エピソード5 敵の狙いは 神殺しだけど すぐ失敗した
「ふふふ、もうじき復讐ができる……。もうすぐだ……」
一人の女が不気味な笑い声を上げている。周りは岩で囲まれており、空には満月がぽっかり浮かんでいた。
どうやら天然の岩穴らしく、生き物の姿は見られない。いや、地の底には大木が生えていた。
それは異形であった。老若男女問わず人の顔がこぶのように浮かんでいるのだ。どれも苦悶の表情を浮かべている。
それを一人の女が見上げていた。黒髪に痩せこけた体付きで美人とは言い難い。だがこの世の物とは思えない雰囲気があった。生きているのに死んでいる感じである。
「へぇ、こんなところに隠れ家を作っていたんだねぇ」
上から声がした。それは金髪碧眼の美少女であった。いや実際は男である。
イターリ・ヤコンマン。スキスノ聖国の法皇の息子だ。彼は全身薄緑色のぴっちりしたスーツを着ていた。体のラインがはっきりわかり、股間も盛り上がっている。
イターリの他にピッチリスーツの男たちが背後に控えていた。全員刀や槍、爪などの武器を装備している。
スキスノ聖国が所有する隠密部隊だ。
「あら、イターリさんではありませんか。火葬にしたのになぜ生きているのか不思議です」
「とぼけないでよヒアルドンさん、いや魔女ドボチョンか。僕が死んだなんて微塵も思っていないくせに」
ドボチョンと呼ばれた女はにやりと笑う。この女がヒアルドンの中身である魔女ドボチョンなのだ。世界が破壊されたとき、剥き出しの魂になっていたが、あらかじめ用意した肉体に乗り移ったのだろう。
「君が1950年ほどかけた計画は崩壊したよ。世界を破壊するために邪気をため込んだみたいだけど、世界の再生にも同じほどの邪気が使われた。もう君は世界を破壊できないんだ、悪あがきはやめたらどうだい? 今なら彼等が君の首を刎ねてくれるよ」
イターリはにこりともせず、ドボチョンを睨む。この女のせいで多くの人間が人生を滅茶苦茶にされたのだ。2000年近く法皇の記憶を受け継ぐイターリでも、はらわたが煮えくり返るほどである。
「崩壊ですって? それは間違いですよ、なぜなら私の計画はこれから始まるのですから」
そう言って人面こぶの大木に手をかける。するとそれはナイフの形を取った。
「その大木には数多くの魂が宿っているね。キガチィ王以外にどれだけの命を奪ったんだ?」
イターリの声色に凄味がある。見たところ何万人もの人面こぶが浮かんでいた。
「ああ、歴代のキガチィ国王の家族たちが混じっていますよ。王位を奪ったキガチィが理不尽に殺された者たちの魂はそれは格別ですね。あとは私の血縁が他国のキチガイ王侯貴族の魂にしるしをつけてくれました。こいつらはこれの発射のために使われます」
ドボチョンは淡々と説明した。多くの命を奪っておきながら罪悪感はなく、他愛ない世間話をしているようであった。イターリの額に血管が浮き出る。切れそうになるが他の隊員が窘めた。
「いったいそれはなんだ? 世界を破壊するための道具か?」
「違います。これは神殺しの刃ですよ」
神殺し? こいつは何を言っているんだ? さすがのイターリも目を丸くした。他の面々も同じだろう。
「私の目的はこの世界を生み出した基本界に住む創造主を殺すことです。そいつがいなければ私たちは面倒な宿命を背負うことはなかった。神のせいで私たちは波乱の人生を歩む羽目になった。あなたも私たちの復讐の手助けをしていいんですよ?」
「ふざけるなぁ!!」
イターリが叫んだ。怒りで顔が真っ赤になっている。
「僕はこの世界が好きだ!! そして自分の役目も愛している!! それは歴代の魔女たちも同じだ!! お前は自分勝手な考えで世界を滅茶苦茶にしようとした!! それだけは許せない!!」
イターリは剣を取り出すとドボチョンに斬りかかった。
しかしドボチョンは指を鳴らすと地面から触手が現れる。触手はイターリ達を拘束した。
そして股間や胸を撫でまわしていく。
「ふはははは!! どうだいあたしの触手たちは!! 女がいたらさぞかし見ごたえがあったのにねえ!!」
「それを、予測していたから男だけにしたんだよ!!」
男たちは触手に絡まれている。手足を縛られ、背を弓なりに曲げられたり、股を裂かれそうになっていた。これが女性だったら喘ぎ声を出していたかもしれないが、男たちは苦痛に耐えている。
「彼等は男の機能を一時的に停止させているんだ、だからお前の触手なんか効かないぞ!!」
「別に彼等の痴態なんか見たくないよ。時間さえ稼げればいいのさ」
そう言ってドボチョンは大木に乗り込む。どどどと轟音を上げて大木の刃は天高く飛んでいった。
「ふはははは!! 私は神を殺す!! 邪悪な魂とそいつらに殺された無念の魂が集まれば、神を殺せる武器となるのだ!! 世界が復元されたのは驚いたけどねぇ!! ではさらばだ!!」
そう言ってドボチョンは満月に向かって消えていった。触手たちは動きを止めていく。
解放されたイターリは苦々しい表情になった。
「神を殺すだって? どれほど無謀な夢を見ているんだか……」
イターリは満月を見上げてつぶやいた。ドボチョンの野望は子供を産んでから思いついたのだろう。魔女が記憶を受け継ぐのは、母親の胎内にいたときだけだ。
だから歴代の魔女はドボチョンの野望を気づくことが出来なかった。
そして満月からかすかな光が見えた。心なしか束縛された魂たちが解放されたように思える。
恐らくはドボチョンの野望は敗れたようだ。だが可哀そうとは思わないし、ざまぁとも感じない。
1950年以上記憶を継承し続けた魔女がようやく安らぎを得たと安堵したくらいだ。
「……しかし、ドボチョンはなぜあんな暴挙に出たんだろ? 彼女一人だけで計画できたのだろうか?」
イターリは疑問を抱いた。そもそも幾ら魔女でも神殺しの方法を思いつくわけがない。
もしかしたら自分が知らない何かが働いていた可能性が高いとみるのが筋だ。
隠密部隊はよろよろと立ち上がり、仲間たちを背負いだした。
イターリは彼等に治療を促す。魔女ドボチョンの野望はこれで終わった。
だが世界の闇には自分たちの想像がつかない邪悪が隠れていると、イターリは思った。
「法皇の座は僕の代で終わるとは限らないな。むしろ具体的な魔王化が無くなったことで、未来を見通すことは出来なくなった……」
イターリは夜空を見上げるが、悲壮感はなかった。だがその瞳に新たな覚悟の光が光っている。
「さぁて、ワイトとパルホたちの動向を見守らないとね。あの二人は僕以上に予測不能だからな」
イターリはそう思った。
神殺しは後付け設定です。ただ世界を破壊するだけではつまらないからです。
実のところ最初から考えていたわけではありません。
連載は見切り発車で着地点を模索しながら書いてました。
作者ですら展開が読めないのが難点でしたね。