第三十二話 勝負は始まらずに終わってしまった
「では勝負の方法を教えて差し上げますわ!!」
講堂のステージの上で、ソヘタクが右手を広げた。後ろには絵画が三枚、イーゼルスタンドに置かれている。
右から青空が広がる田園風景に、真ん中は町の中の絵、一番最後は女性の絵が描かれていた。
「これはラガクキの作品ですわ。ですが本物は一枚だけ、後は偽物ですのよ!!」
「その内の一枚を当てろというわけでござるか?」
「ふふん、オツムの弱そうなお猿さんでもそれくらいは理解できるようですわね。おーっほっほっほ!!」
パルホが訊ねるとソヘタクは小ばかにしたような口調であざ笑った。王族なのに品のない態度に他の生徒たちは怪訝な表情になった。本当に王族の帝王学を学んだのか疑問を抱いている。
そしてネトブリが審判の女神像を台車で運んできた。キウノンの時と同じものだ。
パルホはまじまじと像を見つめてつぶやいた。
「確か審判の女神像の前で誓いを立てればよいのでござるな?」
「そうでしゅよ。ただし決闘を行う者の名前に、決闘の内容、そして勝者の約束を誓うのでしゅ。ソヘタク・ズゥコ。女神像の前で決闘の内容を宣言するのでしゅ」
「おーっほっほっほ!! よろしいですわよ。このわたくしソヘタク・ズゥコはそこのメス猿と決闘をいたしますわ!! そして負けたら永遠にわたくしの奴隷になってもらいますわよ!!」
「きちんと相手の名前を言うでしゅ」
ぎろりとソヘタクをにらみつけた。だがソヘタクは反論した。
「嫌ですわ。なんで高貴なわたくしが小汚い猿の名前を口にしなければならないのですの? まったくこれだから下賤のものは馬鹿で困りますわね」
デブとのっぽの取り巻きがそうだそうだと反論した。だがネトブリは一歩も引かない。
「相手の名前を言うでしゅ」
「はぁ? あなたは耳が遠いのですの? わたくしは嫌だと申しておりますのよ? これ以上文句があるならお父様に告げ口してこの島を沈めさせてもらいますわ!! おーっほっほっほ!!」
もう話にならない。ソヘタクの視線は定まらず、口から涎を垂らしている。
ネトブリはやれやれと首を横に振った。
「この決闘は無効でしゅ。相手が決闘の作法を守らないので、取り消しでしゅ」
ネトブリの言葉にソヘタクは激怒した。
「のわんですって!! この偉大で高貴なわたくしの命令が聞けませんの!! 小島の猿どもが生意気ですわよ!! もう許しませんわ!! すぐ帰国してお父様にこの島を潰してもらうようお願いしに行きますわ!! そうデキシーニのように濁流を操ってすべてを洗い流してもらいますわよ!! ごめんなさいと土下座しても遅いですからね!!」
ぷいっとソヘタクは講堂の出入り口に向かった。もう周りの生徒たちはソヘタクに好意を抱く人間はいない。全員狂人を見る目になった。先ほどからキャコタ王国に対して無礼なふるまいをしているが、彼女の味方は一人もいない。ズゥコ王国の大使も一歩も動かなかった。取り巻きたちも無視している。
これはどうしたことかとパルホは首を傾げた。しかし入り口の前に一人の少女が立っている。
その少女は15歳ほどでピンク色のベレー帽に、オレンジ色のルパシカを着ていた。
赤毛にサイドテールをしており、そばかすがついていた。右手には筆を、左手にはパレットを手にしている。画家のような恰好をしていた。
「邪魔ですわよ!! 小汚い貧乏人がわたくしの前に立つなんて胸糞悪くなりますわね!!」
ソヘタクは目の前の少女を見て激怒した。しかし画家の少女はにっこり笑うだけだ。
少女は筆を手にすると、パレットにある青い色の絵具をつける。そしてソヘタクの額に丸を描いた。するとソヘタクはぺたりと腰が抜けておとなしくなった。
「ふふん。青色は落ち着かせる色なのだ。これで従妹ちゃんはおとなしくなったのだ!!」
画家の少女は幼い口調で言った。ソヘタクは口をパクパクさせている。目は虚ろになっていた。頭に飾った孔雀の羽根飾りはボロボロに落ちた。
「あぱ、あぱ、あぱぱぱぱ……」
ソヘタクは意味の分からない言葉を並べていた。どう見てもおとなしくなったというより、幼児化したように見える。
「おお、ラガクキ様おひさしぶりでござる!!」
「あっ、パルホちゃんなのだ!! ひさしぶりに会えたのだ!!」
少女がパルホに抱きついた。名前はラガクキというらしい。花級の冒険者で、絵画魔法の使い手でもある。
「まあラガクキ様。キャコタに来ていたとは驚きました。まさか入学式の日に出会えるとは」
「おおワイトちゃんなのだ!! 前と比べてキュートになってベリーベリーなのだ!!」
ワイトもラガクキに挨拶する。ワイトが女装をしてもまったく気にしていない。
「今日は挨拶に来たのだ!! ラガクキだけでなく、ワマレドおかあちゃまやカムゲシャおばあちゃまも来ているのだ!!」
「まあ、ワマレド様にカムゲシャ様も来てらっしゃるのですか!!」
「うむ!! 3人とも一年ぶりでござるな!!」
ラガクキは楽しそうに双子と話をしていた。だが周囲の生徒たちの反応は様々だ。
「なんだよあれ……。花級の冒険者であるラガクキ様と親しくしているぞ」「天才画家としても名高いのに気やすくないかしら」「気難しいって話だけど、あの二人とは楽しそうに話しているな」
生徒たちはひそひそ話をしていた。なんで花級の冒険者と仲良しなのか理解できなかった。
だがドゴランだけは3人をただ見つめるだけだ。
「ふむ。顔が広いな。母親の影響が強いとはいえ、人見知りが激しいと噂されるラガクキ殿が気さくな態度を取るのはすごいことだな」
ドゴランはにやりと笑った。




