第百二話 ドゴランは 最悪の事態を 予測した
「貴様よくもワイトを!! 許さない!!」
パルホは刀を握りしめて、ウサギのように勢いよく飛ぶと、空中に浮かぶヒアルドンに斬りかかった。
だがヒアルドンはにやにや笑うだけで慌てる様子はない。ゆったりと右手を出して、パルホの刀を止めてしまった。刀は掌に触れておらず、見えない壁に阻まれている。
パルホは驚愕するがすぐに気持ちを切り替えて、ヒアルドンの左わき腹を鹿のように蹴ろうとした。
ところがヒアルドンはふわっとクラゲのように避けてしまう。体勢を崩したパルホはそのまま地上へ落下していった。
あわや衝突というところを、狼の姿になったナイメヌによって救われる。
パルホはナイメヌの背中に乗せられていた。
「ありがとうナイメヌ」
「どういたしまして。それと口調が戻っていますよ」
「いいのよ。今はキャラを作る余裕なんかないわ。それよりも」
パルホはワイトの方を見た。今彼はサリョドとエスロギのよって治療を受けている。
その内三人の姿がぼやけて見えた。そこにいるはずなのに、蜃気楼のように歪んで見えるのだ。
さすがのパルホも初めて見る光景に不安を覚える。
「あれは姉上の秘術、隔離結界だ」
そこにドゴランが声をかけた。
「隔離結界はあの世の境目に移動する秘術だ。姉上の蘇生術は世界一と思っているが、確実に成功させるにはあの世の境目で行うのが一番なのだ。なぜならそこなら魂の状態がよく見えるからな」
ドゴランがエスロギをべた褒めしている。口調には尊敬の意が込められていた。自分以外はすべて馬鹿だと思っていたので、パルホは意外に思った。
「俺はなんでもできて当然だが、一つの道を究めた物を尊敬している。姉上もその一人だ。もっとも姉上の秘術は、すべてカウゲス一族から教わったものだがな」
カウゲス一族はドゴラン王国が出来る前に住んでいた一族だ。彼等は魂に関する秘術を会得している。ワイトたちが通っていたキャコタ王立学園の教師、キリョイ・カウゲスはその一族の出身なのだ。
「それたちの仕事は敵から姉上たちを守ることだ。見ろ!!」
ドゴランは右手に青龍刀を持っており、それを前に突き出した。すると壁のように大勢の人間に囲まれている。
マジッサ王国の国民だ。子供や大人、老人など様々だ。全員目が紅くなっている。ふらふらと歩いておりまるで夢遊病者のようであった。
「殺せぇ、殺せぇぇぇ!!」「マジッサ王国を荒らす奴らはみんな殺してやる!!」「お前らは人間じゃないんだ、獣なんだ。だから殺していいんだよ!!」
まるで大根役者のように脅し文句を並べていた。彼等は麻薬中毒者のように不気味に笑っている。ヒアルドンはそれを見てニタニタ嗤っていた。人の不幸が面白くてたまらないように。
「はっはっは!! 彼等は夢遊病者だよ、すでに私は彼等を眠らせて夢を見ているんだ!! 彼等は夢の中では正義の英雄で、君たちは醜い悪の魔物なのだよ!! 私はその手伝いをするだけさ!!」
そう言ってヒアルドンは右手からスライムを出した。スライムは三頭のパンダたちに覆いかぶさろうとしたが、パンダたちは油断せず、すぐに散開した。
だがスライムは地面に叩き付けられると、すぐに水のように広がり、パンダたちの足をからめとった。まるで底なし沼に嵌ったようである。
「はっはっは!! 毛に覆われた君たちにスライムは天敵だよ! 果たしてまともに動けるかな?」
確かにパンダたちの動きは鈍っている。そこに国民たちが鍬や槍を持って襲い掛かってきた。
まるで獣のように雄たけびを上げて、身動きの取れないパンダたちを殺そうとした。
「ボムッ!!」
パンダの一人、キントキが声を上げた。音波呪文だ。音の弾丸は何の力を持たない平民たちを数百人を突風の如く吹き飛ばした。
「プゥッ!!」
次にパンダのウシワカが息を吹きだす。息吹呪文といい、吐いた息を竜巻の如く力を増す呪文だ。平民たちは息によってなぎ倒されていく。平民であろうと容赦なく吹き飛ばされていった。そして煙のように身体は消えていく。
「さすがだなベンケイ。お前の言う通りだ。あいつらにに実体はない。あくまで夢から抜け出た生霊だ」
「ここで起きたことはあくまで夢の中、悪夢みたいなものだ。遠慮なくやっていいんだ!!」
最後に二人はベンケイに声をかける。彼はすぐに識別呪文で平民たちの身体を調べていたのだ。その結果彼等は実体のない存在だと気付いたのである。
それをウシワカとキントキに小声で伝えていた。
「さすがはエスロギ様の忠実なしもべですね。動きを止められても問題になりません」
その様子をパルホが感心していた。もっとも彼等の技はパルホも見ている。実戦で生かせるかは別であるが。
「だがヒアルドンは何がしたいのだろうな。確かにこちらの弱点を突いてくるが、致命傷じゃない」
そこにドゴランは疑問を口にした。そうスライムはケダンやナイメヌにもひっついたが、すぐに人間になるので問題にならない。
二人の父親であるアルジサマも獣から人間の大人に変化しており、魔法で対応している。
キョワナは狙われていない。だが彼はケダンたちの対応を見て苛ついていた。
「なんで無垢な民をいじめるんだ、彼等は何も悪いことはしていないんだ。それなのにこいつらは平然と手にかけている。なんてむかつく連中なんだろう。早く神様が天罰を下してくれないかな。もしくは天使の矢が彼等の心臓を打ち抜いてくれないだろうか」
もうキョワナの眼は焦点が定まっていない。とりあえずキョワナの方は無視する。
「そもそもヒアルドンはなぜ姉上を狙わなかった? そうすれば蘇生術は使えず、ワイトは死んでいたはずなのだ」
この手の戦いには回復役を潰すのが一番だ。治癒魔法を使える人間がいなくなれば、傷を治すことが出来なくなる。
エスロギは花級の冒険者ではトップクラスの治癒魔法の使い手である。ヒアルドンなら冒険者の情報を事前に察知しているので、エスロギを潰せばドゴランたちは不利になったはずだ。
もちろんエスロギは自分が死んだときの対処方法を隠し持っているが、かなり手間取るはずである。
「この場合、ワイトを狙ったことで何が起きたのかを考えるべきではありませんか?」
パルホの言葉に、ドゴランは目を丸くした。そして首を傾げると、がたがたと凍えるように震えだす。ここまで怯えているドゴランは初めてだ。
「なんという、なんということだ!! 我々はヒアルドンの策略に嵌ってしまったのだ!!」
ドゴランはそう叫んだ。その表情は今まで見たことのない焦りが浮かんでいた。




