第百五話 世界は破壊され ワイトたちにより 世界は復元された
「なんじゃ、小童が喚いておるのぅ」
エロガスキーは腕を組みながら、キョワナを見下ろしていた。彼が魔玉を一つにまとめたことにはまったく気にも留めていない。
だがワイトは見た。キョワナの周りには紫色の霧がびっしりとついている。あれは邪気だ、邪気が一気にキョワナの元に集まったのだ。
「フハハハハ!! お前たちはジュヴナイルな行為を無視しまくっている!! だからお前らだけでなく、世界も一緒に消えなくてはならないんだ!! 僕の思い通りにならない世界なんか滅んじゃえ!!」
キョワナは魔玉で作った大剣を振るった。大剣は大地を突き刺さり、そして大地は割れてしまったのだ。
「まっ、まずい!! 世界が!!」
「ワイト!!」
ドゴランが慌てており、ケダンがワイトに手を差し伸べようとしたが、その瞬間彼等の身体は霧散した。
ドゴランだけではない。ケダンの姉ナイメヌ、父親のサリョドにアルジサマ。ドゴランの姉エスロギにその従者のウシワカ、キントキ、ベンケイ、巨大なエロガスキーすら消えてしまったのだ。残るは赤い光の玉だけである。
ワイトは何とかして踏ん張った。だが世界は消えてしまい、桃色の濁流の中に飲み込まれている気分になった。
「これは一体どういうことなのかしら?」
ワイトの隣に声がした。それはパルホだ。双子の妹だけ助かったのだ。
「世界が破壊されました……。もうこの世界で生きているのは私たちだけです……」
「はっ? そんな馬鹿なと言いたいけど、目の前の現実を見たら信じるしかないわね」
「今私の周りだけ時間が数千倍に遅れています。時間遅滞呪文を速攻で作りました」
ワイトはあっさりと魔法を生み出したようだ。だが世界が破壊された今彼等の命が尽きるのも時間の問題である。
「……問題を先送りしただけです。もう世界は終わってしまった。ドゴランたちだけでなく、お母様たちやゲディス叔父様すら……。何もできず一方的に終わってしまった……」
ワイトは力なくへたり込んだ。世界の破壊を目の前に見せられてワイトの心はへし折れたのだ。
「終わりじゃないわ、まだ私がいるじゃない!!」
パルホがパンとワイトの背中を叩いた。
「私たちが生きている以上、終わりじゃないわ!! あなたならこの世界をすくえるはずよ!」
「いくら私でも世界は救えるわけがない!! お母様や歴代魔女ですらできなかった!! 私にできるわけないじゃない!!」
パチンとパルホが平手打ちをした。あまりの痛さにワイトは目を見開いた。
「泣き言をいう暇なんかないのよ!! このままでは本当に世界は終わるわ!! でも私たちがいればなんとかできる!! だって私たちは魔女バガニルと世界最強の男マヨゾリ・サマドゾの子共なんだから!!」
パルホの眼に涙がこぼれた。本当は父親が死んだ事実を受け入れたくないのだ。だけど嘆いている兄に喝を入れることがパルホの役目だと思った。
「考えるのよ、破壊された世界を救うにはどうしたらいいか、あなたの頭で考えなさい!! きっとバガニルお母様ならこんなときでもいい名案が思いつくに決まっているわ!!」
あまりの無茶ぶりである。だがワイトにとってバガニルと比べられることは最高の褒め言葉なのだ。彼女なら当たり前にできる。だってワイトにとってバガニルは永遠に背中を追う存在なのだから。
「世界を復元しましょう」
ワイトがつぶやいた。さすがのパルホも一瞬、何を言われたのか理解できなかった。
「肉体復元呪文の応用です。肉体はないけど、今なら濃厚な邪気が代用品になる!! それに私たちの着ている衣装は……」
因幡尼の巫女装束である。海外ではバニースーツと呼ばれているものだ。
ハイヒールは大地に染み込んだ邪気を吸い上げる。そしてバニースーその邪気を溜めて魔力に変換させる。
カフスは魔力の調整を可能にし、うさ耳は邪気の流れを敏感に感じ取ることが出来るのだ。
「二人分の力を合わせれば、世界復元呪文を成功させることが出来る!! お願いパルホ、力を貸して!!」
「当然よ!!」
パルホはワイトの背中にくっついた。パルホはハイヒールから邪気を一気に吸い上げる。その邪気は黒いバニースーツに溜まっていく。常人なら魔力で身体がはじけるが、魔女の子供である二人には関係ない。
そしてワイトはうさ耳で邪気の流れを読み取る。邪気が最高に高まるタイミングを見計らい、世界を復元させるのだ。
「さあ、パルホ行きますよ!!」
「合点だ!!」
ワイトは持っていた杖を発動させる。杖は光り、周りが見えなくなった。ふとふわふわした赤い玉がワイトのお腹へ入っていく。他にもひと際輝くふたつの魂が突如天高く飛んでいった。
「世界復元呪文発動!!」
視界は真っ白になった。
次に目を開けると、ドゴランたちがいた。それだけではなく、マジッサ王国の国民もいた。魔玉化されても復元できたようである。エロガスキーはきょとんとしていた。
「……私たちは夢を見ていたのでしょうか?」
「いいや、夢じゃない。確かにお前たちは世界を復元した。おかげで俺は助かったのだ」
ドゴランが珍しく青い顔になっていた。ケダンやナイメヌも同じである。
彼等は一度肉体が砕ける経験をしたのだ。その恐怖がまだ残っているのだろう。
マジッサ王国の国民は、全員魂が抜けたような表情を浮かべている。すぐに立ち直るドゴランたちが異常なのだ。中には目が淀んでおり、口からだらしなく涎を垂らす者もいた。
「やばかった……。本当に終わったかと思った……」
「あらケダン。珍しく弱音を吐いてますね。まあ私も同じ気持ちですが」
さすがのナイメヌも双子の弟であるケダンを茶化すことは出来なかった。彼女も真っ青でふらふらだったからだ。
「ええ、ワイトとパルホのおかげね。たぶんあたしたちだけでなく、世界中のみんながあなたに感謝していると思いたいわ」
「もし、難癖をつけるものがいたら、私が相手の喉笛を噛みちぎる覚悟がありますよ」
サリョドと人間の姿をしたアルジサマが答える。全員無事のようだ。ワイトはその様子を見て、ほっとなった。すると突如お腹が痛くなる。腹痛と言うより内側から何かが生まれた感じであった。
「ワイト……、あなた妊娠しましたネ?」
その様子をエスロギが見て答えた。それを聞いてケダンは驚きの声を上げる。
「なんだって!! いったい相手は誰なんだ!!」
「だまれ駄犬。ワイトがほいほい相手にすると思うか? 姉上、なぜワイトが妊娠したとわかったのですか?」
暴れるケダンをドゴランが押さえつける。
「ワイトのお腹に別の魂が見えるのデス。それはこの場にいないキョワナのものデスネ。サマドゾ王家というか、先祖のゴマウン王家は男でも妊娠できる体質だと聞いてイマス。別に男とニャンニャンする必要はナク、他者の魂を腹部に宿し、保存するのが本来の性質デス。そこからフラワーエルフかウッドエルフのお腹を借りて出産させるのデスヨ」
エスロギが説明してくれた。エスロギは死霊を扱うため、人より魂を視ることが出来る。キョワナは世界を破壊した罰で肉体は滅んだ。だがワイトの身体に魂だけが宿っている状態なのだ。
横にいるサリョドは無言で首を縦に振った。エスロギのいう通りなのだろう。
「じゃあ私はどうやって出産すればよいのでしょうか?」
「ゲディス殿の子女であるブッラ殿か、クーパル殿に頼めばよいでショウ。別に血縁でも問題ナイデス」
叔父のゲディスには双子のウッドエルフの娘がいる。二人に代理出産してもらえばいいそうだ。
だが出産よりもマジッサ王国の後始末が問題である。ワイトは頭が重くなった。
「マジッサのことは私たちに任せなさい。あなたたち子供は自分のできることをすればいいのよ」
そうサリョドは慰めた。これから他の花級と花びら級の冒険者がやってくる。彼等に任せればよいのだ。
今回の結末は最初から考えていたわけではないです。
正直なところだらだらと連載を続けて、ようやく今回の結果を思いついたのです。
バニースーツの必然性がここにきて明かされました。あと数話で終わらせることが出来ます。