第三十五話 真実
ルースとの婚約が家の利益のためではないと聞き、動揺するシビーラ。
この婚約の真の目的とは……?
どうぞお楽しみください。
「……お父様、確認させてください」
「あぁ」
「今回のスラック家との婚約は、政略結婚ではないのですか?」
「違う」
「では何のために……?」
金儲けの事しか頭にないはずの親父が、一体何を考えて侯爵家との婚約を結んだのか。
全く想像がつかない。
恐怖に似た気持ちで見ていると、親父は大きく息を吐いて口を開いた。
「……順を追って話そう。お前の母は世界中を飛び回り商売をしている。私はその生き生きとした姿に好意を抱き、結婚した」
「え、あ、はい……」
何だ急に。
両親の馴れ初めなど興味はないぞ。
ウェトナスと一緒にグレイブが来るまで、母の存在なんてほぼ忘れていたからな。
グレイブも最初は親父があまりに帰ってこないお袋に愛想尽かして、愛人作ってできた子かと思っていたぐらいだ。
「そして生まれたシビーラ、お前にもそんな風に育ってほしいと、商人としてのノウハウを叩き込んだ」
そういう理由だったのか。
家のための跡継ぎ作りだけじゃなかったんだな。
……だからといって三つの時からさせる事じゃないと思うが。
「お前は思惑通り優秀な商人に育った。だが更なる販路拡大のために貴族位を買い、社交会に出た時にテンダーと会った」
「侯爵様と……?」
そういえばスラック侯爵も、私を社交会で知ったと言っていたな。
その時に何があったんだ?
「テンダーはお前の様子を見て、子どもにしてはあまりにそつがなさすぎる、家のために無理をさせているんじゃないか、そう言った」
「ぅ」
そ、そんな風に見られてたのか!
だからあんなに心配して……。
う、嬉しいような恥ずかしいような……。
正直我慢している部分もなくはないし、遊びたかった記憶もあるけど、今の商家の仕事にはやりがいは感じているんだよな。
子どもらしくないのは自覚してる。
「そこで私はお前が本音を出せるようにと、負担のかかる仕事を与え続けた」
おいこら。
そこは優しくしろよ。
お陰で私は、親父は金のためなら娘すら使い潰す冷血漢だと思ってたんだぞ。
北風が強すぎて、コート脱ぐどころか鎧着ちゃってんだよこっちは。
「だがお前はどんな無理をも乗り越えてしまった。そこでテンダーに相談したところ、ルースとの婚約を申し出られた」
「流石に婚約なら嫌と言う、と……?」
「そうだ。もしそうならなくても環境の違う場に身を置けば、気持ちも解放するきっかけになるのではないかと言っていた」
私のためだったのか……。
だからスラック侯爵はあんなに優しくて暖かくて……。
申し訳ないな……。
「だからお前からのスラック家の報告があまりにも冷たかった時は、テンダーの話と違いすぎて何度も確認したのだ」
「あぁ、あの時のはそれだったのですね。てっきり情を移していないだろうな、という圧力かと……」
「それで否定していたのか」
そりゃそうだろ。
情が移ったら役立たず扱いかと思ってたからな。
……情、か。
考えてみたらあの時点で私は、ルースやスラック家を守りたいと思っていたんだ……。
「あの、ちなみにスラック侯爵は私の事をどのように……?」
「買い物の事、茶会の事、ルースに勉強を教えた事、一緒に昼寝をした事、どれも嬉しそうに話していた。もっとも表情は変わらないが」
ひあ。
そ、そんなに親父とスラック侯爵が密に話をしていたなんて!
無表情同士、何か通じ合うものがあったのか?
だがそんなに私の話題で盛り上がってるんなら、その対話の労力を私にも向けろ。
……でも二人が私の事を本当に大事に思ってくれているのは伝わる……。
「それでも全くスラック家に心を開く様子が見られなかったので、トレランス公爵の社交会での婚約発表を手配してもらった」
あの辱めの原因は私の反応か!
いやでも親父の聞き方にも悪い点は多分にあると思うぞ!
……でも結果的にあれが契機になって、ルースやスラック侯爵に心を開けたから、まぁ……。
「これで齟齬は無くなったか」
「私としてはこれで十分です」
言いたい文句は山ほどあるけどな。
「後はグレイブにはあまり厳しい躾はなさいませんよう、お願いいたします」
「わかった」
「では」
「待て」
何だ。
気が緩んだらどっと疲れたから、部屋に戻りたいんだけど。
「……今まで済まなかった」
「……え……」
な、お、親父が、私に頭を下げた……?
そんな、何も謝られる事なんて……。
「独りよがりな考えを押し付けて商人にした事、無理な仕事を振り続けた事、今考えれば間違っていたとわかる」
おう謝れ。
その点については誠心誠意謝れ。
で、グレイブを育てる際の戒めにしろ。
「そしてルースとの婚約を勝手に決めた事……」
それはいい。謝らなくていい。
むしろ褒めてやりたい。
「ルースを心から愛していると聞いて、心の底から安堵した。……ありがとう」
「……こちらこそ、ありがとうございます」
「以上だ。退室して構わない」
「失礼します」
親父の部屋を出て、ふぅっと息を吐く。
敵はどこにもいなかった。
弱い私が勝手に怖がっていただけだ。
心の仮面も、もうそんなに必要ないだろう。
こんな暖かな陽だまりで心を隠すなど、無粋にもほどがある。
まるで生まれ変わったような気分の私は、これからなす全てがうまくいくような気がしていた……。
読了ありがとうございます。
優しい世界。
でも親父さんは心から反省した方がいい。
さてシビーラがごりごりとフラグを建てていますが、果たして……?
次話もよろしくお願いいたします。




