガニルが説明した。子供たちには何度も説明しているが、忘れないように復習させている。
「この長い耳は周囲の魔力を感知します。ですがあまりにも多種多様なので慣れないと頭がくらくらしますね。このレオタードは邪気を収集して魔力に変換する力を持ちます。網タイツとハイヒールは地面にある邪気を吸い上げる効果があるのです。このカフスには魔力を留める力がありますね。では、試しましょうか」
そう言ってバガニルは兵士たちに命じる。兵士たちは大きな木箱を持ってきた。それの蓋を開けると、中からぶよぶよした緑色の物体が飛び出した。全部で八体。スライムのように見えた。
「あれはスライムの変異種ヌガセルです。人間の吐く息を感知して服だけを融かす性質があります。私の着ている衣装すら融かすでしょう。なのでヌガセルが来る前に攻撃します!!」
バガニルは右手を突き出し、腰を低くした。ワイトは彼女の後姿を見る。大きなお尻が丸出しであった。
「氷結呪文!!」
バガニルの右手から冷気が噴き出た。冷気を当てられたヌガセルが四体凍り付いた。全く動かなくなる。
「なぜ私は火炎呪文を使わなかったかわかりますか?」
突然バガニルが質問を投げた。彼女は子供たちにただ実践するだけではなく、こうして疑問を答えるようにしていた。
「スライム系を燃やしたら爆発する場合もあります。かといって感電呪文も難しいでしょう。雷の力がどう作用するかわからないから」
ワイトが答えるとバガニルは満足した表情を浮かべた。
「その通りです。スライム系は粘着性が高く、体内に引火性の気体を宿している場合があります。ですが雪山に住むスライム、ヌガセヌのように冷気に耐性がある場合もあります。今回のヌガセルは火炎呪文でも感電呪文でも問題はありません。存分に戦いなさい」
ワイトとパルホはヌガセルに立ち向かう。パルホは魔法が得意ではないので木剣を振るった。
「所詮はスライム!! あたしの木剣の餌食にしてやるわ!!」
パルホは笑いながらヌガセルを攻撃していた。それを見たバガニルはため息をつく。
一方でワイトは呪文を詠唱しようとした。しかしヌガセルが飛びつき、ワイトを押し倒す。
「うわっ、ぬるぬるする!!」
ワイトはもがくも、冷静に氷結呪文を唱えた。火炎や感電だと周囲を巻き込むし、飛び散ったヌガセルの破片で被害が及ぶかもしれないからだ。
ワイトはヌガセルを凍らせると、他のヌガセルも凍らせた。パルホは2体ほど潰していた。
「うん、なんとか勝てたね」
「だけどワイト、あんたは駄目ね。稽古着が溶けているじゃない」
パルホに指摘されて、ワイトは下を見た。胸元とズボンがドロドロに溶けていたのだ。胸と股間が丸出しになっている。
「あれ、パルホも胸が丸出しだよ」
「ありゃま」
パルホの胸もさらけ出していた。どうやら倒したヌガセルの破片が胸に飛び散ったようである。
それを見たバガニルはやれやれと首を横に振った。
「ワイト、あなたはもう少し冷静になりなさい。かといって緊張しすぎもダメね。敵と判断したら迷いなく発動できるようにしないと。パルホ、私は魔法の修行と言ったのになんで武器だけで戦ったのかしら? 倒したからそれでいいというわけではなくてよ」
バガニルににらまれ、パルホは恐縮する。いつもはやんちゃでおてんばな彼女だが、やはり母親には敵わない。
「いいわ。あなたたち着替えてらっしゃい。体を洗ったらまた修業の続きよ。今度は花級の冒険者を呼んだから」
バガニルは近くにある椅子に座った。ワイトはそれを眺めている。豊満な乳房に、愁いのある表情は息子でも胸の高鳴りを覚えた。
「奇麗だな……。僕もお母様みたいな人間になりたいな」
「は? なれるわけないじゃない。あんたは男なんだから。それよりもあたしはお父様みたいな逞しい人間になりたいわ」
「それこそ無理だろ。パルホは女だし」
そう言って二人は笑い合うのだった。