第三十五話 カムゲシャとクッグ
「まあワイトさんにパルホさんもご機嫌よう」
講堂に二人の女性が入ってきた。一人は60歳ほどの上品そうな老婆で車いすに乗っている。わたあめのような白髪に、オレンジ色のだぶついた服を着ていた。白いショールを首に巻いている。
眠っているのか、目を閉じてこっくりと舟をこいでいた。しわが刻まれているがふんわりとした羊のような印象を受ける。穏やかで優しそうな顔で見るものを安堵させるだろう。
車椅子を押しているのは一人のメイドだ。菫色のおかっぱ頭ですらりとした長身の美人であった。人形のように均整の取れた女性に見える。
先ほど声をかけたのはメイドの方だ。
「カムゲシャ様。ご無沙汰しております」
「ワイト様、私はクッグでございますよ」
クッグと呼ばれたメイドはワイトを窘めた。すぐにワイトは申し訳ありませんと頭を下げる。
老婆の方はカムゲシャだが、彼女は無反応で眠ったままだ。
「いやー、カム、クッグ殿も一緒とは驚きでござるよ!! ズゥコ王国一の冒険者パーティが勢ぞろいなんてすごいでござるな!!」
「はい。ダイザフ侯爵の頼みで講師としてきたのです」
クッグが右手を胸に当てて答えた。そしてぼそぼそとワマレドに耳打ちする。
(マジッサ王国の影たちがみんな壊されました。おまけにロックブマータ教団の司教も殺されたようです)
なんとクッグははるか遠いマジッサ王国の出来事を知っているのだ。いったいどういう仕掛けなのだろうか?
(お母様の譲った人形たちは簡単に壊される代物ではない。いったい誰がやったのですか?)
(マジッサ王国の宰相ヒアルドンですよ。見た目は冴えない中年男性ですが、人形を一撃で倒していました。相手も影たちの事を人形と気づいたようです。この件は依頼人のスキスノ聖国に報告しているわ)
ワマレドはクッグを母親と呼んでいる。実はクッグは人形なのだ。車椅子に寝ているカムゲシャの魂が入っており、彼女こそがカムゲシャなのである。ワマレドの母親であり、ラガクキの祖母でもあった。
(そちらの件はスキスノ聖国に任せましょう。ですが私たちの使命はワイトさんとパルホさんを護ることです。司教様は預けた影たちを二人の護衛に使うつもりでした)
(……先ほどもズゥコ王国のソヘタク王女がパルホに喧嘩を売っていました。卑劣な手段で決闘を行うつもりでしたが、癇癪を起して勝負にもなりませんでしたが)
(私もバデカス王国の王子がワイトに決闘を申し込んだと、聞いております。どちらもドボチョン・ロックブマータの本に影響を受けているのが共通してますね)
クッグは人形だが顔が険しいように見える。人形は娘のワマレドの制作であった。そして色は孫のラガクキが配色したのである。
初対面の人間なら人間と間違うほどの精密な出来であった。人形に魂を宿す魔法を使い、ロックブマータ教団の司教のために影の人形を提供していた。司教の魂を宿しているので、司教の言いなりになる。
人形なので痛覚はないし、恐れることもない。素材も上質のものを使っており、剣で斬られたりしてもすぐにくっつくし、炎に巻かれてもびくともしないのだ。
そんな人形たちをヒアルドンという男が倒した。ワイトとパルホの護衛を阻止するために。
二人に害をなすために何かしらの工作をしているようだが、今のところはどちらも失敗している。だが計画性が感じられない。二人とも突発的で強引だ。
そもそもヒアルドンの情報源を調べなくてはならないし、ワイトたちに絡んだ王子と王女が愛読したドボチョン・ロックブマータの本の作者も調べなくてはならない。やるべきことはたくさんある。
「奥様たちだけではございません。世界各国の花びら級や花級の冒険者たちも大勢集まってきてますよ。みんなキャコタ王国国王、キョヤス一世陛下が依頼したそうです」
「うむ。君たち二人には最高の講師で学んでもらいたいためだと言っていたな」
「そうなのだ!! 一年前のキャコタ紛争を解決したお礼に王国内でズゥコ王国の美術学校を作ってもらったのだ!! その恩返しの意味もあるのだ!!」
クッグを皮切りにワマレドとラガクキも同意した。だがワイトは疑問に思う。自分たちの為にわざわざ最高の冒険者たちをキャコタ王国に集めるなどありえるだろうか。それに一年前に起きたキャコタ海軍の内紛に恩を着せるのもあり得ない。
彼等は国に雇われているわけではない。基本的に自由なのだ。それなのに王立学園に拘束されるなどありえない。さらに恩を着せて命じることもありえないのだ。そうすれば冒険者たちは反発する。
あるとすれば重大な危機が迫っているとみて間違いないだろう。
「……それは私たちでは対処できないという意味ですか」
ワイトが訊ねると、眠っていたカムゲシャがこっくりと頷いた。ワマレドとラガクキも同意する。ラガクキは言動は幼いが重要なことはしゃべらない。口が堅いのだ。出なければ花級の冒険者になどなれない。
「拙者たちは先輩たちの活躍を見て、勉強しろというわけでござるな」
パルホが答えた。彼女もクッグことカムゲシャの言葉の意味を理解している。頼れる人がいれば頼れ。それが双子の母親であるバガニルの教えであった。
さて入学式は終わった。ソヘタクは魂が抜けきっており、医務室に運ばれる。ワイトと決闘したキウノンはぼんやりとしているが日常生活には困らないそうだ。あとは教室に向かうだけである。
☆
「ぐぐぅ……」
講堂の端に待機していた犬耳少年の執事がうめいた。彼はケダン、パルホの執事だ。
横には犬耳少女のメイドが立っている。ワイトのメイドでナイメヌだ。二人は双子の姉弟である。
「何うめいているのさ。絡まれたのはパルホでしょ?」
「パルホは心配してねぇよ。気に喰わない奴がいるのさ」
「ああ、ドゴラン様ね。かっこよくて気品があって素敵よねぇ」
ナイメヌは感情のこもらない口調で答えた。一般的には女性にもてそうなドゴランでもナイメヌの好みではないようだ。
「あいつも気に喰わないが、生徒会長と名乗るガベリンて奴も気に入らない。ワイトたちはあいつのことを婚約者だと言いやがった。どういうわけだ?」
なんと離れていたにもかかわらず、ケダンはワイトたちの会話を盗み聞きしていたようだ。
「男のワイトと婚約なんて……。ガベリンてのはゲイなのかよ?」
「え? ああ、そういうわけね」
ケダンは主であるワイトに色目を使うガベリンを察していたのだ。じろりと舐めるようにワイトを見つめていたことをケダンは見抜いている。しかしナイメヌは冷静なままだ。
「うふふ、私としてはお二人は似合いのカップルだと思うわよ。特にガベリン様は可愛い子が大好きとの話だしね」
「なっ、なんだと!? それなら絶対俺がワイトを守らないと!!」
ケダンはそう決意を新たにした。だがナイメヌは弟の様子を見て腹の中で笑っていた。




