エピソード3 ワイトは 自宅で 子育て中とのことです
「それで転入生の数が一気に増えたのかね?」
ここはキャコタ王国にあるキャコタ王立学園内にある学園長室だ。立派なテーブルに、上質の皮で作られたソファー。その上に禿げ頭に出っ歯の中年男性が座っていた。
先ほどの発言は窓際に立っている、獅子のような風貌の巨漢が発したものだ。
学園長スワガラ・ダイザフである。禿げ頭は教頭のハゲティル・デッパードであった。
ハゲティルはテーブルの上に書類を広げている。世界各国の大使から送られたものだ。
「今まではうちの学校を無視していたのに、国王が無くなったのを幸いに子息子女の転入を希望していますね。特にナーロッパ諸国ではその数が多いです」
「うむ。ナーロッパ諸国は変化を忌み嫌う傾向が強いからな。キャコタのやり方を否定するだけでなく、魔女を蛇蝎の如く嫌う傾向もある。科学的根拠より感情論を重要視しているからな」
「ですが今の時代はそれでは通用しません。牧歌的な農業では国民の腹を満たせませんし、文字の読み書きや算数のできない人間ばかりでは国の発展はおろか、衰退する一方です」
キャコタ王国は島国だ。自国では食料を賄えないし、必要な鉱石も確保できない。
なら豊富な食料と鉱石を有する国と友好を結ぶしかないのだ。もちろん技術を提供して力を持たれても困るが、それを差し置いても輸入に頼らざるを得ない。
キャコタで作った初期の魔導銃や、小型の鋼鉄船の設計図はその国の国家予算をごっそりもらったが、十数年後に元は取れる。
一方でキャコタは最高の頭脳を結集させ、最高の技術を開発し続けている。
技術こそがキャコタが唯一頼れる輸出品なのだ。そして他国の若者に技術の重要さを教えるのが王立学園なのである。
「だが本音はワイトとパルホだろうな。なにせあの二人は崩壊した世界を復元したからな」
「魔女の恐ろしさを世界中に知らしめた事件でしたね。元々魔女に対しては漠然とした嫌悪感しかなかったのが、一気にその実力を見せつけられたといったところですか」
「二人は教師だ。現役の魔女であるワイトから教えを受けられるのは強い。さらに二人は数多くの魔法を教えることが出来る。すでにバデカス王国やズゥコ王国、メナコ王国はすでにキャコタだけでなくサマドゾ王国と友好を結ぶ計画を立てているからな」
スワガラはため息をついた。世界各国では王侯貴族の子を、王立学園に入学させ、ワイトとパルホに繋ぎを付けたいのだ。
魔女の恐ろしさはその身で思いっきり味わっている。魔女に対する怒りより恐怖が上回っていた。同時に聡いものは魔女の力を利用したいと思うのも多い。
そしてキャコタを内側から破壊したいと願うものもいるだろう。自国の特産品を盾にして転入を望む者もいるはずだ。
さらに来年の入学希望者は二倍に増えている。生徒が増えれば警備の手間もかかる。問題ばかりであった。
スワガラは豪快に見えるが実際は繊細な性格だ。厄介事は嫌いだが、いざ有事が起これば冷静に対処できる。だが普段は面倒なので家臣を教育して自分は楽をしていた。
ハゲティルはそんな学園長に頭を抱えているが、同時に頼もしくも思っている。ひとりの有能な人間に任せることは不健全なのだ。自分と同じ能力を持つ人間、自分と同じ考えを持つ後継者を作ることが権力者として重要である。
「それはそうと世界各国で王侯貴族が消滅した話を知っているか?」
スワガラが唐突に話題を変えた。
「存じております。確かピロッキ王国のバゾンク国王や、サゴンク王国の王太子などですね」
「うむ。どれも傲慢で欲深い人間ばかりだ。自分が世界で一番正しく、他人はすべて間違っていると決めつけている厄介な性格だったそうな」
「それが世界の復元後すべて消えている、というわけですね」
ハゲティルが重い顔になった。世界は一旦崩壊したがワイトによって復元された。
だがマジッサ王国のキガチィを含め、強欲な王侯貴族は消えてしまったのだ。
世間ではワイトたちが選別したと思われている。それ故に別の意味で魔女の子孫を恐れ、抹殺したい勢力が現れた。
とはいえそう言った集団はすぐその国によって粛清されている。大魔王エロガスキーの凶行だ。下手にワイトに手を出せば、その国の国民が皆殺しにされるのを映像で見たからだ。
「ワイトが復元する人間を選ぶと思うかね? ハゲティルよ」
「私は思いませんな。そもそもワイトとパルホが意図的に選別する余裕などないと考えるのが自然です」
「だろうな。しかしそいつらが消えても世界は平和にならん。ますます混乱するばかりだ」
スワガラは深いため息をついた。独裁者が死んでも国は平和にならない。ピロッキ王国は広大な国で独裁者でなければまったく機能できない国だ。現にピロッキ王国から離脱して独立する国が増えている。
サゴンク王国では王太子がいなくなり、新たに王太子を狙うため暗殺が繰り広げられているという。
もっとも独裁者による支配がいかに不健全であるか、世に知らしめたと言えるが。
「まあそれはいい。ワイトとパルホに詳しい話を聞かねばならないからな。今二人はどこにおるのだ?」
「ワイトは自宅におります。そこで自分の子供を育児中とのことです」
ハゲティルの発言に、スワガラは目を丸くしたのであった。