第三十二話 想い
ルースの誕生日会を体調不良で休んだ事をスラック侯爵が怒っていると思っていたシビーラ。
しかしその感情は思わぬ方を向いていて……?
どうぞお楽しみください。
「五年前、初めてルースを社交会に連れて行った時、人見知りで私の後ろから離れようとしなかったルースに声をかけてくれたのが君だった」
「……そうでしたね」
親父が爵位を手に入れ、社交会に出る時に、ついて行っては色々な人に顔を売っていた。
スラック侯爵やルースにも話しかけた覚えがある。
あの時は婚約するとは思っていなかったけど。
「それだけでなく、既に仲良くなっていた他の子の中にルースを入れてくれた」
「あの時は楽しかったです」
確か、子が引っ込み思案で困っている親に、恩を売ろうと連れ出した覚えがある。
我ながら嫌な子どもだな。
「その後も何かとルースや周りの子に気を遣い、自分の事は後回しにしていた。あの時からだ。私がシビーラを知るようになったのは」
「あ、ありがとうございます」
それで普通では考えられない身分差の婚約が通った訳か……。
「……私は子どもの頃、親から貴族としての振る舞いを強制され、感情を出さない人間に育った」
……今も割とそうですけど。
「だがソフティに、妻に出会って、私は少しずつ感情を取り戻していった。だからシビーラ」
「は、はい」
「どうか苦しい時や辛い時は話してほしい。嬉しい事や好きな事は教えてほしい」
「……」
「インテンス家でそれができないなら、式を早めてうちに入る事も可能だ。どうかシビーラを守らせてほしい」
言葉が、出ない。
過去の自分と重ねたとはいえ、ここまで優しさと想いを向けてくれるなんて……。
商人としての下心だけでルースに近づいた私に……。
「……ありがとうございます。私は幸せ者です」
「……そうか」
顔は変わらなくても、声が沈んだのがわかる。
私がどれほど救われているのか、伝わっていないのだろうか。
無理をしていると思われているのかもしれない。
……仮面で人を欺き続けたツケだ。
私がスラック家の人を疑い続けたのと同じだけ、私も誠意を見せ続けるべきなのだ。
「……気を遣うな、とまでは言わないが、私はシビーラを家族として迎える気でいる。いつかはシビーラにもそう思ってほしい」
「わ、私は……!」
「大丈夫だよお父様〜。シビーラちゃん、僕の事ルースって呼んでくれるって〜」
「!?」
る、ルース! 何を急に!?
「僕がね〜、お父様やお母様やおじ様からそう呼ばれてるって言ったら〜、二人の時だけいいよって〜」
「あ、あの、それは内緒で……!」
「そうか、そうか」
慌ててルースを止めようとするが、時すでに遅し。
……でもスラック侯爵は嬉しそう……?
「二人の時だけとは言わず、どんどん呼ぶといい」
「いえ、それは流石に……!」
「ではせめてこの家の中ではそれで呼んでくれ」
「え、ですが……」
「わかっている。シビーラにとって敬称を外す事がどれほどの意味を持つのか。生半可な決意ではあるまい」
「!」
「だからこそ祝いたい。喜びたい。ルースを受け入れてくれて、ありがとう」
それは私のセリフだ。
こんな私を受け入れてくれた。
距離を縮めた事を無礼と怒らず、喜んでくれた。
何より、私の決意の重さを理解してくれた。
嬉しい。嬉しい嬉しい!
私に何かお返しができないだろうか。
「……あの、ルースさ……、ルースと結婚した時には、その、お、お義父様とお呼びしてもよろ」
「今でも良い」
……すごい前のめりだな。
「えっと、では、お、お義父、様……」
「……もう一度頼む。できればテンダーをつけてほしい」
「は、はい。……テンダーお義父様……」
「ぇんっ」
な、何か変な音がしたぞ? 大丈夫か?
「お父様照れてる〜」
ぷるぷると震えるスラック侯爵と、にこにこ笑っているルース。
夢ですら描けないような幸せな空気に、私はこんな時に感激の涙が流せたらいいのに、ぼんやり思っていた。
読了ありがとうございます。
テンダー・スラック大歓喜。
録音機材がある世界観だったら、無限ループさせていた事でしょう。
あぁ、次は本物のお父様だ……。
次話もよろしくお願いいたします。




