第三十三話 ワマレド登場
「ひさしぶりだね。ワイトにパルホ」
声をかけたのはがっしりとした女性だ。白い頭巾をかぶり、岩のように固そうな胸にさらしを巻いている。灰色のズボンを履いており、白いエプロンをつけていた。
肌は日焼けしており、髪の毛も黒く縮れている。女と言うよりごつい男に見えた。
「まあワマレド様、ご無沙汰しております」
「相変わらずムキムキでござるな!!」
ワイトとパルホが挨拶した。彼女の名前はワマレド。ラガクキの母親で33歳。花級の冒険者で彫刻魔法の使い手でもあった。
「うん。君たちも変わりないようで何よりだ」
「あら? 私たちの容姿について何も言わないのですか?」
「衣装が違うだけだ。中身はちっとも変っていない。私は外見など気にしないね」
ワマレドがはっきりと言った。彼女は彫刻家で様々な石を見つけては彫刻を掘ってきた。この学園内にある彫刻はすべて彼女の作品だ。
彼女にとって彫刻は石が望む形を彫るだけに過ぎない。大事なのは中身だと思っている。
「ところで二人は従妹ちゃんと何をやっていたのだ?」
ラガクキが訊ねた。パルホはステージ上にある絵画を指差した。
「そこにいるソヘタクが勝負を仕掛けてきたのでござる。あの三枚の内、本物のラガクキ殿の作品があると言っていたでござるが、全部偽物でござる。どうせ適当な絵を選んで本物と言い張るつもりでござろう」
パルホが言った。すると周囲の人間は驚いた。ソヘタクは最初から真っ当な勝負などする気がなかったのだ。
「当然なのだ!! 従妹ちゃんはラガクキの絵なんか落書きと言って破り捨てたのだ!!」
ラガクキはぷんぷん怒って地団太を踏んでいる。よほど腹を立てているようだ。
「……ソヘタクさんはそんなにひどいお方なのでしょうか?」
「そうだな。あの子は王族であることを鼻にかけて、冒険者の自分たちを見下していた。だが大抵の貴族や王族はそんなものだ。だが彼女の行動は度を越している」
ワイトの問いにワマレドはソヘタクの取り巻きを見た。彼女らは慌ててぺこりと頭を下げる。
「ここ最近の彼女はあまりにも常軌を逸脱している。私たちは彼女の父親、つまり現ズゥコ国王からの命令で彼女を監視していた。問題を起こさせて彼女を廃嫡させるために」
ワマレドは淡々と答えた。どうやらソヘタクは実の父親に見捨てられたようだ。学園内で彼女に問題を起こさせ、それを種に彼女を王家から追い出す算段だったようである。
ズゥコ王国は芸術の都ではあるが、周囲は敵だらけだ。キウノンの故郷であるバデカス王国は同盟を結んでいるが、蜘蛛の糸のようにか細いものである。他国をにらみつけるにはキャコタ王国から輸入した武器が必要だ。ズゥコにとってキャコタは歴史は新しくとも、国交を結ばなくてはならない。
例え実の娘でも王国に不利益を出すなら平然と陥れる。もっともワイトとパルホはまったく動じていない。王族にはよくあることだとしか思っていないのだ。
「我々がここに来たのは学園での講師として呼ばれたのだ。ついでにソヘタクの面倒を見るつもりだったが、あそこまでひどいとは思わなかった」
ワマレドはソヘタクを見た。彼女は目が虚ろで口を金魚のようにパクパクさせている。額に書かれた青色の丸のおかげでおとなしくなったが、これは少し異常だ。
「おかあちゃまおかしいのだ。ラガクキの青色はかっかしている人をしょぼんとさせる力なのだ。だけど従妹ちゃんがあんなになるなんて信じられないのだ」
「色による魔法でござるな。確か色によって感情が違うとか」
パルホが訊ねた。色には様々な感情の意味を持つ。青色は落ち着かせる色であった。
ラガクキは特殊な薬草と鉱石で作った絵具で、相手の感情を支配する。興奮した魔獣などには青色を使ったり、他の冒険者たちに活力を入れるときは赤色を使ったりする。
だがソヘタクの症状は明らかにおかしい。精神が崩壊したように見えた。
「ラガクキは間違っていない。国王陛下から聞いたがここまで症状が悪化していたとは思わなかった」
「症状……、ですか?」
ワマレドの言葉にワイトが反応した。
「ソヘタク殿下は数か月前はただの高慢な少女だった。だが一冊の本によって変貌してしまったという」
「一冊の本、でござるか?」
パルホの問いにワマレドは首を縦に振って肯定する。
「そうだ。気まぐれに御用商人から購入した本を読んだらしい。その影響で自分は水を自在に操るデキシーニのようになるんだと周囲にばら撒いていたそうだ」
「デキシーニ……。一体誰でござるか?」
パルホが首を傾げると、ワイトが声をかけた。
「……それはドボチョン・ロックブマータとコブラツイスターズに出てくる女魔法使いよ。濁流を自在に操り、普段は奇麗事ばかり言って行動は起こさない。そのくせ自分の命令を聞かない村人たちを村ごと葬ることが大好きな人間です」
「あのつまらない小説の登場人物でござるか。そんなにあの小説は面白いのでござるか?」
パルホは驚いた。登場人物は偽善者の狂人しかいないのだ。ワイトはもちろんだが、パルホですら途中で読むのをやめようと思ったくらいである。
「自分も読んだが、面白いとは思えない。私が親なら子共に読ませないな」
「ラガクキは読んだことがあるのだ!! でも自分勝手で気に喰わない人はすぐ殴りつけるから嫌いなのだ!!」
ワマレドはやれやれと首を横に振り、ラガクキは物語の内容を思い出して腹を立てていた。
ここまで人から嫌われる小説に、ソヘタクはどうして影響を受けたのか理解できなかった。
だがその小説に影響を受けた人間を知っている。バデカス王国の王子キウノンだ。同年代の少年少女の心をつかむとは思えないが、実際に影響を受けている。
この学園で過ごす以上、あの小説が学園において何かある。ワイトはそう思わずにいられなかった。
「……でも、お母様なら難なく解決するでしょうね」
ワイトは薄く笑うと、闘争心に火が付いた。
次回から二日おきの投稿です。




