エピソード1 バガニルは 敵の脅威を 感じ取っていた
「どうやらワイトとパルホが世界を復元したようですね」
ここはサマドゾ王国にある城だ。四方が高い塀に覆われており、石造りの無骨なものであった。
今までは城館に毛が生えた者だったが、領民を使って建築したのである。
そして玉座の間では白いドレスを身にまとった貴婦人が立っていた。王妃バガニルである。
美しい黒髪に、冷たい美貌、メロンのような胸を持つ絶世の美女だ。
玉座に腰を下ろしているのは、バガニルの夫でサマドゾ王国国王、マヨゾリ一世である。
日焼けした黒い肌に岩のような筋肉の持ち主であった。剣のように鋭そうな髭を生やしている。
「そのようだな。私も肉体が粉々に砕かれた感触は初めてだが、案外痛みはないものだな」
「その代わり精神の衝撃は相当なものがあります。領民の中にはそのせいで意識不明になったり、気力が削がれた場合もあります。一刻も医者を手配し、その研究結果を報告させるべきです」
「お前ならそういうと思って、すでに家臣たちに命じてある」
一見野獣のような王でも、頭の中身は冴えている。美女と野獣と二人は揶揄されているが、互いを支え合う理想の夫婦と言えた。
「ですが問題はワイトとパルホです。世界を復元したことはすでに各国に知れ渡っていますからね」
「ああ、我がサマドゾ王国内でも空一面にマジッサ王国の様子が映し出されていた。あれのせいで我が子の所業が暴露されてしまっている。忌々しいことだ」
「国内だけでなく、世界の主要国でもその様子は映し出されたそうです。恐らく宰相ヒアルドン、いえ魔女ドボチョンの仕業でしょうね」
バガニルはため息をついた。ワイトたちがマジッサ王国で行ったことはすでに世界各国に知れ渡っているのだ。
サマドゾ王国ではワイトとパルホの活躍に、大いに沸きあがっているが、魔女を忌み嫌う国にとって今回の件はかなり忌々しい出来事である。
魔女の危険性を訴えて二人を処刑すべきだという動きは、以前から動いていた。
しかしワイトの死に大魔王エロガスキーが飛来した。そしてマジッサ王国の国民全員を一瞬で皆殺しにしたのである。
この件でワイトとパルホを殺したりすればその国は必ず亡ぶ。それを目の当たりにして魔女の処刑を望む声はかき消された。執拗に魔女狩りを強行した団体はあっという間に逮捕され、王侯貴族は暗殺されるようになるのだが、今はその話は関係ない。
「魔女の子孫を殺す声は静まるでしょうが、逆に魔女の血を取り込む動きは強まるでしょう。マジッサ王国の人間が魔力を多く宿す故に、結婚を望むものがいましたが、今度はワイトとパルホの側室を送り込むことが増えるでしょうね」
「増えるだろうな。何せ世界を復活させたのだ。正確には世界を復元させただけだが、魔女を知らない人間にとって同じように見えるだろうな」
「世界を思い通りに作り替えられると勘違いしているでしょうね。実際は膨大な邪気を使って復元しただけなのに。人間は自分にとって都合の良い方にしか解釈しませんから」
二人はため息をついた。時間が経てばワイトたちの故郷であるサマドゾ王国に、世界各国の使者がやってくるだろう。そして自分たちをあの手この手で取り込もうとするに違いない。
だが二人が懸念しているのはそれではない。
「とはいえそちらは私たちが引き受ければいいのです。問題はなぜ魔女ドボチョンがあんな凶行をしでかしたことですね」
「私はあまりよくわからないのだが、ドボチョンの狙いは世界の破壊ではないのか? その計画はワイトたちによって阻止させられたじゃないか」
「傍から見ればそう映るでしょう。私に言わせれば世界を復元できる邪気は、二千年以上溜めたマジッサ王国の邪気があればこそです。つまりドボチョンの行為は計算通りと言えるでしょう」
バガニルは魔女の子孫だ。二千年前に光の神ヒルカと、闇の女神ヤルミの命により地上に降り立った唯一無二の魔法使い。バガニルは魔女たちの記憶を受け継ぐ唯一の存在だ。
とはいえ知識は膨大故に検索呪文を使わなければ、知識を引っ張り出すことは出来ないが。
そんなバガニルは目の前に見える邪気の量を測ることが出来る。
例え映像であろうとも邪気の濃さでどれだけの力を持つか理解できるのだ。
「私に言わせればドボチョンの計画は失敗しておりません。むしろ成功しているとみて間違いないでしょう。もっとも詳しい調査はスキスノ聖国のヤコンマン台下の仕事ですけどね」
「私たちの仕事は今まで以上に警戒をする必要があるわけか。厄介だな」
「厄介でもやるしかありません。サマドゾが滅ぶ程度ならまだしも世界の危機はまだ去っていないと思いますので」
バガニルはそうつぶやいた。完璧な平和などありえない。人生は常に想定外の出来事が待ち構えている。
だがそれを冷静に、確実に対処していくことが大事なのだ。
彼女が願うのは我が子たちの幸福である。