第三十話 呼び名
仮病で誕生日会に行かなかった事で絶望していたところを、ルースの優しさに触れ、気持ちが救われたシビーラ。
翌日に延期されたルースの誕生日会に向かうが……?
どうぞお楽しみください。
すごく清々しい気分だ。
暗く狭い部屋から飛び出したようだ。
久しぶりに思いっきり泣けたからだろうか。
たっぷり寝れたからだろうか。
いや、きっとルースが来てくれたからだろう。
あの太陽みたいな暖かさが、私に力をくれたんだ。
さぁ、支度をしてルースの誕生日会に行こう。
衣装は昨日着ていくつもりのものがあるから、後は化粧……。
「あーっ!」
「お嬢様!? どうされました!?」
「あ、ごめんなさいハドワーク。窓を開けたら入ってきた虫に驚いただけです」
「対処いたしましょうか」
「もう出ていったわ。大丈夫」
思わず出た声に、扉の外のハドワークが声をかけてくる。
とりあえず誤魔化したが、頭の中はパニックだ。
昨日ルースが来てくれた時、泣いてぼろぼろの顔で、しかも寝巻きのまま出ちゃったぁ……!
恥ずかしい……!
くそ、ハドワークは何であの時ルースを通したんだ!
……助かったけど。
でも具合悪いって伝えていたし、気にしてる顔じゃなかった、よな……?
うん、大丈夫。ルースなら大丈夫。
……とりあえず、今日はばっちり化粧して行こう……。
「シビーラちゃん、いらっしゃ〜い」
「……ルース様、お邪魔いたします。昨日はお見舞い、ありがとうございました。お陰で元気になれましたわ」
「……?」
え、何!?
じっと私の顔を見て……!
やっぱり昨日のぼろぼろを見てるから違和感があるのか!?
「シビーラちゃん、昨日はルースって呼んでくれたのに、何で今日はルース様って呼ぶの〜?」
やっちゃったー!
昨日は何を取り繕う余裕もなかったから、敬称も敬語も吹っ飛んでいた!
ど、どうしよう! 流石に許されないよな!?
病気で意識が朦朧としてた事にしようか!?
「ルースって呼んでほしいな〜。お父様とか、お母様とか、おじ様とかはそう呼んでくれるから〜」
そっち!?
いや、その、立場とか色々あるからそういう訳には!
他の貴族令嬢も、自分の婚約者を呼び捨てなんてしてるの聞いた事ないし!
「申し訳ありません。礼儀としてルース様を呼び捨てにする訳には参りません」
「え〜、そうなの〜?」
……でも。
私はルースともっと仲良くなりたい。
「……ですが、二人きりの時なら……」
「ほんと〜? わ〜い、やった〜」
ルースの喜ぶ顔。
そんなに私に呼び捨てで呼ばれるのが嬉しいなんて。
幸せが胸いっぱいに広がる。
新しい呼び方。
二人だけの秘密。
特別な関係。
幸せな言葉で頭が埋め尽くされる。
「じゃあ行こっか」
「はい」
この確認なしに手を握ってくるのにもだいぶ慣れた。
もう驚かない。
暖かさを噛み締める余裕さえある。
不安な事なんて何も……。
「……あの、スラック侯爵様やご夫人は、この誕生日会の延期について何か仰ってましたか?」
「あ、お父様がお手紙見た後怒ってたけど、今日の朝には戻ってたから大丈夫~」
ルースののんびりしたその言葉に、一気に血の気が引いた。
読了ありがとうございます。
スラック侯爵の怒りの行方や如何に。
気が付けば三十話。早いものです。
次話もよろしくお願いいたします。




