第七話 茶会
いよいよ茶会の本番。
ルースの父、侯爵との対面。
身構えるシビーラの見たものは。
今日もまったりしていってください。
貴族の家は、外から見える建物の外観と庭に金をかけると聞く。
「お父様〜」
「あなた」
テンダー・スラック侯爵が待つ茶会の席も、そんな豪華な庭園の真ん中にあった。
季節の花々が咲き、美しく整えられた庭。
維持費に年間いくらかけてるのだろう。
……まったく、自分に関係ない事まで金勘定につながってしまう自分の思考が嫌になる。
「スラック侯爵様。インテンス家シビーラ、参りました。本日はお招きくださってありがとうございます」
「あぁ」
侯爵はそう答えると、無言のままじっと見つめてくる。
整った顔立ちだけに、無言の視線には相当の圧力がある。
「お待たせして申し訳ありません。ルース様との買い物が思った以上に楽しく、遅くなってしまいました」
「そうか」
まずいな。反応が悪い。
待たされた事に腹を立てているのか?
それとも私に対して良い感情を持っていないのか……。
どちらにしても挽回しなくては。
だが情報が少なすぎる。
会ったのは二、三回だし、その時もほとんど親父と話していたからな。
「それにしても素敵なお庭でございますね。まるで夢の国のようですわ」
「そうか」
「本日はお天気も良く、太陽に輝くこのお庭を眺めながらお茶をいただけるなんて、無上の喜びです」
「そうか」
くそ、手強い。
やはり侯爵家を束ねる男。
庭は自慢だろうと褒めてみたが、簡単には崩せないか……。
何でもいいから情報がほしい。
「お父様〜、お庭ほめられたのそんなにうれしい〜?」
「あぁ」
え?
「お父様はこのお庭大好きだから〜、ほめられるとごきげんになるんだよね〜」
「あぁ」
「元々シビーラちゃんが来るからって、朝からご機嫌でしたものね、あなた」
「あぁ」
ならもう少し顔の筋肉を動かせ。
無駄に不安になるだろ。
しかし私はそんなに歓迎されていたのか。
私にとっては都合が良いが、なぜだ?
「……茶が入った」
「いただきます」
考えるのは後だ。まず入れられた茶を飲まないと。
貴族の茶会では、茶会の主人より先に茶や菓子に口をつけるのが礼儀だ。
かつては毒が入っていない事を証明するために、主人が先に口を付けていたが、「そんな事は疑っていない」と示すために客が先に口を付けるのが礼儀になったそうだ。
……熱いのが苦手な私には厄介な風習だ。
「あちっ」
「!」
しまった!
思わず漏れた声に侯爵が顔を手で覆った!
「も、申し訳ありません。私熱いものが少し苦手で……」
「……」
「あ、あの……」
「……」
「も、申し訳」
「そっとしておいてあげて。今シビーラちゃんの可愛さに感動してるから」
はい?
「主人は娘がほしくてね。シビーラちゃんがルースと婚約してくれて、すごく喜んでたの。だから今のシビーラちゃんの『あちっ』って言った可愛さに感極まったのよ」
「はぁ……」
何だそれは。
家では可愛いなんて言われた事はない。
私の価値は家の役に立つか否かだった。
子どもらしさも女らしさも、演じるものとされていたのに。
「……熱いのが、苦手なら、ゆっくりで、構わない……」
「あ、ありがとうございます」
「……菓子も、食べると、いい……」
顔を覆ったまま、絞り出すように喋る侯爵。
商売や社交の場でお世辞として「可愛い」だの「美しい」だのと言われた事はあったが、可愛いから絶句というのは経験がない。
……何とも尻が落ち着かない。
「お父様〜。今日のお菓子はね〜、シビーラちゃんが選んでくれたんだよ〜」
「ふぐっ」
ルースの言葉に、侯爵から何か変な音が出た。
顔を抑えたまま天を仰ぎ、小刻みに震えている。
侯爵が顔から手を離した時には、茶は飲み頃より大分冷めていた。
読了ありがとうございます。
侯爵は無口で顔に出ない人です。
家族とスラック家の使用人以外では、思考はおろかその時の気分すら読む事は難しいです。
ポーカーやったら激強。
さて、もうスラック家の子になっちゃえばいいじゃない感が溢れていますが、シビーラにも事情があるようで。
次回もよろしくお願いいたします。