第13話 マジッサ王国の実態
「倹約令を始めよ!!」
マジッサ王国の頭がおかしい国王キガチィ40世が声を張り上げた。枯れ木のような老人なのに銅鑼のように響く声だ。玉座に座りながら宰相ヒアルドンに声をかける。
「倹約令とはどれほど素晴らしい物でしょうか? 無知な私にぜひ教えてください」
禿げ頭に丸眼鏡をかけちょび髭を生やした、しょぼい中年親父にしか見えないヒアルドンは卑屈な態度で尋ねた。キガチィは文字通り狂人なので言葉遣いには苦労する。下手な言葉を選べば首が飛ぶからだ。
「決まっておる!! 王国全体であらゆる贅沢を排除するのぢゃ!! 平民も貴族も一切のぜいたくは許さん!! 着るものも食べる物も制限し、酒などの嗜好品はすべて禁止にするのぢゃ。それを魔女に与する国を亡ぼすための資金とするのぢゃ!!」
「なるほど、ではさっそく商人たちにお触れを出します。今後贅沢なものを自分の店で売ってはならないと命じます。ただしドボチョン教のバザーだけは認めましょう。どうせ売る物などたかが知れています」
「当然ぢゃ!! 偉大なる女神様のおひざ元で行われるバザーは教会の貴重な収入源であるぞ!! それを邪魔しては儂の魂は泥の中へと引きずり込まれてしまうわい!!」
キガチィは自分に酔いしれていた。倹約は悪手である。経済は金を回してこそ生きるものだ。酒は職人が作り、その酒を商人が買う。運搬や護衛に人を雇い、途中で宿に泊まる。馬の世話も大事だ。
これだけでも商人は金を落とす。護衛や運び手が給料をもらえば、それで家の家賃や食べ物、贅沢のために酒を飲む。金を使わせるのは国家として重要なことである。
「では国王陛下はとびきり貴重なお酒を振る舞います。それと希少な生地が手に入ったので新しく服を新調いたしますね」
「うむ!! さすがはヒアルドン、余の気持ちを理解しておるわ!! がっはっは!!」
キガチィは自分が贅沢をしてもまったく気にしない。むしろ当然だと思っている。自分以外の人間が贅沢をするのが気に喰わないのだ。それは王妃や自分の子供たちすら同様である。
王妃や王子たちはとても王族とは思えないほどみすぼらしい姿をしていた。その癖キガチィだけは豪華な服に金の冠を被っている。だが痩せこけた体は骸骨が動いているようにしか見えない。まるで死神のようだ。
「がっはっは!! わが国には女神ドボチョン様とその息子で英雄であるロックブマータ様が見守っているのぢゃ!! 魔女の子孫はもちろんのこと、魔女を褒める国も滅ぼしてやるわい!! 我が国は外国と一切触れることなく2000年の歴史を紡いできたのぢゃ!! つまり余はこの世界で一番偉いのぢゃ!!」
誰かに聞かせるわけでもなく、キガチィは王座でゲラゲラ笑っている。背後の王子たちは死んだ魚の眼をしていた。それを見てヒアルドンはほくそ笑んだ。
☆
「これは使熊荷王国の清酒でございます。一杯銀貨1枚でございます」
ここはマジッサ王国の王都にある教会だ。女神ドボチョンとロックブマータを信仰しており、それなりに大きい。
だだっ広い広場に数百人の人々でにぎわっていた。
「一杯銀貨1枚だと!? エールなら銅貨2枚で飲めるぞ!!」
太った中年男性が酒を売っていると、周りが文句を言った。長テーブルの上にコップが置かれている。背後には木樽が3樽置かれており、干し魚や豆の類も置かれていた。おそらく商人であろう。
「ええ、これはカモネチ王国の商人から仕入れたものです。ですが一杯飲めばその考えは吹き飛びますよ」
男がにやりと笑う。それを見て客の一人が銀貨を1枚渡した。それを一口飲む。
「なんだこれ!! 水っぽいけど甘い匂いがするし、とても甘い酒だ!! こんな酒があるなんて信じられない!!」
「当然ですね。使熊荷の酒は米から作られたものです。さて酒のツマミに干し魚などがありますよ。こちらは銅貨5枚でいかがですか?」
客が一斉に購入を求めた。ツマミも飛ぶように売れていく。なぜ嗜好品は禁止されたのに、彼等は酒を売るのだろうか。
それだけではない。他にも広場では露店があり、様々な客がいた。農民や町民はもちろんのこと兵士や貴族も露店の品々を見物している。手の込んだ織物や宝石の類も売られているが、誰も咎めはしない。みんな楽しそうだ。
「ほっほっほ、盛況のようですな」
一人の小柄な老人が声をかけた。頭は禿げ上がっており、眉毛や口髭は白く滝のように長く垂れていた。紫色の法衣を着ている。この教会の司教であった。
「はい。倹約令では店で酒を売るなとありましたが、教会には売るなとありませんでしたからね。他のみんなも同じですよ」
先ほどの商人はあっさりと答えた。倹約令は発動されているが内容は嗜好品の類は店で販売してはならないとあった。だが自分から売りに行ったり、教会で売るなとは書いてない。それにバザーでの売買を認められている。
そもそもマジッサ王国は割と海外の品物が多く出回っている。商人は国境辺りで南はカモネチ王国、北はピロッキ王国、東はサゴンク王国と取引をしていた。
世間では国境に近づいたら矢で追い払われると噂されているが、嘘であった。外国人はマジッサ王国に入らないだけである。
この国は他の国より邪気が濃い。魔獣も獣や植物系など強い者が多かった。こちらは商人が育成した戦士たちが倒している。さらに邪気を含む土や水も取引されている。魔道具の触媒に使えるからだ。
王家は女神ドボチョンとロックブマータを信仰している。そのため教会のやり方は口出ししない。というか誰も国王に教えてないのだ。
「それにしてもこの国は不思議ですね。国王はアレなのに普通に動いている」
「そうですな。この国の王家は50年ごとに時の王族を皆殺しにして王位に就くのが習わしです。もっとも王様になりたいだけで国民の生活など無関心なのですよ。ただヒアルドン家だけが絶えずに王家を支えているのです」
司教が答えた。この国は実質宰相ヒアルドンが動かしている。いや、歴代の宰相はすべてヒアルドンだ。時の王族が虐殺されてもなぜかヒアルドン一族は見逃されている。
(そもそもドボチョン教が実はスキスノ聖国の教会だということを、歴代の国王はまったく知らないがね)
司教は心の中でほくそ笑んだ。彼はこの国の出身ではない。スキスノ聖国から来た人間だ。自己暗示呪文でマジッサ王国で生まれたと周囲に思わせていた。
ここにドボチョン教団が設立されて1950年以上過ぎている。作ったのはスキスノ聖国二代目法皇ロックブマータだ。ドボチョンは魔女の名前である。
普通は悪政を行えば国は滅ぶが、マジッサでは国王の首が挿げ替えられるだけで、国民の生活は全く変わらない。
隣接する三国からの流行の品が入ってきたりするが、国王はまったく国民の生活に無関心なのだ。
この国は幾度も魔王化の危機を迎えてきた。だが王家がコロコロ変わるため、回避されてきたのだ。
だが今は神はいない。2年前にこの世界を人間に任せて天へ帰ったのだ。自分たちは神の代理として世界を管理する義務がある。
(50年間隔で行われてきた交代劇が、今回は行われていない。何か嫌なことが起きそうだ)
司教は商人から使熊荷の酒をもらい、それを飲みながら考えていた。




